第百八話 守られた奴隷
「アルト様。仕返しをする前に使用人の件を解決した方がよいのではないですか?竣工式まであまり時間もないのでしょう?」
怒り心頭のアルトに向けてそう言ったのは、オリーヴィア。別に間違ったことは言っていないんだけど、仕返しをさせたくないみたいな心境が手に取るようにわかる。お腹―胃のあたりをおさえているエーバルトもたぶん似たような意見なんだろう。うんうんと頷いている。どうやらこの二人には、あのくそ王家をまだ敬うっていう気があるらしい。私的には全く理解できないけど、王家は敬うものという何百年も前から定着している価値観を覆すことは簡単には出来ないんだろうね。王家への信仰心をだんだん失っていったアニがレアケースだと言えるだろう。
現王、ディートフリート・ブランテンブルグは前回のトラブル―王宮破壊の賠償金云々の話だ。の時には部下が勝手にやったことだと言っていたけど、今回の件はさすがに部下の独断ってことは無いだろう。仮にそうだったとしても、二度も部下の勝手を許すような無能なんだからもはや、責任が無いとは言えない。止めることが出来ないあいつも悪い。まあ、でも今回ばかりは私も拠点のことを優先したい。だからと言って仕返しをしないってわけじゃないけど、あいつらに振り回されて、こっちが疎かになるっていうのも癪に障るし。
「アルト。オリーヴィアの言うとおりだよ。今回ばっかりは拠点のことを優先しよう。あいつらのせいでいろいろ遅れるっていうほうが、振り回されてるみたいで気に食わないし。もちろん、何もしないってわけじゃないよ。後できっちり懲らしめる。」
私の言葉を聞いたアルトは思案顔だ。さっきから、無言を貫いているアニに至っては、思案というよりも、悪だくみをしていそうな顔っていうのが正しいかもしれない。もしかしたら、仕返しの方法を考えているのかも。
「確かに、それはそれでムカつくわね。分かったわ。仕返しは後回し!!今は拠点の事に集中しましょう。アニもそれでいいわね?」
「私は、お二人に従います。」
納得してくれたなら、とりあえずいいや。このやり取りを見ていたオリーヴィアとエーバルトは、なんというか微妙な表情をしている。安堵と不安が入り混じったかのような顔だ。表情だけ見ればそっくりだね。さすがは兄妹といったところか。
「じ、じゃあ、ここからは少しペースを上げていこう。あと二時間ほどで寮の門限だ。俺は伯爵の仕事がある場合もあるから、特にうるさく言われることは無いが、オリーヴィアは違うからな。」
そんなわけで、そこからはかなりハイペースで使用人選びをしていった。購入したのはメイドが七人、料理人が四人、庭師が二人だね。メイドに関しては、アニが資料を見ながら、じっくり厳選していた。一番時間がかかったかもしれない。といっても、せいぜい二十分ってとこだと思うけど。アニがいたのは王都のメイドギルドではなかったらしく、知り合いなんかはいないみたいだった。知ってる人がいるなら雇ってもよかったんだけどね。
料理人の四人は、廃業した貴族向けの宿の料理人たちを選んだ。なんでも、随分前に宿がつぶれてからは、屋台なんかを経営して食いつないでいたらしい。評判だったらしいから、腕に不安はないね。それなのに、なぜ奴隷になったかと言えば、稼ぎは少なかったみたいだ。なんでも材料費と商品の価格が釣り合っていなかったとか…料理は出来ても、経営は素人だったみたいだね。
庭師はオリーヴィアのセレクトだ。私たち的には必要ないと思ってたんだけど、庭はその家の顔となる部分だから、手入れを怠ってはいけないなんてことを力説されてしまい、最終的には私たちが折れた。使用人の購入に掛った費用は合計白金貨一枚。アニの所有権を買った時は、金貨が三十枚掛ったわけだから、これだけの人数ってことを考えるとものすごく安かったって言えると思う。アニは凄腕メイドだから、高かったのかもしれないけどね。
