第八十三話 侯爵の戦略

 私がテレポートで移動すると、その先ではすでに連絡係が待っている状態だった。丸二日仕事をしていたわけだからか、随分と疲れているように見える。来た時と違って汚れも目立っている。

「ご苦労様。すぐに屋敷に戻るから、ゆっくり休んでね。あと、これ特別手当。」

手当として、金貨一枚を差し出す。常に気を張る状態で大変だっただろうからね。このくらい渡してもいいと思う。

「こんなにですか!?ありがとうございます!!」

「君の働きの成果だから気にしなくていいよ。」

事実、この連絡係がいなければ、進軍のタイミングも分からなかったし、領民の避難に関しては規模が大きい侯爵領の方が時間が掛かるわけだから、こちらが攻めていいタイミングも分からなくて防戦一方になる可能性すらあった。

「それじゃあ、時間も無いことだし、屋敷に戻るよ。」

「よろしくお願いします。」

その声を合図にして、私は再びテレポートした。



連絡係を送り届ければ準備完了。魔力感知で敵の魔術師の位置を把握する。魔術師の人数は七人だね。魔術師だけが集まっているってことは無いだろうから、そこが敵軍の駐在地になっているはずだ。上空から見た方が攻撃の成果が分かりやすいから、飛んで移動することにする。プラスして透明化も発動させれば、ほぼほぼ見つかることも無いだろうね。

 普段飛ぶ時よりはだいぶ低速で進んでいたからか、反応がある場所に到着するのに少し時間が掛かった。敵兵が集まっている場所は広場みたいな場所だね。進軍開始直前って感じで一定間隔で兵士たちが整列しているのが上空からでも分かる。ちょっと離れた所に大きい建物も見えるね。そうなると、この広場は侯爵家の持ち土地なのかも。軍属も多いとか言ってたし、訓練場とかに使ってるんだと思う。

 さて、簡単に状況把握もしたところで、まずは魔力の吸引からだね。魔術師を無力化することで、警戒しなきゃいけないことが一気に減る。もしかしたら、私の魔法を防がれるかもしれないし、これは最優先事項だ。

「魔力吸引」

広場の上空から魔力吸引を発動すると、何カ所からか徐々に魔力が流れ込んで来るのが分かる。精霊魔法と違って、量が少ないから意識しないと分からないくらいだけど、このペースならすぐに済みそうだね。魔力が減っていることには向こうもすぐに気が付くとは思うけど、透明化している私を見つけることは出来ないと。魔力探知を使っても、なけなしの魔力を使って上空に攻撃するわけだから、私にたどり着くころには威力はほとんど失われている。そんなのを防ぐのは簡単だ。お、そんなこと言ってたら、なんかよくわかんない魔法が飛んできた。見た目は炎の塊みたいな感じだけど、熱は一切感じない。しかもガス欠寸前みたいな威力だ。少し高度を上げれば当たる前に消滅するだろうね。それを実行してみれば、予想通り敵の魔法は消滅した。

 そこから、ちょくちょく飛んでくる魔法をよけながら魔力吸引を続けること大体五分。地上の魔力反応は完全に消滅した。これで魔法を防がれることは無くなったね。でも、さっきから矢が飛んできてるから注意は怠らない。狙ってるわけじゃないから、見当違いの方向に飛んでいってるけど、たまに近くを通るから完全に無視はできない。

「そうだ。向こうの状況も気になるし、盗聴魔法で聞いてみようかな。」

最初から聞いておけばよかったかも。それなら向こうが何をしようとしてるかもわかったのに。

「盗聴魔法。対象ヘルマン侯爵軍。」

その瞬間、聞こえてきたのは無数の声。何を言っているかさっぱりわからない。対象が多すぎた。

「盗聴魔法。対象ヘルマン侯爵軍指揮官。範囲十メートル。」

こうすれば聞き取れるでしょ。

『状況はどうなっている!!』

対象を細かく指定したことで、怒っているおじさんの声が聞こえてきた。この人が指揮官かな。

『突如、七人全員の魔法使いが戦闘不能。彼らによれば、魔力が徐々に上空に向かって消えていったそうです。その後、上空に何者かの魔力反応を確認。ただ、目視することが困難であり、正体は不明。弓を使った攻撃も仕掛けておりますが、殺傷力の低い矢を使っていますから、おそらく成果は無いものと思われます。』

怒りっぽい声とは別に、今度は若い男の冷静な声が聞こえてきた。やっぱり私がいること自体はバレてるね。

『向こうからの攻撃は無いのか?』

『今はまだ確認されていません。ですが、魔法使いたちを無力化することが済んでいるわけですから、時間の問題でしょう。おそらく敵は、ハイデマリー・キースリング伯爵令嬢本人だと思われます。侯爵様によると、彼女は世界一の魔法使いだと、王宮魔導士筆頭に言わしめる実力だそうです。何か対策をしませんと…』

『だから、障壁を張れる魔法使いを七人も雇ったのではないか。それが簡単に無力化とは、役に立たないにもほどがある。』

お、何も対応策が無いみたいだね。まあ、障壁を張ってたとしても、地面まで覆うことは無かっただろうから、ニードル魔法で一撃なのは変わらない。新しい攻撃方法を考えといてよかった。

「他に何かしてくるかもしれないし、さっさとやっちゃおうか。」

全員動けなくしてしまうと、作戦がうまくいかないし、一部はニードル魔法から除外しないと。それこそ、指揮官の周りだけでいいかな。盗聴魔法で悲鳴とか聞こえても嫌だし。指揮官の位置を探るため、望遠魔法を使ってみると運動会とかでよくあるテントみたいなのが見える。たぶんあそこに指揮官がいるんだろうね。というか、これから進軍すると思ってたけど、テントを設置してるってことは、まだ待機段階だったのかな。

「ニードル」

テントの周辺だけを除いて、ニードル魔法を発動すると、一人当たりの出血量は多くないはずなのに、空から見ると、まるで血の海だ。

「うえ…グロイ…」

私がやったことだけど、さすがに見た目が悪い。

『どうした!?何が起こった!?』

さっきの指揮官が大きな怒声を上げるのが聞こえてきた。痛がってないってことは、ちゃんと範囲外にできてたみたいだね。

『この本部の周辺だけを避け、突如、地面から太い針が生えてきた模様です!!これにより、兵のほとんどが足を負傷。戦闘不能だと思われます!!』 

『クソ、仕掛けてきたか。救護班を呼べ!!それと侯爵様への報告も頼む!!』

お、報告に動くなら、解除しないとだね。針が抜けて出血がひどくなるかもしれないけど、救護が来るなら勘弁してほしい。

 ニードルを解除して、今度は侯爵の方に盗聴魔法を仕掛ける。侯爵がどう出るかによって、ここからの作戦はかわってくるからね。

 しばらく待っていると、声が聞こえてきた。その間分かったことと言えば、侯爵は独り言を言わないってことだけだ。

『侯爵様。報告です――』

聞こえてきたのは、さっき起こったことを端的に報告しているものだった。さて、ここからどう出るか…

『救護を回せ。進軍のことは気にしなくていい。こうなることを予想して、秘密裏に集めた兵をすでに進軍させている。伯爵領に到着するころだろう。勘違いするなよ。お前たちを囮に使ったというわけではないぞ。後方支援部隊として攻撃に加わらせる予定だったからな。』

 その侯爵の言葉は、私の血の気を引かせるのに十分な力を持っていた。

 

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