幕間 龍神王の手記

 まさか、儂が人間に倒されることになるなんてな。まあ、一人は人間ではなかった気がするがそれはいい。儂がここに召喚されてから、もう千年近くになるが、その間に人間がこの場所に来ることは無かった。たかだか千年であれほどまでの力を有する個体が生まれるとは…人間とは恐ろしい種族だな。

 儂がこの場に召喚されたのは千年前。当時の儂はまさか人間の魔法で召喚されるなど夢にも思っていなかった。召喚を拒否することも出来たんだが、まあ、当時の儂は暇だったからな。気まぐれで応じてやった。召喚者はエルフとか、精霊とか魔法が得意な種族だと思っていたんだが、その予想は大外れだったわけだ。召喚された先はこの場所で、幾人もの人間が待機していた。そいつらの目には何というか、覚悟が宿っていた。すぐにわかった。こいつらはこれから死ぬつもりだと。となれば、儂を召喚した理由など一つしかない。敵と戦わせるためだ。まあ結果的にはそれも外れていたわけだが。

 そいつらが要求してきたことは、この先の部屋にいる子供を守れということだった。期間は儂が倒されるまで。終了条件が曖昧で、儂次第。そんな条件だと儂が求める対価は莫大なものになる。倒されるまでともなれば、千年でも二千年にもなる可能性があるからな。だが、そうはならなかった。人間たちのやり方の方が一枚上手だった。子供を守れということはその子供が成長すれば、契約終了となる。人間の子供が大人になるまでは精々二十年。そんな年月、儂にとっては一瞬だ。それだと、そこまでの対価は必要にならない。要するに奴らは最小限の犠牲で儂と契約することに成功したというわけだ。

 そこからは一瞬だった。この場に攻め込んできた数多の兵と壮絶な戦闘を繰り広げ、召喚者たちは全滅。だがその戦は、儂の目から見ても恥じるような戦いではなかった。覚悟を持った男たちの誰かを守るための戦い。その姿勢に心を打たれなかったと言えば嘘になる。その間、儂がしていたことと言えば扉の前に鎮座していただけ。何度も助太刀をしようとしたが、それでは奴らの覚悟を踏みにじることになると自分を抑えていた。まあ、そうしているだけでも効果はあったようで、敵軍からすれば儂はさぞ不気味に映っていたことだろう。いつ手を出してくるかわからない強大な敵。敵の意識を引き付けるには十分だった。

 儂の仕事は召喚者たちが全滅した後からが本番だ。契約を履行するために、何より奴らの覚悟に答えるために。だが、敵軍は召喚者を倒したことで満足したのか、そくさくと撤退していった。儂にできることは殲滅ではなく防衛。逃げに徹されてしまえばできることは無くなる。なんとも拍子抜けな結末だった。

 その後、儂がしてきたことと言えば、守護対象である子供の世話だ。といっても、この施設の外から食料や生活に必要なものを運んだくらいだが。死なせてはならないという契約だったからな。餓死などされてはたまらん。向こうも儂のことを怖がっているようで、しばらくはそれだけの生活が続いていた。大体数か月が経ったかというところで、孤独に耐えかねたのか、向こうの方から声を掛けてきた。

「爺様たちはどこに行っちゃったの?」

瞳に涙を浮かべながら告げられたのはそんな言葉だった。

「死んだよ。」

儂が言ったのはそれだけだ。隠すことも違うと思ったからな。

「そうだよね…」

帰ってきたのはそんな言葉だった。子供ながらに真実には気が付いていたんだろう。

そんな短いやり取りから、儂らの交流は始まった。初めはたまに言葉を交わす程度。そこから徐々に親交が増えていった。最終的には、外に出たときのために、魔法を教えてほしいと師申し出てきた。なんでも、召喚者の一族は魔法に長けている一族だったらしい。道理で儂を召喚することが出来たわけだ。儂も食料を運ぶことくらいしかすることが無かったし、その話を受けてやった。長い間、同じ場所で暮らしていれば情も湧く。こいつが成長し儂が元の場所へ戻った後にはどうなるのかということを考えたというのも理由の一つだ。

 基本的な魔法の技術はすでに習得しているらしく、水を得た魚のようにものすごい速さで魔法を習得していった。その時点では確実に全人類の中で最高の魔法使いとなっていただろう。人間が知らないはずの魔法まで習得したわけだからな。

 そこから十数年かけて、魔法を完璧に習得すると、ついにこの場所を出ることを決意したようだった。それならば儂の仕事はここまでだと、意気揚々と久々に住処へ戻ろうとしたところ、新たな契約を持ち掛けられた。それは、ここの財宝を受け渡すのにふさわしいものを見つけてほしいということだった。今後、千五百年間見つかることが無ければ、儂のものにしていいという条件で。ここにある財宝の中には千五百年の代償を支払ってでも手に入れる価値のあるものがいくつか紛れ込んでいる。儂はそれを了承した。財宝を受け渡す条件として、奴が提示したのは、まず、独力でここにたどり着ける者であること。それに儂を倒すことが出来る者だ。後者の条件は儂と財宝の所有権を争うわけだからと試練という名目で加えられたものだった。儂としては、負けるはずもないと思っていたから、うまい話であったんだがな。まあ、敗北した今となればそんな条件無い方がよかったと思っている。それならば受け渡しは儂のさじ加減で決まっていたわけだからな。まあ、それを見越しての条件だったのだろう。

 む?もう時間が無い。敗北したことによって契約が完了してしまったため、もうじき儂は住処に戻される。その前にこの千年間の記録を残しておこうとこうして筆を執ったわけだが、最後にこれだけは書いておこう。この場の財宝を手に入れた強き者たちよ。どうか、奴らの生きた印を忘れないでほしい。

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