第百十五話 竣工式の終わりと新たな領地の相談

 時刻は午前二時。アルトが今までの冒険譚を軽く語った後は、来客たちと交流タイムとなった。この時に、ハンネが持ってきてくれた新しいお菓子もみんなで食べた。持ってきてくれたのは、他のお店と協力して作ったっていうミルフィーユみたいなケーキ。ちゃんとクリームも使われていて、前世のものに引けを取らないとは言えないまでも、十分美味しく食べられる。乗せられている、見た目は切り分けたパイナップルなのに栗の味がする果実とも相性がいい。これを食べた客たちの評判も上々だ。オリーヴィアや男爵は帰りに買っていくことにしたらしい。甘味の誘惑には耐えられないってことだね。

 食後のデザートとお茶が済んだところで、会場にはお開きムードが流れ始める。主催者が宣言しないとみんな帰れないし、そろそろ終わりにしようか。

「皆様。本日はこれで、閉式となります。軽いお土産も用意しておりますので、是非お受け取りになっておかえりください。本日は誠にありがとうございました。」

アニに目配せをすると、ちゃんと意志は通じたようで、みんなに聞こえるくらいの声量でそう告げる。用意したお土産はクッキーだ。私が知ってるレシピを料理人に教えて作ってもらった。少しずつだけど砂糖が手に入るようになってきたし、お裾分けだ。砂糖のおいしさが分かれば普及も早くなって、いろんなお菓子が作られるようになるだろうし。

「ハイデマリー様。私たちも失礼いたします。またお話聞かせてくださいね。」

帰りがけにヘレーネが男爵とともにそう声を掛けてくる。話していたのはほとんどアルトなんだけどね。

「ええ。また。」

その返答を聞き満足したというような微笑みを浮かべ、他の客たちと同じようにメイドの案内で去っていった。竣工式の主役は私たちだから、見送りをするのはよくないらしい。なんでも主役に手間を掛けさせるのはバッドマナーだそうだ。屋敷の案内も手間にあたりそうだけど、他に案内できるものがいないから仕方ない。魔道具を作ったのは私だからその説明が出来るのは私だけだ。

 この場に残ったのは、オリーヴィアとエーバルト。新しく領地に追加された村について相談があるってことだ。何かトラブルがあれば協力するって言っちゃったし、手助けはなるべくしてあげたい。

「さて、ここはこれから片付けさせるので、応接室に移動しましょう。お話はそこで。」

二人をそのまま応接室へ連れて行き、手が空いている執事にお茶を用意させる。

「早速だが例の村のことで相談がある。」

紅茶が入ったカップに一口だけ口をつけてから、エーバルトがそう言う。私に相談してくるってことは、政治関係の話ではなさそうだ。それ以外のごたごたは私に行ったところで意味ないし。

「この間、その村に使者を出して、税に関する触れを出した。もちろん、法外な額を設定したりはしていない。他の村や町と同じだ。だが、それを向こうが飲むことは無かった。」

がっつり領内政治の話だった…というか、飲むことは無かった?税の支払いを拒否したってこと?そんなことしたら、村ごと潰されてもおかしくない。この国の法律は、領主に対して税を払うことで居住することを許される。領主は受け取った税の一部を王家に納めることで王家からの庇護と領を収める権利をもらえるというものだ。王家がどんな庇護を与えているのかは知らないけど、そういう法律になっているらしい。

「税を払わないんだったら追い出せばいいのではないですか?」

この対処法は法律に従った結果だから、何の問題も無い。もともと税が取れてないわけだから、税収も減るわけじゃないし、自由にできる土地が増えてむしろいいことなんじゃないかな。

「税を払わないことも問題だが、その理由がまたさらに問題なのだ。」

「理由ですか?」

「ああ、なんでも今まで税を払ったことが無かったらしい。聞く限り、ものすごい戸惑った様子だったらしいから、嘘ということも無いだろう。」

「は?」

素っ頓狂な声をあげたのはアニ。言いたいことは分かる。

「失礼しました。」

「いや、驚くのは無理ない。今まで税を払っていないということは、ヘルマン侯爵は徴税していなかったということになるからな。」

アニの謝罪を受け入れながらエーバルトがそう補足する。あのがめつそうな侯爵が税を取っていなかったなんて信じられない。それに、税を取っていなくとも、王家に納める金額は領民の人数で決まるはずだから、足りない分は侯爵が補填していたってことになる。そんなことあの侯爵がするかな。

