第百四話 魔術の授業
「見学ですか?」
なんでいきなりそんなこと言ってきたんだろう。どちらかと言えば、私が他の貴族の目に触れるのは避けたいはずなのに。それに、そんなに急にできるものなのかな。
「ああ。別に珍しいことじゃないぞ。学院に通っている貴族の親や兄弟が見学に来るのはよくあることだ。」
よくあることなら飛び入りでも問題ないってことか。でも、別にここに興味があるわけでもないし、見ても意味ない気がする。たしか、マナーとか学問を学ぶところだって言ってたし。一般的なのはすでにオリーヴィアから教えてもらってるから、今更必要もない。
「せっかくのお誘いですけど…」
ここを見学するくらいなら、冒険者育成学校の方がまだ実がある気がする。
「人数は少ないが、魔法を学ぶクラスもあるぞ。」
そう言って、私たちの興味がありそうな部門を持ち出してくるエーバルト。なんか、どうしても見学させたいって感じがするね。何か理由があるのかも。
「魔法のクラス…」
おっと、今の言葉でアニが興味を持ってしまったみたいだ。アニは魔法に関する知識に貪欲だからね。知りたいという欲求には逆らうのは難しい。その気持ちは分かる。
「では、その魔法クラスを見学させてもらいます。」
アニが気になってるみたいだし、今まで魔術がどんな感じなのかもしっかり見たこと無かったからね。ちょうどいい機会かもしれない。
「そうか。なら、俺は魔法クラスの先生に話を通してくる。少し待っていてくれ。」
そう言うと、エーバルトは元来た道を戻っていった。
「魔術を教えるねえ…どんなことをしてるのかしら。」
ここまで黙っていたアルトも興味が無いってわけじゃなさそうだ。
「アルトって、魔術に詳しいんだっけ?」
「あんまり詳しくはないわね。知ってるのは、呪文を使って魔力を変質させてるってことくらいかしら。魔法より汎用性はないけれど、習得は簡単って聞くわね。まあ、その呪文は知らないんだけど。」
仕組み自体は前に聞いたから知ってるけど、どんな呪文があるかは私も知らない。どんな感じのものなのかちょっと気になってきた。
「もしかしたら、見学中に何か呪文が分かるかもしれませんね。」
「そうだね。」
その呪文でどんなことが起こるかが分かれば、創造魔法で創り直すことが出来る。そうすれば、長い呪文を使わないで発動することが出来るから、いい呪文を知れたらラッキーだね。
魔術に関して、ああでもないこうでもないと三人して軽い考察をしているうちに、エーバルトが戻ってきた。
「あと十分ほどで講義が始まる。案内しよう。」
エーバルトに続いて、エントランスを抜け本格的に学院内へ。内部は、長い廊下にいくつもの教室が並んでいる。外観とは違って、いかにも学校って感じの雰囲気だ。廊下を歩いている人影は私たち以外にはない。たぶん、もうすぐ授業が始まる時間だから、教室で待機してるんだろうね。ここからでも、教室の中の話し声が微かに聞こえてくる。あんまり学校にいい思い出は無いけど、楽しそうな雰囲気だっていうのは分かる。というか、精神年齢的にはもうアラサーなのに、学校に来るっていうのはなんか変な感じだ。授業参観だって思えば、年相応なのかもしれないけど。
「そういえば、お兄様は講義に出なくていいのですか?」
全ての教室で開始時間が統一されているのなら、エーバルトもそんなに時間は無いはずだ。
「俺が次に受けるのは、マナーの講義だからな。すでに合格点をもらっているし、問題ない。これでも、成績はいい方なんだ。」
「そうなんですね。ほかにはどんな講義があるんですか?」
「マナーに学問、魔法に領地経営論、歴史なんかもあるな。ほかにもいろいろある。絶対に受けなければいけないマナーの講義以外は、各々が興味のある講義を自由に選んで受けるって感じだな。」
大学みたいな感じだね。マナーの講義は言わば、必修の授業ってとこか。
「それだと、教える側の人たちも結構な数がいるってわけね。」
学院に通うのは長男ともう一人くらいだって話だったから、そんなに生徒数も多くないはずなのに。まあ、運営してるのも貴族だろうから当然か。自分たちの子供を教育する機関なんだし。
