第百七話 執事に隠れた罠

 家具選びを終えたその足で、今度は使用人確保のために王都を周ることになった。

「まずはどこから行くんだ?」

使用人と言っても、執事にメイド、料理人など必要な人材は様々だ。どこから手を付ければいいんだろう。

「優先順位が高いのは、警備かしら。今は、例の組合の方たちがしてくれているようだけど…」

少し考えていると、オリーヴィアからそう助け舟を出してくれた。でも警備に関してはちょっと待ってほしい。

「警備の方は少し考えがあるので、後回しでいいです。どうせ組合に報酬を払うのは王家なんですし。」

「考えって?」

アルトがそう聞いてくる。

「冒険者試験の時に戦ったデーモンだよ。名前は確かアグニ。召喚したら応じてくれるって言ってたし、契約もできそうじゃない?」

「召喚の仕方を知ってるんですか?」

「知らないけど、知ってそうな人ならいるよ。それでも分からなければ創ればいいよ。」

「デーモンというと御伽噺なんかで出てくる、とんでもなく強い魔物だろう?自然発生ならともかく、人為的に呼び出すなど…」

「心配しなくても平気ですよ。一度倒してるわけですし、実際にデーモンを従わせてる人も見たことがあります。」

もちろん、イエレミアスとマグダレーネのことだ。前例があるわけだから、無理ってことは無いだろう。

「そんなリスキーなことはしない方がいいと思うけど…」

オリーヴィアも不安そうにそう呟く。大丈夫だと思うんだけどなあ。悪い奴には見えなかったし。人間を下に見てるのは否めないけど。

「知能もあって、コミュニケーションも取れますから。危険そうならもう一度倒せばいいだけです。」

私がこれまで対峙した者の中で、絶対に勝てないと思ったのは、イエレミアスとマグダレーネだけだ。彼女たちより弱ければ何とかなる。この間の龍神王もとんでもなかったけど、二人よりは弱かったし。あいつは視認が出来なくて魔力的にも感知することが出来ないから脅威だっただけだ。魔力量もとんでもなかったけど、そこは持久戦で解決できる。

「まあ、あなたたちの拠点のことだから、あまり口は出さないけれど、くれぐれも注意しなさい。じゃあ、とりあえず警備のことはおいておくとして、まずは、執事からかしら。執事は使用人たちの責任者になるから、一番重要と言っても過言じゃないわ。そうね…二人は必要ね。」

「執事を雇うのにはどこに行けばいいの?」

アルトがそう問う。メイドギルドみたいな感じで執事ギルドがあるんじゃないかな。

「執事を探すなら、やっぱり執事ギルドですね。執事に限らず、専門職を探すときは大体専門のギルドに行くことになります。」

個人で事務所を開いているような人は別にして、人材を見つけるのは大体が各ギルドになるってどこかで聞いた。冒険者に依頼を出すときも冒険者ギルドに行くわけだし。

「へえ。じゃあ、さっさと行きましょう。」

「ごめんなさい。わたくし、場所を知りませんの。普段どこかに行くときは護衛に案内させていたものですから。」

そういえば、前に王都であったときは護衛を連れていたっけ。たぶん私たちと行動するときは連れてきてないんだと思う。Aランク冒険者の護衛が付いてるのと一緒だからね。

「分からないで進んでいたのか。まあ、方向的には合ってるから問題ない。俺が案内しよう。」

そこからエーバルトの案内でしばらく進むと、執事ギルドに到着した。冒険者ギルドと違って、中には職員以外にほとんど人の姿は無い。まあ、執事を必要としている人なんて一度に多くいるはずもないんだけど。

「執事を二人ほど探しているんだが。」

エーバルトが受付に声をかける。私は身長的に、受付することは出来ない。学院の時みたいに浮けばいいんだけど、あの時と違って、少ないとはいえ人の目があるからね。

「雇い入れと、購入どちらにいたしますか?」

受付からは壮年の男性の声がする。もしかしたらこの人も執事なのかもしれない。

「どうするんだ?」

うーん。値段にもよるけど、もう一つ懸念事項がある。アニの心境だ。彼女はメイドギルドから、キースリング家に買われた、いわば元奴隷。人間を購入するっていうことに忌避感があるかもしれない。

「お嬢様。購入してしまった方がいいと思いますよ。それならば、衣食住の保証と最低限の給金だけで事足ります。」

アニからそんなアドバイスの言葉が飛んでくる。ありゃ。特に抵抗はないみたいだね。考えすぎだったか。

「じゃあ、購入で。」

それなら特に問題ないし、安上がりならそっちの方がいい。

「かしこまりました。では、こちらがリストになります。」

私の声は聞こえているみたいで、そう答える受付係。エーバルトを介して渡されたリストを見てみると、意外なことに選り取り見取りだった。若くて、フレッシュそうな執事から、経験豊富な壮年の執事まで様々な人材がいる。値段の方は経験がある人の方が予想通り高額だ。

