第九十九話 試練
来た道を戻ろうと、後ろを振り返った時にはその姿は跡形もなく消えており、代わりに現れていたのは、この何日かで見慣れた漆黒の影壁。
「縦穴の入り口と同じだね。」
灯篭に火を灯し、落とされた縦穴の入り口も同じように消えてしまった。まるで、入ってきた者を二度と外に出さないとでも言っているかのように。
「道が…」
アニが悲観的な声でそう言う。戻るのは簡単なんだけどね。
「どうする?テレポートで戻ってみる?ここにワープポイントを作っておけば、歩いては通れなくても戻ってくることは出来るよ。」
「そうね。宝物庫の直前で帰り道が閉ざされるなんて何かの仕掛けかもしれないわ。他の道もどうなっているか確認するべきね。」
「私も賛成です。ここで戻れなくするのは、このまま扉を潜らせたいというダンジョン製作者の意図が見えます、何かの罠かもしれません。」
意見は戻るってことで一致した。確かにこのまま進むには不安が大きすぎる。
「じゃあ、さっきの場所まで戻ろうか。」
この場所にワープポイントを設置してから、三人で手をつなぐ。ひとつ前の分岐まで移動しようと、意識を集中し、移動するポイントをイメージする。だが、目を開けても、移動することは出来なかった。普段ならこの時点で移動することが出来ているはずなのに…
「テレポートが出来ない…」
二人に知らせる意味を込めて、声に出す。
「もしかして、教会のあの部屋と同じく魔法が使えない場所なのでしょうか…」
そう言うと、アニはつないでいた手を離し、水魔法を発動させた。
「使えてるじゃない。」
それを見て、アルトがそう言う。魔法が妨害されてるわけじゃないのに、テレポートが出来ない。ダンジョン内の移動だけならまだしも、外にも出られないとなったらヤバイ。それだけは確認しておかないと。
「ちょっと待ってね。」
二人にそう言ってから、再びテレポートを試みる。今度はダンジョンないじゃなくて、私たちが泊っている宿の部屋だ。
「あ、外には出れるみたいだね。」
目を開けば、周りの景色は変化していて黒い壁面から、見慣れた高級宿の部屋になっていた。というか、後のことを考えないで移動しちゃったけど、ダンジョンに戻れなくなったらどうしよう。
「は、早く戻らないと…」
ダンジョン内のさっきの場所をイメージしまたまたテレポートを発動。今度は体感的に確実に成功したという実感があった。
「外には出られたよ。」
二人の元に戻って、そう声を掛ける。
「ああ、出られるか確認してきたのね。じゃあ、テレポート自体が封じられたわけでもなく、魔法が使えないわけでもないってことね。」
「ダンジョン内の移動が封じられたってことですね。」
徒歩の移動もできないわけだからからそう言うことになるね。
「そうとは限らないわよ。ハイデマリー、地図を見せてもらってもいいかしら。」
収納魔法から取り出したダンジョン内の地図に最新のデータを反映してアルトに渡す。
「…やっぱりね。これ見て。ここ以外の場所が消えてる。」
灯りの魔道具を近づけ、アルトが持っている地図を覗き込んでみると、現在地以外の場所が地図から全て消えていた。ワープポイントの場所も記録してたのに、それも消えてしまっている。
「地図の内容が書き換わった…?でも何で…」
度々使ってきたマッピング魔法だけど、こんな本物のゲームみたいな不具合が起こったことは無かったのに…
「多分、ここ以外の場所が本当に消えてしまったのよ。元の場所に戻れないだけなら、地図まで書き換わることは無い。あなた、最新の情報を地図に貼り付けたでしょ?それが根拠。」
道が閉ざされた瞬間、マッピング情報が書き換わったってことか。魔法の不具合じゃなかったね。
「それなら、もう進むしかありませんね。ですが、この扉の先は本当に宝物庫なんでしょうか…」
「こうなったことで一気にその可能性が低くなったわね。ここがゴールならそんなことする意味が無いもの。」
「とにかく、入ってみるしかなくないよ。このまま考えていても何も進まないし。」
いつまでもここにいるわけにはいかない。先陣を切って、扉を開けて中に入る。二人もそれに続いてくれた。
全員が中に入ると、壁に掛けられているらしい篝火が一気に灯されていく。そのおかげで明るくなった周囲を見渡すと、どうやらこの部屋は円形の部屋になっていて、広さは縦穴と全く同じと言っていい。壁と床は今までの影のようなものとは違って、石造りになっている。
『室内に生体反応を確認。試練を開始します。難易度SSS』
なぜか神の声が聞こえてきた。それに試練って…
「今の声は…」
「アニにも聞こえたの?」
「はい。普通に聞こえましたが…」
それなら神の声じゃないね。似ているだけの別物だ。少し反響していたし、何かの魔道具かな。
「話してる場合じゃないわよ。何か、とんでもないものが来るわ!!」
アルトが切羽詰まった様子でそう叫ぶ。
「ようやく、儂の出番か。どれだけ待ったことか…儂は龍神王ボニファテウス。盟約に従い貴様らを抹殺する!!」
突然、響いた老人のようなその声の発信源を見つけることは出来ない。部屋の中が暗くて見えないとかそう言うことじゃない。この場所に私たち以外の動く者が存在する気配が全くない。まさか透明化の魔法を使ってる?
