第百十話 拠点の様子と召喚術

 拠点に使用人、家具が届いてから大体二週間。アニの教育のおかげか、庭師以外は大方形になっている。基礎的なことはギルドでの教育されてるし、ほとんどの人は他の場所で仕事をしているわけだから、私たち好みのやり方になれるのも早かった。朝の起床時間から食事の時間と内容、お風呂の温度まで完璧だ。使用人たちが初めて見るであろう魔道具にも慣れてきたみたい。最初は皆、戸惑いながら使っていた感は否めないけど、少し経つ頃にはこれはすごいとばかりにみんな喜んで使ってくれている。職人冥利に尽きるというものだ。まあ、作ったのは自分のためでもあるんだけど。これからも、魔道具はどんどん追加していくつもりではある。あれから追加したのは、大量の灯りの魔道具に、ボタン一つでお湯を沸かすことが出来る魔道具―これは設定温度なんかも変えることが出来るから、お風呂も流用できる。それに一番の大発明はエアコンだね。見た目は全然違うけど、昨日は同じだ。拠点の中の温度、湿度を常に快適温度に保ってくれる。魔法で動いてるわけだから室外機なんかも必要ない。後は水洗トイレかな。処理の問題は、私の浄化の力を込めた魔道具を作って解決した。トイレに関しては水道とは別ラインで作ったから水を循環させてしまえばいい。固形物の方は重さで別の管に流されて地中深くの穴に落ちていくって仕組みだ。問題は灯りの魔道具以外の魔力消費が大きすぎることかな。たまに補給してあげないとすぐに機能しなくなってしまう。そこで、一括して魔力を補給する方法を考えた。魔力の伝導性が高いミスリルを使った細い線を各魔道具の魔力炉につなげる。もう一方の線の先を編み込むようにして一本にまとめ、そこに一気に魔力を流し込めば、ミスリルの線を伝って魔力が流れ、補給も完了だ。大体週に一回これを行えば、魔力不足になることは無い。

 これで、拠点内のことは大体完了だね。今までも別に暮らしにくいってことは無かったけど、快適性は段違いだ。拠点を作った甲斐があった。アニが今までしてくれていた身の回りの世話をする必要もなくなったから、魔法の練習とかに割ける時間が増えていいかなって思ってたんだけど、アニ自身はなんかちょっと悲しそうだった。たぶんメイドとしての矜持みたいなものが関係しているんだと思う。嫌々やっているわけじゃないなら全然やってくれてもかまわないよってことを伝えれば、暇を見つけてはメイドの仕事を手伝っている。みんながやりたいようにするのが一番だ。

 庭師の方も形になっていないというわけじゃない。庭を飾り付けるのは時間が掛かるってことだった。屋敷の雰囲気に合わせたり、季節ごとに花や低木なんかのテイストを変えたりと、まず、全体のイメージを決めるのが大変だってことだった。竣工式には間に合わせるって言ってくれてるから、いいんだけどね。ゆっくりやってくれって感じだ。正直私は、そんなに庭というものに関心が無い。見た目的に恥ずかしい物じゃなく、ある程度整備が行き届いていればそれでいい。綺麗に越したことは無いけどね。

 「そろそろ竣工式の準備を進めなければですね。」

二週間前に届いた高級ソファーに座り、午後のティータイムを楽しんでいると、アニが紅茶を飲みながらそう言った。

「食事なんかのおもてなしのメニューはもう考えてもらってるでしょ?」

「準備しなければいけないのは食事だけではないですよ。お客様方は拠点の中にも興味があるでしょう。エーバルト様にオリーヴィア様、ブルグミュラーの領主様御一行に建築組合の方々とお嬢様が貴族であり、魔法に長けた冒険者であることを知っている方ばかりです。どんな生活をしているか興味がある方も多いでしょう。中を案内する必要もあるのでは?」

