第百五話 ヘレーネ・ブルグミュラー

 緊張している様子で声をかけてきた女の子、ヘレーネ・ブルグミュラー。名前からして私たちの拠点を建てた町の領主の関係者だろうね。娘とか姪とかそういう感じだと思う。でも、私たちのことを知ってて声をかけてきたって感じじゃない。ここで会ったのは本当に偶然だろう。

「あの、お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか…」

おっと、考えこんじゃって返事をするのを忘れてた。

「私は、ハイデマリー・キースリングです。こっちは魔法の師匠のアルトと、妹弟子のアニ。以後お見知りおきを。」

「よろしく。」

「よろしくお願いします。」

 ブルグミュラーに拠点を構えたわけだから、今後一切かかわらないってこともないだろうし。縁を作っておいて悪いことはなさそうだ。

「あなたがハイデマリー様だったんですか…お父様からお話は聞いております。」

お父様ってことはブルグミュラーの領主の娘ってことだね。確か男爵だった気がするから男爵令嬢だ。

「ということは、私たちが冒険者をしているのも知っているんですよね。それは他言無用でお願いします。」

「はい。そのことについても聞き及んでいます。」

領主に出した手紙に口止めの言葉を書いておいた。そこもちゃんと伝わってるみたいだね。

「いいですよね、冒険者。私の家には冒険者が書いた冒険譚がたくさんありまして、小さな頃から憧れていたんですよ。」

「貴族が冒険者に憧れるなんて珍しいわね。あなた、魔法の才能はあるから、魔法使いとして、いい線いくと思うわよ。」

アルトも、ヘレーネの魔力量を確認したみたいだね。

「はい。先日、適性検査をしたときにもそう言って頂けました。あなたには才能があると。そのおかげで、入学年齢に満たない十歳の私が入学することができたのです。といっても、私自身、魔法の才能があるなんて自覚は一切ないのですが…」

たしか、学院に入れるのは十二歳からだったはず。そう考えると随分才能を買われてるみたいだね。というか、肉体的には年上だったのか。成長促進の魔法のお陰で、私の身体は普通より成長してるから、自分の身体を基準にしちゃだめかもしれない。

「まだ訓練を始めたばかりなんでしょ?力を自覚できないのは当然だわ。」

アルトが魔法の先生らしくそんなことを言う。

「そういうものなんでしょうか…」

「魔法は一朝一夕じゃありませんよ。」

アニも自分の経験からそう思ってるみたいだね。声に込められた力が違う。

「そう…ですよね。これからも、頑張ってみたいと思います。」

「その意気です。立派な冒険者になるための第一歩ですよ。」

この娘が本当に冒険者になったら、いつか一緒に仕事をする時が来るかもね。

「?私、冒険者になるつもりはありませんよ。」

不思議そうな顔をしてヘレーネがそんなことを言う。ん?どういうこと?憧れてるんじゃないの?

「たしかに憧れはありますけど、私は冒険者の冒険譚を聞いたり、読んだりするのが好きで、冒険するという行為にはそこまで魅力を感じません。危ないですし。」

これが普通の貴族の感性か…憧れてるのになりたいわけじゃない。独特だね。

「いつか私にも、御三方の冒険譚を聞かせてくださいね。」

「これから、会う機会も多くなるでしょうし、その時にでもお話ししますよ。」

減るもんじゃないし、そのくらいなら全然かまわない。

「それは嬉しいです。是非お願いします。それと、先ほどから気になっていたんですが、もっと砕けた口調で話していただいていいんですよ?キースリング家は伯爵の家系で、ブルグミュラー家は男爵です。上に立つ者が下の者を敬う言葉を使うのはよくありません。」

え?そうなの?オリーヴィアは相手を尊重した言葉を使えって言ってたけど…まあ、ヘレーネがいいならいっか。

「一応、年上だったから敬語を使ってたんだけどね。」

適当に言い訳しておく。

「そうだったんですね。冒険者をやっていらっしゃるわけですから、ハイデマリーさんの方が年上だと思っていました。おいくつなんですか?」

「もうすぐ九歳になるよ。」

そう考えると、お披露目からもう一年近く経つんだね。全く、濃い一年だった。

「そうなんですね。私ももうすぐ十一歳になりますから、二つ差ですか。私、同年代の知り合いが全くいないので、これからもぜひ仲良くしてください。」

「ええ。こちらこそ。」

いい子そうだし、何より可愛い。こっちもぜひ仲良くしたいところだ。

「すまない。遅くなった。講義の先生に捕まってしまってな。」

タイミングを見計らったかのように、エーバルトが教室に入ってくる。授業が終わってから、十分くらい経ったところだろうか。意外と話し込んでたみたいだね。

「ん?君は確か…」

エーバルトはヘレーネのこと知ってるみたいだね。年も離れてて、接点無さそうなのに。

「お初にお目にかかります。キースリング伯爵。わたくし、ブルグミュラー男爵家三女、ヘレーネ・ブルグミュラーと申します。」

恭しくそう挨拶しているヘレーネ。私に対するものとは少し温度差がある気がする。まさか、エーバルトを狙ってるのか?よくよく考えると、すでに爵位を継いでいて、成績良し、見た目も良し。それでいて誰とも婚約をしていない。こんな優良物件なかなか見ないぞ…

「む?俺のことを知っているのか?」

「伯爵は学院では有名でいらっしゃいますから。爵位をすでに継承していて、学院に通っているのは伯爵だけですもの。それに、成績も優秀だと初等クラスでも噂になっていますよ。」

「俺の継承は事故みたいなものだ。成績がいいのもまあ、もう一人の妹のお陰だな。それに、有名なのは君もだろう?十歳にして、学院入学を許された逸材。高等クラスは一時、君の話で持ちきりだった。」

その言葉を聞くヘレーネの瞳は伏せられ、なぜか悲しそうに見えた。というか、魔法の天才ならここにもいますけど。

「そうなのですか…あ!いけない。わたくし、そろそろ次の講義に行かねばなりません。そろそろお暇させていただきます。」

「あ!!ヘレーネさん!!」

そくさくとその場を辞そうとするヘレーネに声をかける。

「一月後の、うちの拠点の竣工式。是非来てね!!」

「はい!!是非お邪魔させていただきます。」

満面の笑みでそう言い残し、今度こそヘレーネは去っていった。

「俺、何か気に障ること言ったか?」

「別に失礼なことを言っていたわけではないと思いますが…」

去っていくヘレーネを見ながら、アニとエーバルトがそんな会話をしているのが聞こえた。確かに急に変わったあの態度、何か地雷を踏みぬいたとしか思えない。

「女心は難しいですね。」

「ハイデマリー。君も女性だ…」

「同じ女性でも分からないことはあります。」

「そうなのか…深いな。」

意味深な顔つきでうなずいているエーバルトを横目に、彼女との出会いは幕を閉じる。この出会いが、後に最悪の事件を引き起こすきっかけになるとは、この時点では誰一人知る由も無い。

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