第百九話 私たちの家
今日は朝から大忙し。普段よりだいぶ早い時間に起床し、宿から拠点に移動。そこで、家具と使用人たちの到着を待つことになる。日本の宅配便みたいに時間指定なんかのサービスは存在しないらしいから、そうするしかない。
「それにしても、いつ来るかわからないなんて不便ね。」
考えることはみんな同じみたいで、家具のない拠点のリビングの床でゴロゴロしながらアルトがそうぼやく。
「王都からここまで馬車だと時間がかかりますからね…そういえば、お嬢様。少し気になってたのですが、普段なら、ご自身で運ぶという方法を選択すると思うのですが、今回そうしなかったのはなぜですか?」
確かに収納魔法にテレポートっていう運送業界最強の力を持ってるわけだから、そうした方が早いんだけど、それをしなかったのはいくつか理由がある。
「一番の理由は、家具を自分で配置するのが面倒だったからだね。あとは、待ってる間に魔道具を作ろうかなって思ってたから。」
今も二人を傍目に作業中だ。黒のダンジョンで手に入れた魔力炉を使って、コンロみたいなものを作っている。二つ目を入手した着火の魔道具と組み合わせている感じだ。単純で簡単な魔道具だけど、火力の調整もできるし、料理人に重宝されるだろう。
「使用人たちの方は、いろいろ準備が必要だろうし、こっちのタイミングでいきなり連れてくるのも違うかなって。」
「それはそうね。中途半端な状態で連れてきても、仕事に支障が出るだけだわ。」
メイドや執事なんかは身の回りの物だけでいいかもしれないけど、料理人や庭師なんかはそうはいかないだろう。専門の道具を使うだろうからね。自分の使い慣れたものを持ってくるとしたら、荷造りに時間がかかるんじゃないかと思ったわけだ。
「なるほど、いろいろ考えたうえでの決断だったわけですね。」
決断なんて大層なものじゃないけどね。
「空いた昨日一日も有意義に使えたし、結果的にはよかったでしょ?」
昨日―使用人と家具の購入を済ませた翌日―は、まあなんというか、楽しい一日だった。まず、新たに収穫された砂糖―甘粉を使ったお菓子を食べた。砂糖を固めただけみたいなお菓子じゃなくて、クッキーみたいなものだった。まだまだ改良の余地はありそうだけど、あれはおいしかった…ほかにも、ケーキなんかがあるらしいけど、見た感じパイに近かったから、スポンジケーキまではまだ遠い道のりだと思う。あとは、アニの新しい魔法習得を手伝った。しばらく放置されていた、かつて名を馳せた英雄を召喚してその技能を身に着けるっていう召喚術の準備も進めた。と言っても、必要な道具をそろえただけなんだけど。アニの希望で、行うのは拠点が軌道に乗ってからってことになっている。
「よし!!完成!!」
昨日したことを思い出しながら作業を進めていれば、ガスコンロ型の魔道具の完成だ。着火の魔道具と組み合わせた簡単な魔道具だから時間も全然かからなかったね。
「これを使えば、火力の調整なんかが出来るんだっけ?」
「そうだよ。基本的には調理用だね。肉なんかを焼くときは普通の火だと威力が強すぎて焦げ付いちゃったり、逆に弱すぎて生焼けだったりするでしょ?これを使えば、ちょうどいい火力にできるから、料理をさらにおいしくできるよ。」
この世界の料理、味は悪くないんだけど、なんというか大雑把なんだよね。少しくらい焦げてたりしても平気で出てくる。まあ、高級宿である私たちが泊るようなところはマシなんだけど、町の屋台なんかはちょっとね…不味いわけじゃないんだよ?
