第百十二話 アニの契約
謎の気配が現れてから、小一時間。アニはずっと魔法陣の前に立ったままだ。おそらく召喚した対象と契約を結ぶのに難航しているんだと思う。最初は小声だけど、何かを話しているってことは分かった。と言っても、聞こえるのはアニの声だけなんだけど。それから徐々に私の耳が拾える声は小さくなっていき、今となっては全く聞こえない。アニの口だけが動いている状態だ。音が入る前のアニメを見ているみたいな感覚で、何が起こってるかさっぱりわからない。魔法陣の前に立っているだけで、動くこともほとんどないから余計に把握が難しい。
「どうして声が聞こえなくなったんだろう。」
盗聴魔法も意味をなさなかった。使ってみても何にも聞こえない。
「魔法陣に他者への情報流出を防ぐ効果があったんだと思うわよ。秘密裏に使われるものについていることは珍しくないわ。」
「もしかしてこの術、危険だったりするのかな…」
「ある意味そうかもね。死者の召喚術なんて公になれば大混乱よ。それを欲する人は山ほどいるだろうし。今回使った術は、アニの話を聞く限り、力のある者しか召喚出来ないみたいだけど、魔法陣自体を研究していけば、普通の死者も召喚できるようになるかもしれないでしょ。」
なるほど。術そのものに大きな危険はないけど、それが知れ渡ってしまうと問題があるってことか。死者の蘇生なんて喉から手が出るほど欲しいだろう。自分の死後、信頼できる誰かにその術の使用を頼んでおけば、疑似的な不死まで再現できるわけだし。今の魔法陣だと無理かもしれないけど、研究次第でそれも出来るようになるかもしれないってことだ。そりゃ情報流出はなるべく避けたいだろうね。敵対関係にある人とか団体なんかがそれを手に入れてしまったら脅威でしかない。それを防ぐための措置ってことかな。この魔法陣が書かれていた魔導書も印刷技術が存在しないわけだから、一冊しか存在しないだろうし、そもそも今回の魔法が書かれているページはアニ以外、誰も見ることが出来なかった。情報の流出には最大限の対策がしてあるっぽいね。こんな不思議な本、誰が書いたんだろう。イエレミアスでもないって言ってたし。多分、誰かの研究成果書みたいなものだと思うけど…アニが言うにはこれ以上隠れた項目なんかも無いみたいだし、これ以上の手がかりはない。簡単な魔法から、とんでもない魔法まで書かれていて、内容は多岐に亘るわけだから一生かけて書かれたんじゃないかってことくらいだね。
「流出を恐れたっていうのはそうだろうね。私たちにはそもそも読めなかったわけだし。」
「そこも謎なのよね。どうやって読めなくしたかっていうこともだけど、なんでアニだけが読むことが出来たのかってことも。」
なんでアニが読むことが出来たのかは確かに気になる。私の考えとしては、アニは隠されているものを見つけるのに長けているから、その延長だと思うけど。ダンジョン内で宝箱を見つけるのもほとんどアニだし。
「隠れているものを見つけるスキルでもあるんじゃない?」
目利きの義眼を使った簡易鑑定だと見つけられなかったけど、正式な鑑定ならどうだろう。アグニがアルトとアニの正体を見破ってたし、使えるのかもしれない。後で聞いてみよう。
「それは前から思ってたけど、関係あるのかしら…」
アルトは納得いってない様子。そこから自分の思考の世界に潜ってしまったのか、しばらく口を開くことは無かった。
「ようやく自由になれたか。じゃあな、小娘。契約通り、ここからは俺の自由にさせてもらう。」
聞きなれないそんな荒っぽい声と共に現れたのは、身長二メートルほどの大柄な男。多分こいつが召喚した人なんだと思う。見た目だけなら肉弾戦タイプだけど、体格に差があるアニにはこいつの技術は向いていないんじゃないだろうか。
「契約に抵触しない範囲なら自由に生活してもらって構いません。」
「言われなくてもそうするぜ。」
それだけ言い残すと、男の姿が突如消えてしまった。まさかテレポート…?違う!!魔力の反応がとんでもないスピードで遠ざかってる!!あの魔力量じゃ魔法なんて使えないだろうから、肉体だけの力であのスピードってこと!?飛行機位のスピードは出てそうだ。とんでもないな…
「それで、どんな感じだったの?こっちは全然聞こえてなかったのよ。」
