第八十二話 開戦の合図
次の日。今日はここ数日の中で、一番屋敷が忙しなかった。それもそのはず。今日からはいつ開戦してもおかしくない状況だ。いろいろ準備することも多いはずだからね。
「一応、一週間はこの屋敷から出なくても生活できるだけの物資は整えてある。だが、それ以上となると少し厳しいな。避難場所の方にも食糧を供給したから、備蓄はこれが限界だった。」
私が張った障壁の中なら安全だから、基本的には決着が付くまで籠城する作戦だ。もちろん、私は攻撃に出る。アニとアルトは念のため屋敷の防衛に回ってもらう。
「食料の問題ですか。時間が掛かりそうなら、私が戻ってくるときにどこかの町で適当に買ってきますよ。他にも何か必要になったら言ってくれれば補充します。」
ブルグミュラーとか王都なら影響も特にないだろうから普通に買い物できると思う。
「面倒掛けてすまないな。」
「まあ、巻き込んでいるのは私の方ですからね。こっちに被害は出させませんよ。けが人が出てもすぐに戻ってきて治療しますから。」
即死さえ避ければ治療できるから、テレポートで戻って治してしまえばいい。
「確かに、君が原因ではあるが、侯爵からの誘いを断り続ければ、いずれ敵対することにはなっていただろうからな。まさか戦争になるとは思ってなかったが…」
ジトっとした目を向けてくるエーバルト。
「そ、それじゃあ、私も準備してきますね。」
このままだとお説教される気がする。一旦退散だ。
「ああ。いつ開戦してもおかしくないんだ。くれぐれも気をつけろよ。」
「はい。」
ふう。何とかお小言を聞かずに済んだ。一度部屋に戻ろうかな。実のところ、必要な準備は昨日のうちに終わらせてあるし、後は待つだけなんだよね。
部屋に戻れば、アニとアルトも各々の時間を過ごしていた。結構リラックスしているように見える。それだけ私が勝つと信用してくれているってことかな。
「あら、おかえり。」
アルトがそう声を掛けてくる。
「もう準備はいいの?」
「準備というか、最終確認をしてきただけだよ。やれることは昨日までにほとんど終わらせたし。」
「あとは待つだけということですね。そうだ。どうせなら、戦いで役に立ちそうな魔法をみんなで考えてみませんか?」
確かに、ただ待っているだけじゃ時間がもったいないかもね。
「いいわね。面白そう。」
アニの提案にアルトも同意する。
「なら、まずはどんな場面に遭遇するかを考えてみないとだね。」
「あなたの作戦だと、まず空から奇襲を仕掛けるつもりなんでしょ?」
「そのつもり。合図があったら、向こうまでテレポートして、連絡係をここに戻す。そしたらもう一回移動して、空に上がって上から攻撃って感じかな。」
「それなら、まず魔力反応のある敵から無力化した方がいいかもしれませんね。何か、対抗手段があるかもしれませんし。」
「それはそうかもしれないね。魔術にも障壁みたいな術があるかもしれないし。魔力を吸い取る魔法があるからそれを使うことにするよ。」
「魔術使いを無力化した後、攻撃開始ってことね。進軍開始直後なら、兵も一か所にまとまっているだろうし、一網打尽にできるわね。」
「たしかに、進軍する兵はまとまってるだろうけど、防衛する兵は散開してるだろうから一網打尽とまではいかないかもね。それに、一気に倒すのはあんまりよくないかも。」
「どうしてですか?」
「全員を行動不能にするより、けが人を多くだして救助させる方が相手を消耗させられるでしょ?救助自体にも人員を使うし、物資も消耗させることができる。そうすれば、分散してる防衛兵も集まってくる。そのときこそ一網打尽だね。」
「なるほど…それなら、そこまで威力が強すぎない魔法が必要なのではないですか?」
「そうだね。爆撃魔法だと死亡率も高くなっちゃうだろうし。」
「それならいいアイデアがあるわ。この前思いついたんだけど、地面から太い針を発生させる魔法なんてどうかしら。それなら足を潰せるし、確実に自力では逃げられなくなるわ。苦しむ仲間を放っておくっていうこともしないだろうし、確実に人を集められるわよ。」
「それいいね。創ってみるよ。」
地面から針が突き出してくるって簡単にイメージできていいね。問題は太さと長さかな。長すぎたり太すぎたりすると、足だけじゃ済まないかもしれないし。長さはそんなにいらないと思う。十センチくらいかな。太さは腕周り位にしておこう。
「試してみるから、ちょっと離れてて。」
二人が少し距離を摂ったのを確認して、魔法を発動する。
「ニードル」
とりあえず一本だけ出してみたけど、この上に立っていたら足が再起不能になってただろうね。勢いもイメージ通り。
「これなら、足以上のダメージを負うことも無さそうですね。さすがです。」
アニが突き出てきた針を見てそう言う。
「うん。この感じなら、たくさん出してもほとんど魔力を使わないし、他の魔法と同時に使っても、昨日みたいになることは無いかな。」
燃費が良くて強力な魔法が出来てしまった。これは今後も役に立ちそう。
「これで、兵の制圧は何とかなりそうですね。あとは侯爵が敗北を認めないで逃亡した場合の対策などでしょうか。」
「それは無いと思うよ。そんなことしたら賠償どころか貴族として生きていくこともできなくなるし。」
国内で起こる戦争は、問題解決の手段みたいな扱いになってるからね。それを反故にしたら、体裁が悪いなんてレベルじゃない。犯罪者扱いされることもあるみたいだし。ちなみに、お互いのトップとその血縁の殺害も禁止されてる。あくまで国同士の戦争とは違うってことだね。
「私もそうだとは思いますが、あの侯爵、プライドが高そうじゃないですか。簡単に負けを受け入れるとは思えません。」
「確かに…」
「でも、そればっかりはどうしようもないわね。追うしかないんじゃない?」
「最悪、冒険者ギルドに協力してもらおうか。世界中に支部があるって言ってたし、力になってくれると思うよ。」
そう言った直後、胸の近くに留めていた連絡用の札がビリビリに破れ、吹雪のようにひらひらと舞う。それを見た二人の顔つきが一気に変わった。
「進軍が始まったようね。ハイデマリー。くれぐれも気をつけなさい。危険を感じたらすぐに戻ること。いいわね?」
アルトが念を押すようにそう言う。
「大丈夫。分かってるよ。じゃあとりあえず、連絡係を回収に行ってくる。」
「お嬢様。お気をつけて。」
「うん。私が移動したら、エーバルトに報告をお願い。」
「分かりました。こちらのことはお任せください。」
アニのその言葉に頷きを返し、私は移動を開始した
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