「これは、調理場に設置するんですよね。運んでおきます。」
自分たちが使うわけじゃないから、使い方自体に興味はないみたいだ。
「うん。換気扇の下に置いておいて。」
コンロを作るに合わせて、換気扇も作っておいた。調理場のつくりは空気の流れが悪いわけじゃないけど、あるに越したことは無い。
「分かりました。」
それだけ言って、コンロを軽々持ち上げてアニは調理場の方へ。重量的にもそんなに重いわけじゃないから、持ち運びも楽ちんだ。外で野営するときなんかにも使えるかもしれない。
「さて次は…」
次に作ろうと思っているのは井戸から水をくみ上げるポンプ。配管自体は建設時点で頼んである。あとはポンプさえあれば、蛇口をひねれば水が出るっていう前世と同じような環境が出来上がる。これを応用すれば水洗トイレも作れるね。排せつ物の処理方法は考えないとだけど。ポンプの仕組みは圧力とモーターを使って汲み上げる方式だ。作りそのものは前世の世界で使われていたものを再現するだけだから魔法で素材を加工しちゃえばいい。魔力炉を使って動力源を魔力にすればそれで機能するわけだから、特にオリジナル要素を加える必要もない。
そのまましばらく、ポンプ作りに注力してあとは設置だけといったところで、家具の前に使用人たちが一斉に到着した。どうやら、各ギルドが提携して同時に送り込んできたらしい。
「さて、みんなようこそ。私たちがこの屋敷の主人だよ。呼び方は任せる。アニ、みんなにいろいろ教えてあげて。」
エントランスに集まっている使用人たちにそう告げる。自己紹介なんかは事前に私たちの情報が書かれた書類を渡すように各ギルドに指示しておいたから問題ない。Aランク冒険者であり、私が貴族であるってことも書いてある。もちろん、他言しないように契約で縛ってある。そこに抜かりはない。教育についてはアニが引き受けてくれた。まあ、今まで私とアルトの身の回りの世話をしてくれていたわけだから適任と言えるだろう。
「私はこれを設置してくるから、アルトは水が出るか確認してもらえる?」
「分かったわ。あの小さいレバーを上にあげればいいのよね。」
蛇口は回転させるタイプじゃなくてレバー式にした。それならワンタッチで水を出すことが出来るからね。
(アルト。設置できたから水が出るか確認して。)
そこから数秒後、蛇口を動かしたのかポンプが作動する音がした。
『ちゃんと出たわよ!!昔、あなたの記憶で見たものと同じね。』
どうやらアルトは、私と契約する前に覗いた頭の中で水道を見ていたらしい。
(これで、水魔法が使えない使用人たちも自由に使えるようになるね。)
私たちが外出している間に、お風呂を沸かしておくことだってできる。生活の幅が広がりそうだ。
(アニ。水道の説明もお願い。)
使用人たちに使い方を説明するように伝えておく。彼らが使えないんじゃあ全く意味がない。
(わかりました。)
ここから、さらにいろんな魔道具を導入していく予定だけど、生活に欠かせない水の確保はこれで完了だ。
その後は、届いた家具を業者、使用人総出で設置し、生活できる環境が完成した。一度宿屋に戻って、部屋を引き払えばここに住む準備も完了だ。使用人たちはと言えば、みんな熱心な様子で、仕事にやる気を感じているみたいだった。主人の見た目は全員若いから、舐められるかもしれないと思ってたけど、そんなことはなさそうだ。その一因となったのは、狭いとはいえ、個室が与えられたということだろう。普通なら二人部屋、三人部屋が当たり前らしい。想定より雇う使用人の数が少なく済んだことが理由だけど、結果的にはよかったかもね。その分一人ひとりの仕事量は増えるだろうけど、個室の対価だ。頑張ってもらうしかない。手が回らないってことにはならないと思うけど。
家具がと使用人が揃い、まさに拠点と呼ぶのにふさわしい形になった私たちの家。これなら、竣工式で人を呼んでも大丈夫そうだ。屋外じゃなくて室内で行うのもいいかもね。迫りくる竣工式の計画を頭の中で立てながら、拠点の時間が流れ始めたのを感じた。
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