思考の海から上がってきたアルトがそう聞く。
「そうだったのですね。では説明させていただきます…その前に、中に入りましょうか。そろそろ暗くなります。」
始めた時間が遅かったっていうのもあるけど、もうすぐ日没だ。ここで話す必要もないし、続きは夕食の席にでもしよう。
「それで、何があったわけ?」
すでに用意されていた夕食の席に着き、再びアルトがそう問いかける。ちなみに今日のメニューはローストビーフだ。使われている肉は牛じゃないかもしれないけど、食感とか味は前世のそれに近い。
「そうですね。まず、魔法陣は問題なく機能し、過去の英雄を召喚することが出来ました。お二人には見えていなかったというのは、まだ受肉する前のことだったので、召喚者にしか認識することが出来なかったんだと思います。」
なるほどね。さっきの奴が見えなかった理由が分かった。というかどっかに飛んでっちゃったけど、大丈夫なのかな…
「その受肉する条件は、私との契約です。この契約の締結によって、私の魔力が受肉に必要な肉体を精製しました。これも魔法陣の機能だったみたいなので、私が何かしたという実感はありませんが。」
そんなことまで出来るものだったのか。その機能はちょっと欲しい。何かの役に立ちそうだし。
「契約の内容として向こうが提示してきたのは、彼が持つ技術を使わせる代わりに、自分に完全な自由を与えろというものでした。ですが完全に自由にさせてしまうと、おそらく大きな問題になると思います。なにせ、彼は過去の英雄。現在の世界がどのような状態になっているかは知らないはずです。昔は許されていたことが、今は許されないということもあるでしょう。そこで、現代の法律の範囲内で自由にしてもいい。という契約内容にしました。それが気に食わなかったらしく、交渉は長引いてしまいましたが、契約不成立だった場合、使者に逆戻りですからね。最終的には向こうが折れました。もちろん、契約を破った場合も死者に戻るだけです。これならば、危険はないでしょう。」
自由にした結果、好き勝手されたらたまったもんじゃないからね。この契約条件は間違ってないと思う。問題は、あいつが今の法律を知っているかどうかってところだけど、こんな契約内容ならすぐに自分で調べるだろうね。
「なるほどね。それでさっきのあいつは、生前どんなことをしてたわけ?」
それは私も気になる。見た目だけだと武人って感じだけど。
「本人が言うには、ハネス―神の恩寵という強力なスキルを持った兵士、それも前線に出る者の中では、ほとんど最強だったらしいです。どこで知ったのかは知りませんが今でも伝承が残っていると偉そうに言っていたので、どこかを探してみるのもいいかもしれません。」
「へえ。強さの秘訣はそのハネスっていうスキルなの?」
神の恩寵って言うくらいだから、とんでもない力がありそうだ。
「はい。それが大きな一因となっています。どうやら、自分の想像通りの動きをすることが出来るようになるみたいです。空を飛びたければそう考えるだけで、肉弾戦をするときにはどんな風に動けば相手を倒せるかを想像するだけど、肉体がどんなに貧弱でも勝つことが出来ます。」
創造魔法の肉体強化版って感じか。魔力を使わない分、アニにとってそっちの方があってるかもね。魔法と組み合わせれば効果絶大になるかもしれない。
「それはまたすごいスキルね。アニが使えるようになったわけでしょ?」
「はい。まだ試してはいませんが、そのはずです。」
召喚ガチャ大当たりといったところか。これなら、戦力増強間違いなしだね。
「じゃあ、近いうちに試してみようか。とりあえず、魔物を相手にしてみよう。」
「その前に、竣工式の準備ですよお嬢様。使用人たちに任せきりにしていては、あとで困りますよ。お客様がお嬢様に説明を求めることもあるでしょうから。」
忘れてなかったか…仕方ない、やるか。私が言い出したことだし。
「明日から本気だす。」
お決まりのセリフを宣えば、アニは納得してくれたみたいだった。この言葉に隠されている意味なんてアニが知るわけないからね!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます