第八十八話 終戦

「では、次は捕虜の引き渡しについてですね。条件は、キースリング領との境界からベルグ村までの領地です。あの中には王国から貸し出された兵士もいるのだとか。取り戻さないとまずいのではないですか?」

それを告げた途端、目に見えて、侯爵陣営の顔色が悪くなる。恐らく、この金貨九十枚という賠償金に、捕虜の受け渡しのための費用も含まれていると勘違いしていたんだと思う。でも、私は初めにこう言った。捕虜の交換は出来ないから何か対価を支払ってもらうと。事前に言ってあるんだから、無理な要求をしたつもりはない。

「これ以上お金を支払うことは出来ないんですよね?だったら、おとなしく土地を渡してください。」

これなら、限界までお金を引き出したうえで、領地まで貰える。我ながらいい考えだ。まあ、無いとは思うけど拒否されたら、捕虜を養っていくのも無理だし、奴隷として売るくらいしか使い道が無い。王国からの出向兵がいなかったらまずかったかもね。

「捕虜の数は三百名超でしたか。キースリング領の境界からベルグ村までという条件ではいささか、過剰ではありませんか。」

侯爵側の調停官がそう言う。向こうも必至だね。何とか被害を小さくしようという考えが伝わってくる。

「いえ、あなた方は先ほど、金貨九十枚が限界だとおっしゃいましたね。それでしたら、他の何かを対価にするしかありません。その内容を決めるのは勝者であるキースリング家側です。」

ここでヴァネッサの追撃が入る。欲しいところでほしい言葉をくれる。さすがエリートだ。

「何か他に臨むものは無いのですか?」

侯爵がそう言ってくる。そこまでして渡したくない理由は何なんだろう。侯爵家の領地は広大だし、最初の村くらいまでなら失ったとしても、そこまで大きな問題にはならないと思う。ということは、何か特別な理由があるはずだ。

「逆に、どうしても渡したくない理由は何ですか?ただ、領地を失いたくないだけだとは思えません。代替地を提案していたくらいですし。」

「侯爵様…」

無言で侯爵を見つめる調停官。その瞳は自分にもそこまでして守る価値があるのか分からないと語っているかのようだ。

「それは…私の口から告げることは出来ない。我が侯爵家の先祖が王家と結んだ盟約によって私の血族には特殊な契約がなされている。その条件の中に、ベルク村に関する秘密を他言した場合、命を失うというものがある。私に言えるのはここまでだ。後は自分たちの目で確かめてみてくれ。」

今までかろうじて保たれていた敬語も外れ、そう告げる侯爵。この重々しい口調、嘘とは思えない。苦し紛れに言っているんじゃなさそうだ。

「私は、村を領地から外されないよう、最大限の努力をした。これならば、盟約に引っ掛かることも無い。キースリング伯爵。捕虜交換の条件を飲むことにする。」

これで、だいぶ得をしたはずなんだけど、なんだこの煮え切らない感じは…厄介ごとを押し付けられた気分だ。というか事実そうなんだろうね。だからと言って、もう条件を変えることは出来ない。侯爵家に支払えるものが無いからね。ただで捕虜を渡すのはさすがにこっちの利益が無さすぎる。

「お兄様。どうしますか?領地に関することですから、最終的に決断を下すのはお兄様です。」

こういうことで、もし今後何かあったとしても私の責任じゃないよっていう主張にもなる。同じことをエーバルトも察したのか、こいつマジかみたいな目を向けてくる。

「も、もし何かあったら、私も対処を手伝いますから…」

だからそんな目で見るのはやめて!!私がクズみたいじゃん!!

「まあ、それならいいか…」

私も対処するって言ったら、途端に安心したというような表情に変わった。うーん…これもある意味信用されてるっていえるのかな。

「では明日、捕虜の受け渡しをしましょう。そうですね…午後三時にキースリング家へ来てください。その時に賠償金の持参と、領地の権利書の持参をお願いします。権利書は王家からの許可が下りなかった場合、返却します。」

エーバルトが今後の予定を詰めていく。

「分かりました。」

侯爵がこれを承認。これで戦後賠償のやり取りは終了だ。時間を確認してみると、時刻は午後四時。かれこれ二時間以上話していたことになる。なんだか、いつもとは違う意味で疲れたね。学生時代のテストの後みたいな感覚だ。妙な達成感と相まって、ちょっと心地いい感じもする。

「では、私たちはこれで。連れてきた捕虜二人は置いていきますね。」

エーバルトがそう言って、捕虜二人を見張っていた衛士二人を呼び寄せる。もしやここでテレポートするつもりなのかな。

「ハイデマリー。頼めるか?」

やっぱりだ。侯爵へのけん制のつもりかな。今後こっちに手を出してきたら、いつでも攻撃できるんだぞ。という意味がこもってそうだ。

「分かりました。では、行きますよ。」

全員がひとつながりになったのを確認して、テレポートを発動。いつものように一瞬で周りの景色が変わり、家のダイニングへ到着した。



「き、消えた…」

突如姿を消したハイデマリー達を見た侯爵は文字通り腰を抜かしていた。

「あれが、うわさに聞く瞬間移動魔法でしょう。事実無根だとあまり重視していませんでしたが、まさか本当に使えるとは…」

ハイデマリーが調停官だと思っていたこの男は、侯爵家の参謀役。もちろん調停官の資格も持っているようだが、普段は全く別の仕事をしている。

「しかし、白金貨九十枚の支払いか…これからどうしたものか…」

白金貨九十枚というのは侯爵家が抱える、現金としての財産の八割だ。このままでは生活の維持すら厳しくなるだろうと侯爵は考えていた。だが、それと同時に厄介ごとの種であるベルグ村を手放すことができたため、完全にマイナスとも言い切れない複雑な心境を抱いていた。

「ベルグ村の件、あんな背景があるとは知りませんでした。」

「なるべく他言はしてこなかったからな。どこまで話していいのかも手探りだった。失敗すればこの場で絶命していたかもしれない。それに、タチが悪いことに、自らベルク村を手放す動きをすることも出来ず、それに加えて、手放さないために最大限の努力をしなければならないと来た。全く、うちの先祖はなぜこんな契約を結んだのか…」

あんな迷惑な村を守るような動きする契約をしたのか不思議でならない。というのが侯爵の正直な気持ちだった。

「まあ、それならば手放すことが出来たのは不幸中の幸いでしたね。後は今後のことですか。まずは王家への報告ですね。兵の件と、領地のこともどうなるのか探りを入れてみましょう。これで許可が下りないとなれば目も当てられないですから。」

この敗戦は侯爵家にとって大きな爪痕を残した。それと共に、今後ハイデマリー・キースリングに敵対しないということを心に誓わせることとなる。ハイデマリーの方も圧倒的ともいえる勝利したことにより、様々な貴族関係のトラブルに巻き込まれることになるのだが、それはまた別の話。

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