「来るわよ!!」
アルトに服を引っ張られ後ろに引かれる。するとその直後、今まで立っていた場所が黒焦げになっていた。動いてなかったら一撃で消し炭だ。でも、どうやって攻撃されたかもわからない。雷が落ちたとか、炎で攻撃されたとかそんなことも感じなかった。突然地面が焼け焦げたようにしか見えなかった。
「どうなってんの!?」
「見えない誰かが攻撃してきてるのよ!!試練って言ってたから、そいつを倒さないことにはどうにもならないわ!!」
アルトにも敵の姿は見えてないらしい。でも、攻撃が来るのは分かってたよね。
「アルト様には攻撃が来る場所が分かりますか?」
アニがそう聞いている。
「正確には分からないわ!!感よ!!」
それは分からないのとほとんど同じだよ!!
「二人とも!!一か所に留まらないで動き続け――」
そう声を上げた直後、私の頭のすぐ横を高速で何かが通り過ぎた。次の瞬間には背後でとんでもない爆発音が響く。咄嗟に障壁魔法を発動し、難を逃れる。今のは本気で危なかった。ア擁壁が無ければ、背後で発生した衝撃で吹き飛んでいただろう。
これだけ攻撃してきているっていうのに、魔力探知には一切反応が無い。完璧なステルスだね。龍神王とかいう一応、王を名乗ってるくせに卑怯な奴だ。そもそも、この試練って何のための試練なんだろう。倒せばクリアって勝手に思ってたけど、よくよく考えれば、クリア条件も言われてないし。
「ほう。儂の攻撃を受けて、ここまで生き残った奴は初めてだ。誉めてやろう。」
お約束とばかりにそんなことを宣う龍神王。
「そりゃどうも。」
アルトが適当にそう返している。そんなことをしている間にも、次の攻撃が来るまでの時間は刻一刻と減少している。相手の姿が見えないことには、こちらから攻撃することも出来ない。声がする方向から特定しようにも、スピーカーから爆音で放たれているかの音量で、反響しているため、全く位置を特定できない。私が使う透明化と同じ仕組みだとしたらやりようがあるんだけど、魔力反応まで消えていることから、その可能性も薄い。
「威勢がいいな。なら次は儂のとっておきをみせてやろう。」
その声で、今まで魔力反応が一切無かった部屋の中の一か所に、魔力濃度が高まる場所が現れた。きっとあそこに敵がいるはずだ。それに気が付いたのは私だけじゃない。アルトとアニも魔法を打ち込み始めた。
「そんな攻撃で儂が倒せると思うな!!」
龍神王は気にしている様子もない。だけど、場所さえ分かれば私だって、敵の攻撃をただ待っているなんてことはしない。こっちからも仕掛けてやる。その前に、障壁に敵の攻撃を反射するという条件をつけ足しておく。この効果をつけると魔力的なリソースと、私の体力をとんでもなく食うし、持続時間も短いから、本当に危ないタイミングでしか使えない。魔力自体は補給が効くからいいんだけど、体力の方はどうにもならない。しかも、これを使ってるときには使える魔法も限られてしまう。でも、爆撃魔法を打つくらいなら問題ない。なんなら一番得意な魔法だからね。熟練度が高いから呼吸をするように使えるし。シールドが敵の攻撃を反射した瞬間に、爆撃魔法を打って相乗効果で威力を上げる算段だ。
「二人とも、絶対障壁から出ないでね。」
アニとアルトに声を掛けるころには、だんだんと視界がぼやけ音が聞き取りにくくなっているのが分かる。もう限界が近いのか。何とか最後まで耐えきらないと。
「くらえ!!」
かすかに聞こえたその声と共に、こちらに向かってきたのは、大質量の塊。もはや私たちを引き寄せるほどの重力をも伴っている。その塊が障壁にぶつかれば、すぐに跳ね返る―ということは無く、障壁を軋ませ、いまにも突き破りそうな勢いだ。だけど、そうはならなかった。私の障壁が勝った。一気に障壁から伝わる負担が減少し、攻撃を反射するという本来の役割を達成してくれた。
「何!?」
聴力が少し戻ったのか、遠くからそんな声が聞こえる。
「やった!!」
「油断しないで!!アニ、追撃よ!!」
アルトとアニから、何かの魔法が飛んでいくのが見えた。私も負けてられない。爆撃魔法を発動する。敵が飛ばしてきた大質量の塊とともに、爆撃、雷、水の刃、氷の刃が飛んでいく。まさに三位一体の攻撃だ。これで倒せなかったら為す術がない。
「クソッ。この儂が――」
その声を最後に、龍神王の声が聞こえることは無くなった。
『SSS難易度試練。達成を確認。』
代わりに聞こえてきたのは、神の声に似た例の放送だけだった。
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