「そうですね。各方面で名を馳せた人たちが教師として採用されています。」
アルトに対してだけは敬語を使って、エーバルトがそう返す。
「なら、魔法の先生は、魔法で何かしら有名な人ってことですか?」
「おそらくな。俺は魔法の講義は受けてないから詳しくは分からん。」
まあ、そうだよね。
「ここだ。後ろの席を使っていいと言われている。終わるころに俺も顔を出す。じゃあ、俺も自分の講義に出てくるよ。」
来た道を戻っていくエーバルトを見届けて、私たちも教室の中へ入った。教室の中は、三人掛けの机が三列づつ並んでいる。指示通り一番後ろの席に腰を下ろし、教室の中を見渡してみると、中には私たち以外に三人の人がいた。いつもはいない私たちが珍しいのか、こっちに視線を向けてくる。年齢はバラバラだね。私と同い年くらいの女の子が一人に、十五歳くらいの男の子、あとはもう一人はエーバルトと同じくらいの女の子がもう一人だね。
そこから数分後、講師っぽい男の人が入ってきて、そのまま講義が始まった。
「うるさくすると、追い出されるかもだから静かにね。」
学校未経験の二人に一応注意しておく。
「分かってるわよ。」
アルトが煩わしそうにそう答えた。どうやら余計なお世話だったみたいだね。
「えー、魔法技能第二回の講義を始めます。今日は三人ほど見学の方がいらっしゃいますが、前回と同じように進めていきます。」
まだ二回目なんだ。エーバルトとオリーヴィアが学院に戻ったのが最近のことだから、授業開始直後なのは考えてみればあたりまえか。というか、それなのにマナーの授業ですでに合格点をもらっているエーバルトは、ホントにすごいのでは?
「前回説明した通り、この講義を受けることができるあなたたちは、魔力適性があると判断されたわけですから、呪文さえ覚えることが出来れば、すぐにでも魔法を使えます。ですが、まずは自分の保有している魔力の量を把握することが大切です。それが出来ていないと、自分が使うことの出来る限界以上の魔法を使ってしまい、最悪の場合死んでしまうこともあります。」
安全マージンを取るためってことだね。確かにこれは重要そうだ。魔力に制限が無い私ですら倒れたことがあるくらいだし。ちょっと気になって、魔力探知をしてみれば生徒も先生もそこそこの魔力を保有している。一番多いのは先生―ではなく、私と同い年くらいの女の子だ。この子はアニに匹敵するくらいの魔力がある。ちゃんと学んだら化けそうだ。
「ですから、まずは自分の中の魔力を感じられるようになりましょう。」
最初にやることは、魔法も魔術も同じみたいだね。というかこんな基礎的な部分なら、講義を聞く意味が無かったかも。アニも渋い顔をしてるし。
そのまま講義は基礎的な話で進んでいき、ようやく魔術を使ったと思ったら、火種を作るというしょうもない術を使っただけだった。これは、本格的に時間の無駄だったかもしれない。この講義が悪いわけじゃなくて、私たちの技能レベルに全くあってないって感じだ。
「これじゃあ、あんまり意味なかったわね。」
アルトが愚痴を言うようにそう零す。
「そうですね。もう少し、回を重ねた後でしたらまた違ったかもしれません。」
「複雑なものを扱うのは後半だろうからね。」
そんなことを口々に話していると、魔力が一番多かった女の子がこっちに近づいてきた。よく見れば、ものすごく整った顔立ちをしている。亜麻色の髪に薄桃色の瞳。少し危なっかしいような歩き方はなんとなく庇護欲を掻き立てる。
「あ、あの…」
「何か用ですか?」
いつもより丁寧な口調でそう答える。この子も一応貴族の子息だからね。いきなりため口で言ったら驚くかもしれない。
「わ、私、ヘレーネ・ブルグミュラーと言います。この講義には歳の近い子がいなく、是非お話したいと思い、声を掛けさせていただきました。」
聞き馴染みのあるその名前を持つ少女の出現は、私の意識を引くのに十分すぎる力を持っていた。
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