「必要な教育はこちらで済ませておりますので、どの者をお選びになっても不便はないと思います。」

情報を補足するようにそんな声が聞こえてくる。誰を選んでも執事として働くことは出来るってわけだね。まあ、私たちの流儀に合わせた追加教育は必要だろうけど。

「呑み込みが早そうな経験豊富な人を二人お願い。」

少し考えた末に出した結論はこれだった。若い人を一人入れて値段を抑えるより、そっちの方が楽そうだ。

「では、こちらの二人はどうでしょう。」

再び資料を受け取り確認すると、それは個人の資料だった。みんなもしゃがみこんで覗き込んでくる。興味津々だね。

 資料に書かれている情報はというと、名前、年齢、出自、経歴だった。二人とも、貴族家での勤務経験があるみたいだね。一人は、雇っていた貴族が財政難から手放し、もう一人は持ち主が死んだことで、その貴族家が断絶しギルドに戻ってきたって書いてある。経験豊富な人が売られているのにはそういう理由があるのか。普通、そんないい人材を手放そうだなんて思わないだろうから、経験豊富な人が売られているっていうのは、ちょっと不思議だったんだよね。

「二人はどう思う?」

「いいんじゃないかしら。仕事もできそうだし。」

「こっちの人は良くないと思います。」

アニが反対したのは、お家断絶で出戻りした方の執事。

「どうして?」 

特に反対意見が出るようなことは書かれていないけど…

「この人の経歴は、なんというか嘘くさいです。」

嘘くさい?私はあんまり違和感ないけど…

「貴族家の断絶?ここ数十年で断絶した家は無いはずだが…これはどういうことだ?」

「さあ?私に言われましても…」

すっとぼけているのか、本当に知らないのか、どちらか分からない曖昧な態度でそんなことを宣う。まあ、こういう時に使える便利な魔法がある。

「嘘感知。」

誰にも聞き取れないような小さな声でそう呟く。戦争の時、侯爵から送られてきた密偵に使った魔法だ。嘘をつくと体がしびれる奴だね。

「本当に知らないの?」

これでもし嘘だった場合、反応ですぐに分かるはずだ。我慢できるような軟なパワーにはしていない。

「本当に何も――」

そう口を開いた途端、声にならない悲鳴が響く。どうやら嘘だったみたいだね。

「な、なにが…」

「嘘をつくからそうなるんだよ。」

「ああ、あの時の魔法か…」

エーバルトは気が付いたみたいだね。たぶん、アニとアルトもだろう。オリーヴィアは何が起こったかわからないだろうけど、別に説明しなくても私が何かしたってことはわかるはずだ。。

「もう一度聞くけど、本当に何も知らないんだね?次、嘘ついたらあんなもんじゃすまないよ。」

二回目以降の威力が変わるってことは無いけど、そう言った方が正直に話す気になるでしょ。

「…この方は、王宮から派遣された調査員です。記録の魔道具で作ったという精巧な絵を見せられ、これに描かれた人たちがやってきたら、この方を勧めるように言われていました。」

しぶしぶといった様子でそう告げる受付係。というかまたあいつらか。もういい加減にしてほしい。

「さすがにしつこいわね…」

アルトまで怒りを通り越して引いちゃってるよ。あいつらもはやストーカーとかわらないのでは?

「まあ、事前に防げてよかったって思うことにしよう。アニのお陰だね。」

そう言った途端、なんとなく張りつめていた空気が一気に弛緩するのを感じた。

「よかった…今回ばかりはもうだめかと…」

オリーヴィアがそう呟いている。もしや、私が仕返しをしないとでも思ってるのかな。こそこそ探られるのも嫌だし、何もしないわけがない。何度も何度もしつこすぎる。仏の顔も三度までって諺はこっちには無いのかな。

「じゃあ、今度は王宮の息がかかってない執事を用意して。」

こういえば、次に出してきた資料がまた王宮関係だったら、その時点で電撃が襲うことになる。

「こ、こちらはどうでしょう。」

苦しんでいる様子はないから、今度は大丈夫だろう。うん。資料的にも問題ない。二人にもアイコンタクトで聞いてみたけど、問題なさそうだ。

「じゃあこの二人を明後日、ブルグミュラーって町のこの地図の場所に連れてきて。守衛に声をかければ、分かるようにしておくから。これ、代金ね。おつりは君の懐に入れといて。迷惑かけたし。」

一歩的にそう捲し立てて、ギルドを出る。私が先導したことで、オリーヴィアとエーバルトもちゃんと着いてきた。よくよく考えると、懐に入れるっていう慣用句が通じたかわからないけど、まあいいや。

「さて、あいつらどうしてやろうかしら。」

私だけじゃなく、アルトも仕返しする気満々だった。その言葉を聞いたエーバルトがお腹をさするような仕草をしたけど、私は見て見ぬふりをした。

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