第百話 記録と記憶
「ハイデマリー!!」
体力を使い切って膝をついている私の元へ二人が駆け寄ってくる。
「ごめんなさい。あたし、何もできなかった。」
敵の居場所が分からないと、さすがのアルトも攻撃は出来ないみたいだね。かく言う私も、敵の攻撃で急に大きくなった魔力反応が無ければ何もすることが出来なかっただろう。今回、倒すことが出来たのは、ほとんど相手の自滅に近い。あの大技を打ってこなければ、こっちはまともに戦うことすらできなかったわけだから、最終的には逃げていただろうし。
「今後、見えない敵が出てきた時のことを考えないとだね。」
「そうね。それにしても、あの龍神王って奴。何だったのかしら…盟約に従ってとか言ってたけど…」
「おそらく、この先の宝物庫を守っていたのでしょう。あそこにそれらしい扉があります。先ほどまでは存在しませんでしたから、倒したことによって扉が現れたんだと思います。」
立つことが出来ない私を抱きかかえながら、アニがそう言う。こういう時は、子供の身体で心底よかったと思う。
「ようやくゴールってことね。どうする?このまま入ってみる?」
クタクタの私に気を使っているのか、アルトがそう聞いてくる。正直、一刻も早くベッドに潜り込みたいところだけど、疲れすぎてテレポートするのすら難しい。暗視魔法とか、望遠魔法みたいなちょっとした魔法を使おうとしただけで、頭が痛む。帰るためには少し休憩しないといけない。
「すぐにテレポートするのは難しいから、中を覗いてみようよ。もし宝物庫じゃなかったら、入るのをやめとけばいいだけだし。」
入ってみたら第二の試練が始まったなんてことになると、さすがにやばいからね。
「分岐した他の道は調べなくていいのですか?この試練をクリアしたことで、戻ることが出来るようになっているかもしれませんよ。」
「それもありかもしれないけど、他の分岐に進んだら、また同じような状況になる可能性もあるからやめておいた方がいいと思う。」
元の道に戻っているか確認するだけなら地図で出来るしね。ほとんど白紙に戻ってしまった地図を取り出し、最新情報を上書きする。すると、地図に情報が付け足されていき、本来の物へと変化した。
「元に戻っているみたいですね。」
ワープポイントの場所もちゃんと記されている。やっぱりあれは、この試練を受けさせるためのギミックだったみたいだね。
「うん。でも戻るのはまた今度だよ。」
「分かっています。では、向こうの扉までお運びしますね。」
どうやらそのまま抱えて連れて行ってくれるみたいだ。ありがたいけど、なんかちょっと気恥ずかしいね。誰が見てるってわけでもないんだけど。
「じゃあ、開けるわよ。」
アルトが扉に手をかけ、ゆっくりと押していく。少し開いただけの隙間から、すでにキラキラと輝く光が見える。これは間違いなさそうだね。
「やったわね!!」
通算二度目の宝物庫に大興奮のアルトさん。
「じゃあ、なにがあるか確認しながら仕舞ってこうか。」
アニに抱えられたまま、宝物庫の中に収納魔法の入り口を開く。あれ、頭痛がしなくなった。もう回復し始めてるみたいだ。魔法に関することなるとすぐに解決できてしまう。聖女のクラス様様だ。それなら、もう歩けるかなとアニに下ろしてもらったけど、さすがにそれは無理だったみたいで、足に全然力が入らない。その様子を見かねてか、私は収納の入り口のそばで待機と言い渡されてしまった。まあ、これじゃあ何も運べないからね。二人が運んで、私はそれを眺めているだけになる。後は正体が分からないものを目利きの義眼で簡易的に鑑定するくらいかな。
そこから小一時間かけて宝物を収納魔法に放り込んでいた。魔力炉に魔道具、ミスリルと見慣れたものが多い中、特に目を引いたのは記録の魔道具だ。この前、回収した物と同じ作りだね。一台あると便利そうだし、なによりこれから旅を続けるうえで、いろんな場所で写真を撮れるのはうれしい。魔力炉もたくさん手に入ったから、拠点で使う魔道具の開発もできる。このダンジョンを攻略するのにはだいぶ苦労したけど、それに見合ったものは手に入ったかな。
「これが最後ね。何かの日誌みたいよ。」
