第八十六話 調停官
翌日。今日は昼食を済ませた後で侯爵の屋敷へ向かう予定だ。馬車で行くのが嫌だったから、テレポートで行こうとごねてみたら、時間短縮になるってことであっさり受け入れられてしまった。連れていくのは捕虜二人とエーバルトあとは衛士が二人だ。アニとアルトは念のための警備要員として残していくことになった。アニは疲労のためか、あんまり体調もよさそうじゃなかったし、丁度いい。
「ハイデマリー。もう一人連れていきたい人がいるんだが、大丈夫か?」
「別にかまいませんよ。全員がひとつながりになっていれば、移動に人数制限はありません。ちなみに、どちらの方ですか?」
捕虜をもう一人連れていくってことは無いだろうし、オリーヴィアかな。
「うちの専属調停官だ。もうじきここに来てくれるそうだ。」
「調停官?」
「ああ。調停官っていうのは、こういうトラブルの時に法に則って交渉を進めてくれる人のことだ。爵位を継がなかった貴族の子供がなることが多いが、学院での特別な勉強や試験に合格しないと就けない職業だから、まあ、エリート職って呼ばれたりもするな。」
弁護士みたいなものだね。よくよく考えてみれば、この重要局面で同席しないことの方がおかしい。
「なるほど。分かりました。ついてきてもらった方が心強いですね。その調停官の方にこっちが出す条件は伝えてあるのですか?」
事前に相談することが出来ていれば、無理そうな点があったりしたらアドバイスをくれそうだし。
「賠償のことだろう?もちろん手紙で伝えてある。」
「さすがですね。なら、後はその調停官の方が来るのを待つだけですか。」
「そうだな。彼女が来たら出発だ。」
調停官は女性みたいだね。どんな人なんだろう。
そこから、軽めの昼食を済ませて、しばらく待っていると、再びエーバルトから声を掛けられる。さっきの調停官の人が到着したみたいだ。
「こちら、調停官のヴァネッサ・ハルテンベルクさんだ。彼女はハルテンベルク男爵の三女だ。ヴァネッサさん、こちら妹のハイデマリーです。」
「よろしくお願いします。お話は兄君からよく聞いておりますよ。」
ヴァネッサは私と同じ金糸の髪を後ろで一つ結びにしている、背の高い女性だった。猫のような目をしていて、少し冷たい印象を受ける。
「こちらこそ。」
そう返しておく。
「今回は、降伏勧告と賠償についてでしたよね。降伏勧告の方はただ告げるだけですから、何も問題ないでしょう。賠償の方も大きく逸脱したものはないと思いますが、土地に関してだけは、領地が移動することになるので、王家の許可が必要ですね。下りない可能性も高いと思います。ヘルマン侯爵は王国軍と太いパイプがあります。その関係で、王家にも顔が効くでしょうから。」
「そこは大丈夫。私の名前を出せば通ると思うよ。」
そう言うと、不思議そうな顔をしてエーバルトの方を見るヴァネッサ。さては信じてないな。子供の戯言とでも思っているんだろう。
「そうだな。交渉が成立したら、ハイデマリーの名前で申請しておいてもらえますか?」
エーバルトに言われれば仕方ないとばかりに首を縦に振ったヴァネッサ。でも完全に納得したという表情じゃない。
「では、行きましょうか。連れていく捕虜の準備はしてあります。」
エーバルトがそう言うと、二人の衛士が捕虜を二人連れてきた。
「では、馬車に向かいましょう。用意していただけているとのお話でしたよね。」
「いえ、今日はハイデマリーの瞬間移動魔法で向かうことになりました。」
「瞬間移動?そんな魔法聞いたことありませんが…」
「私が創った魔法だからね。知らなくて当然だよ。」
「魔法を創る…?そんなことが可能なのでしょうか…」
今度は考え込んでいる様子。もしかしたら、魔術に関する見識があるのかもしれないね。学院で学んだりとかできるだろうし。
「じゃあ、みんな手を繋いで輪になって。」
全員が少々戸惑いながらも手をつないだことを確認して、テレポートする。この前連絡係を回収に使ったポイントだと、屋敷まで少し距離があるから、今回は別のポイントだ。昨日、敵軍が待機していた広場の近くだね。帰りがけに念のため創っておいたのが役に立った。
「すごい…」
移動が完了したところで、ヴァネッサの驚愕の声が聞こえてくる。他の面々も似たようなものだ。まあ、今回ついてきたのは、みんなテレポート初体験だからね。驚くのは当たり前だ。
「じゃあ、侯爵の屋敷に向かおうか。たぶん警備がいるから一応注意して進もう。私とお兄様に手を出されることはないだろうから、近くにいれば安全だと思う。私たちから離れないでね。」
ここは屋敷からほとんど離れてない場所だ。進むのは短い距離だけど。本拠地からほど近い場所でもあるわけだ。警備が厳重なのは簡単に予測できる。
そこから何人か警備要員だろうと思われる人を見つけたけど、こっちらは見つかることは無く、安全に屋敷までたどり着くことが出来た。
「屋敷に入るには、調停官を挿んだ方がスムーズにいくでしょう。お願いしてもいいですか?」
「了解しました。」
そう言い残し、門近くの守衛の待機所と思われる場所へ向かい、何か声を掛けると、すぐにこっちに戻ってきた。
「事前に来ることが予想されていたようです。すぐに通してもらえるそうです。」
何かの手段で自軍が壊滅させられたことを察していたのかな。
「なら、行こうか。」
エーバルトのその言葉で敵陣に乗り込む。今度は武の戦ではなく、知の戦が始まろうとしていた。
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