「侯爵が税を取っていなかった理由は分かりますか?」

「これはわたくしの予想ですけど…」

ここまで黙っていたオリーヴィアが口を開く。何やら心当たりがあるみたいだね。もしかして、オリーヴィアが使者と一緒に村に行ったのかもしれない。

「あの村は、ライナルト教を信仰しているようでしたので、ヘルマン侯爵もライナルト教の信者だったでは?」

勇者を信仰するライナルト教。村民が信仰しているっていうのは分かるけど、侯爵が信仰していたというのはちょっと疑わしい。

「侯爵がライナルト教の信者というのは考え難いのでは?貴族は国に連なるものですから、国教の方を信仰するのではないですか?」

宗教は戦争の原因にもなりうるデリケートなものだ。前世の世界でも、歴史を辿れば宗教戦争は何度も起こっている。貴族が国と相対する宗教の信者だったとなれば問題だと思うけど…

「いや、この国は国教を定めてはいるが、表向き信仰は自由とされている。隣の国とは違ってな。ハイデマリーの言う通り、貴族は国教を信仰するのがよいとされてはいるが、強制ではない。強制的な信仰は、本当の信仰とは言えないからな。」

「では、ヘルマン侯爵はライナルト教の信者である可能性はあるわけですね。ですが、今は侯爵の領の住民ではないですから、しっかり払ってもらわないといけないでしょう。」

「何か考えがあるのか?」

エーバルトがそう問いかけてくる。協力するとは言っても、方法くらいは自分で考えてほしいところだ。領主になって日が浅いっていうのもあるかもしれないけど、エーバルトはあんまり優秀とは言えないんだよね…

「ハイデマリーが協力してくれるなら、わたくしに考えがあります。」

アイデアがあるのはオリーヴィアだった。アルトが頭がいいって褒めるだけのことはある。

「私は、何をすればいいんでしょう?」

「次に村に行くときについてきてくれるだけでいいわ。」

一緒に行くだけでいいなんて楽な仕事だ。

「私は構いませんよ。」

「よかったわ。その間、アニとアルト様は屋敷で待機していて欲しいのですけど…」

「どうして?」

もちろん、いつものように一緒に行く気でいたアルトがそう問う。

「ハイデマリーのことをAランク冒険者として紹介するつもりなのです。Aランクの冒険者を何人も連れて行ったら、攻め込んできていると勘違いされるかもしれませんから。」

「なるほどね。そう言う事情なら分かったわ。」

アルトに不満はないみたいだ。別に村に行きたいわけじゃないみたいだね。珍しい。行ったことのない場所だから行きたがると思ったのに。

「私は皆様に従います。」

アニもいつものようにと言えばいつものようにそう言う。

「決まりね。では、近いうちに声を掛けるわ。」

「あ、それならこれを持って行ってください。距離が離れていても会話をすることが出来る魔道具です。灯りの魔道具と同じように魔力消費量は少ないですから、しばらくは今込めてある魔力だけで使えます。」

この間、黒のダンジョンで手に入れた魔道具をオリーヴィアへ渡す。二つ一組で使う物だったから、何の役にも立たなかったけど、余っていた魔力炉でもう一つを作ったから、無線機みたいな感じで使うことが出来るようになった。

「ここのボタンを押しながら話せば、私が持っているもう一つの魔道具に声が届きます。」

使い方を軽く教えて、試してみれば問題なく動作した。

「では、日取りが決まったらこれを使って連絡するわね。」

それだけ言うと、二人は急ぎ足で帰っていった。多分、ミルフィーユを買いに行ったんだと思う。そろそろ店が閉まってもおかしくない時間だからね。

 そして数日後、オリーヴィアと何人かの護衛を連れて件の村を訪れたとき、私たちの立てた予想は、大きく外れた事実が判明した。

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