そう言って、最後にアルトが持ってきたのは古ぼけたノート。表紙には日誌とだけ書かれている。気になって開いてみたけど、文字がかすれたり、ページが破れたりしていて全然読めない。何なら虫食いのページまである。かろうじて読めた場所にはこのダンジョンが何の目的で使われていたのかとかそう言ったことが書いてあった。それによると、このダンジョンはこの地に住んでいた最初の魔法使いの一族の訓練施設だったらしい。しばらくはそのままの用途で運用されていたけど、強い力を持つその一族を脅威だと感じたどこかの誰かが、圧倒的な数の暴力で攻め込んできた。その結果、為す術もなくここに食料と財産を抱えて逃げ込むことになったみたいだね。その財産っていうのがさっきの宝物か。完全に包囲され、外に出ることも出来なくなり、死を待つだけとなったその一族は、ダンジョン内に攻め込んできた敵に対して、無謀な戦いを挑み、一人を除いて全滅した。た死後その財産を奪われまいと召喚した龍を残して。どうやら生き残った一人は、まだ子供で、この部屋の中に隠していたみたいだね。これを書いたのはその生き残りの子供ってわけか。
「その龍ってさっきの龍神王のことでしょ?どうして戦わせなかったんだろう。」
あの強大な戦力があれば、いくら敵の数が多くてもどうとでもなるだろうに。
「召喚した相手を従わせるには何か対価がいるのは知ってるでしょ?戦わせるにはその対価が足りなかったんじゃないかしら。」
たしか、アニがやろうとしている召喚術にも対価がいるって言ってたね。なるほど。そういう理由か。
「だから、財宝を守らせることしかできなかったってわけか…」
「それは違うと思いますよ。」
その呟きに対して、アニが異論を挟んできた。どうやら思うところがあるらしい。
「おそらく、龍を召喚したのは隠していた子供を守らせるためではないですか?これを書いたのはその子供みたいですから、本人が知らなかったのも無理はありません。それを告げてしまっては、間違いなく反対するはずですからね。」
「自分たちより子供を優先したってわけね。泣ける話じゃない。」
この人は周りの大人に恵まれていたんだね。自分の命を捨てても、子供を守るという大人たちの行動も、とても美しいものに思える。私には無かったものだから。
「でも、それだとあたしたち、墓荒らしをしたみたいじゃない…」
「その心配はないよ。ここみて。」
最後のページに書かれている文字列を二人に見せる。そこには、かすれた消えかけの文字でこう書かれていた。
『ここに残していく物は、もう私には必要ない。この場にたどり着いた強き者よ。どうか役立ててくれるとうれしい。爺様たちもきっと喜ぶ。』
「この文脈だとここで一生を終えたのではなく、どこかに旅立ったみたいですね。おそらくその時に、大切な物は持ち出しているんでしょう。」
私もアニと同意見だ。形見とかそういう物は手放していないと思う。
「それなら、その意思に従って、私たちが有効活用しましょう。」
これを残した人の意にも添えるし、WINWINってことだね。
「じゃあ、そろそろ出ようか。この日誌は置いていこう。今後ここに来る人がいるかもしれないし、なにより、ここにいた人たちの記録を隠すことになっちゃうからね。」
「そうですね。奥の扉からダンジョンの外に出られるみたいですから、その近くに置いておきましょう。そこなら、必ず見つけられるはずです。」
そう言って立ち上がろうとしたとき、少しふらついてアニに再び抱きかかえられ、そのまま宝物庫の奥にある扉まで運ばれてしまった。二人が作業している間に十分休むことは出来たから、もう歩けるのに…
日誌を近くにおいて、そのまま扉を開けて中に入ってみると、テレポートをした時と同じ感覚があった。反射的に目を瞑っていたみたいで、目を開けると朝日が私の目を焼いた。
「ここ、山の頂上ね。」
どうやら、頂までショートカットしてしまったらしい。
「外に出るための扉なのに、出た先が頂上っていうのはちょっと意地悪ですね。」
「でも、この景色を見れたのはよかったんじゃない?」
「そうね。」
眼下に広がる雲海と朝日が私たちの瞳に刻み込まれ、忘れることの出来ない強烈な記憶を植え付けた。
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