第百六話 家具を決めよう
学院で魔術の講義を見学した後、エーバルトの案内で軽く設備見学をしてその日はお開きとなった。設備自体は、日本の学校とそんなに変わらない。理科室とか家庭科室とかそういうのは無かったけどね。理科室は科学が発展していないから、家庭科室はそもそも貴族に家庭科の技術は必要ないからといったように無いものには無いなりの理由があるんだと思う。魔法演習室とかこっち独自の物もあるわけだから、当たり前のことだ。この学校は、この世界の教育状況を鑑みれば最高の環境と言えると思う。魔道具もいっぱい使われていたし、寮とかもあるらしい。そっちは実際に見たわけじゃないけど、エーバルトの話では、結構豪華な作りをしているみたいだ。しきりにいい所をアピールしてきたから、たぶん、後々私をここに通わせたいみたいな目論見があるんだと思う。それなら、急に見学を勧めてきたのも頷ける。私的には、何か特別な理由がない限り通う気はないけどね。
そんなわけで翌日。今日は家具を選びに行くことになっている。待ち合わせ場所である学院の前に向かうと、すでにエーバルトが待機していた。あれ、オリーヴィアもいる。エーバルトが呼んだのかな。
「お兄様、お姉様、今日はよろしくお願いします。」
二人に軽く挨拶をすると、アニもそれに倣ってか軽く頭を下げている。
「ええ。ハイデマリー、この度は、拠点の完成おめでとう。どんな感じなのか見るのが楽しみだわ。」
「見た目は、キースリングの屋敷とそんなに変わらないわよ。」
アルトがそう呟く。
「貴族の屋敷相当の拠点なんですね。だったら、家具や調度品がたくさん必要でしょう。それに使用人もね。ハイデマリー。そっちの紹介も必要かしら?」
どうやら、今回の件に詳しいのは、エーバルトじゃなくて、オリーヴィアだったみたいだね。だから呼んだのか。
「ぜひお願いします。」
「分かったわ。人数なんかは屋敷を見てから決めましょう。となるとまずは、家具ね。」
「方針は決まったみたいだな。じゃあ、行こうか。」
ここまで静観していたエーバルトがそう告げる。拠点を建てるときは、Aランク冒険者の肩書と、王家が支払いを持つってことだったからスムーズに進んだけど、今回は貴族エリアでの高額の買い物だ。私たちだけだと取り合ってくれないかもしれないということでエーバルトを呼んだわけだから、エーバルトの仕事は同行すること自体にある。正直何もしてくれなくても問題ない。
エーバルトとオリーヴィアがおすすめの店があるってことで、二人について歩いているとすぐに到着した。
「いらっしゃいませ…これはこれはキースリング伯爵ではありませんか。本日はどのようなご用件で?」
どうやら、エーバルトはこの店に来るのは初めてじゃないみたいだね。
「新しい屋敷を建てたから、そこの家具を任せたいのだけど…」
答えたのはオリーヴィア。やっぱり彼女主導で進んでいくみたいだね。私が建てたって言わない辺り、冒険者をしていることを伏せるってことまで考えられてる。さすがだ。
「左様でございますか。では、新しいお屋敷まで案内していただいてもよろしいでしょうか?」
実際に建物を見てから決める方式みたいだね。そっちの方が楽でいい。サイズを測ったりしなくていいし。即日でそんなことまでしてくれるなんて、意外と暇なのかもしれない。でも、ここからブルグミュラーまでは百キロくらいある。馬車移動だと、結構時間がかかるし、車は人数的に乗れない。私がテレポートで連れていくっていうのもありだけど、貴族エリアの店だから、ほかの貴族に私のことが広まってしまうかもしれない。そうなるとまた面倒事が起こりそうだし、どうしたものか…
「ブルグミュラーという町に建てたのだが…」
エーバルトも移動手段について迷ってるみたいだね。馬車じゃ行って帰ってくるのは確かに厳しい。王都からほど近いキースリング領ですら片道五時間かかるのに。いや、もうこれ実質一択じゃん。テレポートで行くしかないでしょ。仕方ない。少し脅かして口止めしよう。視線を向けてくるエーバルトに、頷きを返す。
「移動手段は、うちの末妹、ハイデマリーの魔法を使うから気にしなくていい。道具と人員だけ用意してくれ。」
「魔法でですか…分かりました。準備をいたしますので、少々店内をご覧になってお待ちください。」
意外と呑み込みが早いな…魔法で移動なんて普通は考えもしないだろうに。実は魔術にも移動系のものが存在してたりするのかな。
「じゃあ、なんか良さげなのがあったら…」
アニとアルトに声をかけようとしたところ、二人の姿はすでになく、どうやら、家具を見て回っているようだ。いつの間に。アニはたぶんアルトに連れていかれたんだろうね。
「見て!!ハイデマリー。このベッドふかふかよ!!」