屋外BBQ方式で行くつもりだったけど、そうはいかないみたいだ。別に中に入れるのが嫌ってわけじゃないんだけど、ちょっと面倒くさい。ここは何の部屋でこんな魔道具が使われています。みたいな案内をしなければいけないわけだからね。

「面倒くさい…」

「竣工式をやりたいって言ったのはあなたなんだから、最後まで責任持ちなさいよ…」

まるでペットを飼い始めた子供に向かって言うような口調でそういうアルト。

「仕方ない。私も大人だ。覚悟を決めよう。」

ちょっとふざけた口調でそう言ってみる。最近は自由気ままに暮らしていたから、こういう仕事っぽいことは久しぶりだ。仕事と聞くと途端にやる気がなくなるな…こんなこと考えるんじゃなかった。

「っとその前に、今日は召喚術をします。」

こういうときは、さらに重要そうなことを持ち出して、煙に巻くに限る。

「召喚術というと、警備を頼むっていうデーモンの召喚?」

「それとアニがやってみたいっていう術だね。」

こっちは話を聞いてから大分時間が経ってしまったから、拠点も軌道に乗ってきたし、そろそろやってあげたいところだ。

「まずは、デーモンの召喚からですね。」

私的にはどっちからやってもいいけど、アニがいいなら先にデーモン―アグニの方からだね。

「イエレミアスにやり方は聞いといたから、早速やってみようか。」



 庭に作った空き地部分に出て、召喚の準備を開始する。デーモンを召喚するには呪文を使う方法と、魔法陣を使う方法があるらしい。おすすめは魔法陣を使う方法だって言ってた。呪文を使うと召喚したデーモンの制御が難しいって話だった。最悪、暴れ出してしまうこともあるらしい。その点、魔法陣を使った場合は、こっちが許さない限りその陣から出てくることが出来ないらしい。それなら万が一、暴れ出しても問題ない。まあ、アグニの場合、向こうから召喚に応じるって言ってたし、あんまり心配はないと思うけど。問題は、自由に行動できない陣を使うことで、アグニの心証が悪くなるんじゃないかってことだね。まあ、やってみないと分からないからとりあえずやってみよう。

「まずは魔法陣を書きます。」

説明口調で隣にいるアニとアルトに向かって話す。

「魔法陣の書き方、知ってるの?」

「この前、久しぶりにイエレミアスのところに行って、メモをもらってきたから平気。あそこは二人が長居するのはよくないらしいし、一人で行ったから知らなかっただろうけど。」

青のダンジョン最深部は、その場を満たしている魔力の性質の関係で、浄化の力がある私以外が長居することはよくない。前に行った時は気を失ってたしね。ちなみに、お土産として蜂蜜パイを持っていったらすごく喜んでくれた。食事を摂らなくても生きていくことは出来るみたいだけど、味覚は普通に機能してるらしいから美味しい物を食べるのは好きみたいだ。また持ってきてくれって頼まれちゃった。甘味は人を豊かにするっていう私の持論も、あながち間違ってないかもしれない。

 渡されたメモを見ながら、魔法陣を書き進めていく。魔法陣を書くための道具として買った、円を描く巨大コンパスも大活躍だ。まあ、体格的に操作が難しいから、魔法で動かしてるんだけどね。それによくわかんない変な模様を書き足せば、魔法陣自体は完成だ。

「これでよし。後は魔法陣に魔力を流すだけだね。」

自分が行う召喚術のためか、熱心な視線を向けてくるのが分かる。魔法陣の外側に手をついて魔力を流せば、石灰で描かれた白い線が光を帯びる。成功みたいだね。そこからどんどん魔力を流していけば、私が流したものとは別の魔力と共に、小爆発が起きたかのような白煙が立ち上った。

「この魔力、やはりあなたでしたか。こんな短期間で再開することが出来るとは、うれしい限りです。」

煙幕の中から久々に聞こえたその声は、あの時と何も変わっていなかった。

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