第百十四話 竣工式②
「では、挨拶は後にして、まずは屋敷を案内しますね。」
ヘレーネが私に声を掛けたことで、そう言う流れが出来てしまいそうだからそう言っておく。私たちの紹介自体は、訪問客の受付時に軽くしてあるから問題ない。そのほかの人たちの交流は食事会の時にでもしてもらえれば十分だろう。
「随分と涼しいな…」
皆を先導し、屋敷の中に入れば誰かがそう呟いたのが聞こえてきた。今は季節的には完全に夏とは言えないまでも、日本で言う六月位の気温。日本と違うのは湿度がそんなに高くないってところかな。あと、梅雨も無いね。それでも、気温自体は二十度台後半くらいだから、長時間外にいれば暑さを感じる。そんな中で、空調が聞いた屋敷に入れば涼しく感じるのも当たり前だ。
「夏は涼しく、冬は暖かく過ごせる設計になっていますが、それに加えて屋敷内の温度を一定に保つ魔道具を導入しています。夏も冬も快適に過ごせるんですよ。」
そう説明すると、ほう。とかへえ。とかうちにも欲しい。とか口々に呟くのが聞こえてくる。掴みは上々だね。
「では、まずはダイニングに案内しましょう。本日の食事会の会場になっています。」
こんな感じで、屋敷内の案内が幕を開けた。
屋敷の案内は順調に進んだ。概ね、アニと作った計画通りだ。魔道具が設置してあり、みんなの興味を引きそうな場所を重点的に紹介したからか、反応も良かった。やっぱり一番よかったのは水道と蛇口かな。毎朝、井戸に水を汲みにいかなくても、好きな時に水を使えるっていうのは大きいってことだ。お風呂なんかを沸かすのにも、水を運ぶだけで、ものすごい労力だしね。魔道具じゃなくてもポンプさえあれば、どこの家にも再現可能なんだけど、そのポンプが難しいんだよね。手動だと意味ないし、この世界には電気が使われているものを見たこと無いから、電動ってわけにもいかない。使われてたとしても知識が無いから作るのは難しいんだけど。魔道具なら、どんな風に動くかを考えるだけでいいのにね。
魔力という動力源が無ければ、魔術具は動作し続けないという事実は皆が知っているのか、私に直接欲しいって言ってくる人はいなかった。灯りの魔道具みたいに、少ない魔力で動作し、最初に込められている魔力が無くなったら新しいのをすぐに購入できるってほど安くて、数があるわけでもないし。何らかの方法で今後魔道具が普及したとしても、魔力を使うことができるほど量を持っている人が少なすぎる。まあ、それの解決手段は無くはないんだけど、そもそも使う先の魔道具が無いから意味ないね。
「やあ、ハイデマリー。この屋敷は最初に来た時とはえらい違いだな。こんな快適な場所、他に見たことが無い。王宮よりいい暮らしをしているんじゃないか?」
食事会が始まった直後、声を掛けてきたのはエーバルトとオリーヴィア。今日の客の中で一番身分が高いから、まあ、当然かな。挨拶は身分の高い人から行われるかね。
「お褒めに預かり光栄です。キースリング伯爵。」
「?ああ、そいうことね。ここにはあなたの正体を知らないお客様もいるってことかしら。」
一瞬、顔にはてなを浮かべた二人だったが、すぐに状況は飲み込めたみたいだ。私が二人のことをお兄様、お姉様なんて呼んだら貴族だってことが知れ渡ってしまうかもしれないからね。まあ、最近は隠す意味もなくなってきたんじゃないかって思ってるけど。王家にはバレてるし、他の貴族に知れ渡ったら、冒険者なんかをしている奴と婚約なんて…って感じになって、ひっきりなしに届いているらしい婚約申し込みも来なくなるかもしれない。唯一の懸念は、冒険者ギルドが貴族にしかできないような強制依頼をねじ込んでくるかもしれないってことだ。たとえば、他の貴族のパーティーに潜入して暗殺してこいとかいう依頼が来る可能性も捨てきれない。実際に、冒険者ギルドには暗殺依頼が来ることがあるらしいし。ほとんどは、個人に来る依頼だから、公になることは少ないみたいだけどね。まあ、公になった時点で暗殺は失敗だろうけど。ほかにも貴族にしかできない依頼なんて腐るほどあると思う。学院関係とか。
「ええ。私の正体は、まだ一応秘密ですから。」