店内をウロウロしてると、アルトがそんなことを言いながらダブルサイズのベッドに横になってるのを見つけた。さすがに飛び跳ねたりはしてないみたいだね。アルトの隣に横になってみれば、確かにすごいふかふかだ。ちょといいホテルのベッドって感じ。宿のベッドより寝心地も全然良い。
「こっちのソファーもいいですよ。」
そう言ったアニが座っていたのはL字型のソファー。五人は楽々座れそうだね。一人は足を伸ばして座れる感じか。うーん。こっちもいいね。リビングみたいな部屋を作っておいとくのもいいかもしれない。
「この二つ、買っておこうか。もちろんベッドは三人分ね。」
「賛成。」
「私もいいと思います。これならゆっくり寛げて疲れがしっかりとれそうです。」
私も特に反対する理由は無かったから、即決だ。ベッドは人生の三分の一を過ごす場所だからケチってはいけないって聞いたことあるしね。
買うものが二つ決まったところで、店主の準備が終わったみたいで、エーバルトから声がかかる。その際、ベッドとソファーのことを言うと、店主にそのまま伝えてくれた。支払いは、ほかの物とまとめてってことだ。まあ、ベッド三台とソファーだけで金貨三十枚。合計いくらになるんだろう。
テレポートを使って、屋敷の前に移動する。初めて経験する店主はものすごく驚いていたけど、いつものことだから気にしない。拠点に来たのは店主だけだったから、口止めも簡単だった。誰かに漏らしたら、テレポートする時に通る時空のはざま(そんなものは実際にはない)に閉じ込めるっていう脅し付きだ。その様子を横で聞いていたオリーヴィアに怒られちゃったけどね。まあ、これで広まってしまうってことは無いだろう。
警備をしてくれている棟梁の部下に一声かけて、門を通過し屋敷の中へ。
「ホントにうちと同じような作りなのね。」
オリーヴィアがそうポツリと呟く。
「建造を頼んだ組合にキースリング家の設計図があったものですから、似たようなものにしてもらいました。住み慣れていますから、そうした方が過ごしやすいと思いまして。」
「そういうわけだったのね。なら、家具の方もうちと似たような感じでいいかしら?」
「そうですね。私たちの私室以外はそれで構いません。」
私室は各々カスタムしたいだろうからね。
「分かったわ。その感じで進めていきましょう。」
オリーヴィアのお陰で、どの場所に何を置くか、スムーズに進んでいく。リビングに、ダイニング、寝室に使用人の部屋、それに客間と最終的にはキッチンにお風呂まで、私たちは時折口を挿むだけで、どんどん決まってしまった。店主の持っているカタログをみながら、ここにはこれが合うとか、絨毯はこの色にしましょうと、まるで自分の事かのように楽しそうだった。エーバルトはなんとなく辟易していたみたいだけどね。もちろん各々の私室は私たちの好みが反映されている。アニはシンプルな感じで、アルトは見た目重視。私は機能性を優先した。ここは、各自の性格が出る感じだね。
「以上でよろしいですね。お値段は、合計白金貨十枚になります。端数は割引しておきますよ。」
まあ、そんなものだろう。エーバルトと、オリーヴィアはぎょっとした顔をしているけど。払えるのかって目で聞いてきてるみたいだ。舐めないでほしい。この前のダンジョンで手に入れた財宝を換金した額の四分の一以下だから、全然平気だ。でも、白金貨は使い勝手が悪くて、あんまり持ってないから、金貨で払うことに…あ、ちょうど十枚あるや。一応持っておいてよかった。
「これで。」
白金貨の方が確認が楽だからね。枚数的に。
「確かに頂きました。」
確認を済ませた店主がそう言う。私が支払ったことに違和感はないみたいだ。たぶんエーバルトとオリーヴィアの部屋が無かった時点で、私たちが建てたってことに気が付いたんだと思う。テレポートを見せた時点で気が付いた可能性もあるけどね。
「では、こちらが内約になります。運び入れはいつにいたしましょう。」
内約で渡された紙には、どこに何を置いてそれがいくらかってことが書いてあった。うん。私室が桁違いだね。各々いいものを選んだわけだから、仕方ないんだけど。
「なるべく早くお願い。」
「それだと、明後日になりますね。」
「じゃあそれで。」
「かしこまりました。」
最後に短いやり取りを終えて、店主を店に送り届ければ家具選びは終了だ。時刻は午後四時前。このままある程度なら、使用人選びも行けそうだね。
「じゃあ、次は使用人の方ね。まずはどこから行こうかしら…」
「このまま行くのか…」
エーバルトのその声は、何処か悲痛さを感じさせるものだった。まあ、ただ付き合わされただけだったからね。
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