今回、たくさんの人間を購入したことで、この世界の奴隷制度についても詳しくわかった。奴隷なんて呼ばれているけど、強制的に奴隷にすることが出来るのは、孤児と親が売り渡した場合だけってことだった。アニの場合が前者、私の場合が後者だね。まあ、後者は今となっては、法的な問題が無いってだけでタブー視されているらしいけど。そのほかの人たちは、自分の意志で自分を売っているってことだった。そんなことをして何のメリットがあるのかって思ったけど、これが結構あるらしい。まず、衣食住の保証。主人が自ら手放すまでは、絶対に生活で困ることは無いわけだ。ほかにも、購入金額の半分が自分に入ること―ちなみにもう半分はギルドに入るらしい。―まとまったお金が欲しい人にとっては、雇われるよりも、購入された方がいいってことだ。このほかにもいくつかメリットがあるらしいけど、人それぞれってことらしい。主だったものはこの二つだ。
自分を売ることを後押しするもう一つの理由として、性的なものを含めた、直接的暴行の禁止という条件がある。これは、王国によって、隷属契約を結ぶ際、必ず付けなければならない条件として義務化されているってことだった。メイドギルドや、それ以降で記入した契約書にもちゃんと書いてあった。まあ、そこで執事ギルドで契約書を書いていないことに気が付いて舞い戻ったわけなんだけど。あやうく、お金だけ取られてとんずらされるところだった。これも全部王家のせいだ。
さっきの条件を見たことで、さらに重要なことに気が付いた。アニにかけられていた呪いについてだ。あれは最終的には、命を奪うものだったのにどうして契約に抵触しなかったんだろうってことだね。まあ、理由は簡単だった。呪いは殴る蹴るという行為とは違って、直接的暴行には含まれない。発動条件にもよるらしいけど、アニにかけられていたものの場合、敷地内に出て、長期間戻らないというものがトリガーだった。その行動さえしなければ、何の被害も生まないものだったから、直接的という定義から外れたみたいだね。狡賢いあのくそ女が考え付きそうなことだ。
奴隷についてわかったことはこれくらいだね。意外にも強制的に奴隷にされた者たちも、人権は守られているみたいだった。言うなれば、守られた奴隷ってことか。不幸中の幸いって言ってもいいのかな。でも、仮に私があの時、王家の奴隷となっていた場合、暴行の禁止なんて条件は付けられていなかったと思う。暴行禁止の条項を追加しないという違法行為をしたとしても、王家を罰する事が出来る機関なんて存在しないわけだからね。アルトが言うには、あの女を殺したことによって私の売買と隷属に関する契約が無効になったってことらしい。もし殺せてなかったら、契約違反で死んでいた可能性すらあった。あの女が死んでなかったとしても、私の扱いに関する契約について知った時点で、アルトが止めを刺すつもりだったみたいだけどね。さすがは私たちの師匠だ。
「これで、使用人についても解決だな。門限にも少し余裕があってよかった。」
学院の前までテレポートで移動した後、エーバルトがそう口を開く。
「お兄様、お姉様。今日は協力してくださり、ありがとうございました。」
「俺はほとんど何もしていないがな…」
「いえ、お兄様は、付いてきてもらえるだけでよかったのですから、十分です。それに断絶した貴族家がないというアドバイスが無ければ、王家からの刺客を招き入れていたでしょうから。」
これに関しては、アニの持った違和感とエーバルトの知識のお陰だね。
「まあ、役に立てたならよかったよ。」
「それに、お姉様のお陰でこんなにも、スムーズに事が進みました。まさか今日一日でほとんど終えてしまえるとは思ってませんでしたから。」
「いいのよ。かわいい妹の頼みなのだから。」
「お二人とも、竣工式では精一杯おもてなしさせていただきますので、ぜひお越しください。必要なら、お迎えも致しますよ。」
感謝の印だ。それくらいの事はしてあげるべきだろう。
「そうか。なら頼むことにしよう。竣工式、楽しみにしているぞ。じゃあ、またな。」
その言葉を聞いて、オリーヴィアがスカートをつまみ上げ、恭しく頭を下げる。たぶんアルトへの敬意の表れだろう。私に挨拶するだけなら、そこまでする必要はないからね。
「ええ。また。」
それを察したのか、アルトがそう返す。その言葉が別れの合図となり、二人は学院の中へと戻っていった。
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