小声で問うてきたオリーヴィアに対して、こっちも周りに聞こえないように小声で返す。
「それなら、俺たちが来ること自体避けた方がよかったんじゃないか?」
「他のお客様は、貴族とつながりがあることを不思議に思ってる方はいませんでした。Aランクなら当たり前か。くらいの反応です。」
「そうなのか。まあ、今日は来れてよかったよ。食事もおいしいし、面白いものをたくさん見れた。」
「ええ。私たちの屋敷にも使えそうな工夫もあるみたいだし。」
どうやら、建築時になされた工夫の数々のことを言っているみたい。確かに魔術具以外のことは導入できるだろうね。リフォームでもするのかな。ヘルマン侯爵からもらった賠償金で懐は暖かいだろうし。
「それならば、建築組合を紹介しましょうか?今日、そこの責任者を招待していますから。」
「ぜひお願いするわ。」
「では、私がご案内します。」
そう言うと、アニがオリーヴィアを連れて行ってしまった。どうやら、エーバルトが何か話したいっていう気配を察知したみたいだね。まあ、なんかそわそわしてたし、私にもすぐわかったけど。
「ハイデマリー。後で少し相談がある。ヘルマン侯爵から譲り受けた村についてだ。この式が終わった後、時間をもらってもいいか?」
「構いませんよ。」
何か問題があったのかな。反乱とかかもしれない。
「よろしく頼むよ。」
そう言うと、エーバルトもアニを追って、去っていった。
「新しく手に入れた領地なんだから、問題が起こるのは当然だわ。」
いつのまにか、食事を取りに行っていたアルトが私の隣に戻ってきていた。
「どこから聞いてたの?」
「オリーヴィアがアニに連れられて移動したくらいから。」
エーバルトがアルトに何も言わなかったところを見ると、少し離れた所から聞いてたんだろうね。
「そんな大きい村じゃないだろうから、とんでもないトラブルってわけじゃないと思うけど…」
あんな言い方されたら気になっちゃうね。
「ハイデマリーさん。それにアルトさんも。ようやくお会いできましたね。」
エーバルトとオリーヴィアが離れたのを見計らって、声を掛けてきたのは、ダンディで背の高いおじさん。来ている服も、明らかに質がよさそうで、見ればすぐに貴族と分かる出で立ちだ。
「こんにちは。ブルグミュラー男爵。こちらも、お会いできてうれしいです。」
受付時にかるく言葉を交わしただけで、本格的な挨拶はまだだったから、そう返しておく。
「どうやら、娘と知り合いでしたようで。どこでお知り合いに?」
「学院の講義を見学した時ね。その子、魔法の才能があるから大切に育てなさい。」
今度はアルトがそう答える。
「適性検査の時もそう言っていただきましたから、この子の教育には金を惜しまないつもりです。」
大分期待されているらしいヘレーネ。ちょっと困った顔をしているね。
「過度な期待は子供を潰しますから、注意してくださいね。」
「私の妻と似たようなことを言うのですね。分かっております。この子には伸び伸びと育ってほしいですから。」
優しい瞳でそう言う男爵。うちの親とは大違いだな…
「そうするといいわ。才能ある子供がつぶれてしまうなんてよく聞く話だから。」
アルトそう返す。先生らしいことを言ってるね。
「そうだ。私たちに冒険のお話をお聞かせ願えませんか。手紙にも書いた通り、私、皆さんの大ファンでして…」
急な話題転換に、目を白黒させているアルト。そう。これが私がアニとアルトに内緒にしていた内容だ。どうやら、最初に受けたケルベロスの討伐依頼で、あの後ケルベロスの生首を譲り受けたのが男爵だったらしい。完全に絶命した後、はく製にして飾っているんだとか。
「あなたが言ってた秘密って…」
アルトが耳打ちしてくる。どうやら気が付いたみたいだね。
「そうだよ。私たちのファン第一号。」
その言葉に気をよくしたのか、アルトが得意げに話し始める。
「そうね…じゃあ、ダンジョンに入った時のことから―」
アルトがしばらく話していると、この場にいるみんなも興味があるようで次第に集まってくる。食事会のさ中、私たちの冒険話が一番の盛り上がりを見せた。
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