第八十話 侯爵家からの刺客

 血相を変えたアニに連れられて、エーバルトの執務室へ急行すると、そこには血まみれのエーバルトが!!なんてことはなく、床に倒れているだけだった。見たところ外傷はないね。

「これ、寝てるだけじゃない?」

苦しそうな顔をしているとか、すごい汗をかいているとかそう言う様子もない。

「いえ、私が扉をノックした時には確かに、人の気配がありました。それなのに、扉を開けたときには、他に誰の姿もなく、エーバルト様が倒れているだけでした。」

さすがにノックしてから扉を開くまでの一瞬でエーバルトが倒れたというのは考えにくい。となればもう一人誰かがいて、エーバルトを昏倒させたってわけだね。同じく、一瞬で逃げることも無理だと思うから、アニが中に入った時は、どこかに身を潜めて、私を呼びに来ている間に逃げ出したってとこかな。でも、部屋が荒らされている感じもないし、目的が分からない。暗殺が目的なら、気絶させる必要もない。もしかして、誘拐かな?人質か何かとして連れ出そうとしたのかも。

「とにかく、エーバルトを起こそう。」

浄化の力を使って、エーバルトを起こす。うん。発動するってことは、やっぱ寝てるわけじゃないね。

「うっ…」

そんな声を上げながら、エーバルトが目を覚ます。

「大丈夫ですか?」

「ん?何がどうなってるんだ…」

状況がよくわかってないみたいだね。

「誰かに襲われたようで、倒れていたんですよ。」

簡単に状況を説明する。すると、状況が呑み込めたのか、納得したというような顔つきを浮かべるエーバルト。

「ああ。確か、後ろから頭に衝撃が…」

頭を殴られたのか。それだと、犯人の姿も見てないだろうね。

「犯人は私の障壁が解除されてしまった時に入ってきたんでしょうね。申し訳ありません。でも、今は張り直していますから、逃げられたということは無いと思いますよ。このタイミングだと、侯爵家からの工作員の可能性も高いですからね。」

逃げられる恐れはないけど、そうなれば身を潜めるだろうし、人探しに使えそうな魔法を創ってみようかな。魔力探知が使えなくもないけど、ほとんど魔力が無い人だと分かんないし。視点を空中から俯瞰できる魔法を創って、あとは前に創ったサーモグラフィーを組み合わせればいいかな。でも、まずは敷地内にいる人を一か所に集めてもらわないとだね。そうしないと、どれが犯人なのかわからないし。

「侯爵家からの刺客か。言われれば、そうとしか考えられんな。」

「今からその刺客を探すので、使用人たちを一か所に集めてもらってもいいですか?他に襲われた人がいるかも確認できますし。」

「分かった。ダイニングに集めておく。」

そう言うとエーバルトはすたすたと部屋を出ていった。

「アニは、一応アルトに報告してきてもらえる?私は魔法を創っとくから。」

「分かりました。」

そう言ってアニと別れて、ダイニングへ向かう。そこに勢揃いするなら、私も行った方がいいよね。けが人がいたら治療もできるし。

 ダイニングまで向かう間に魔法を創ってしまうことにする。時間は有効活用しないと。空から俯瞰するって普通にイメージが難しそうだけど、私の場合、物理的に空を飛んだことがあるわけだからね。そこに不安はない。体じゃなくて、視線が飛ぶイメージをすればいいわけだ。よし。問題なく完成できた

 ダイニングに到着にすると、すでに結構な人が集まっていた。当主の言葉だからか、迅速に集合したのかな。集まっているのはエーバルト、オリーヴィア、それにアルトとアニも含めて三十人くらい。屋敷の規模に比べると少ない気がする。見覚えのない人もいるから、私が離れてから人員補充をしたり、入れ替わったりもしたんだろうね。

「全員集まっていますか?」

エーバルトに問いかける。

「ああ。これで全員だ。」

「なら、早速始めちゃいますね。」

「ハイデマリーお嬢様。これは何の催しなのでしょうか…」

執事のスヴェンがみんなを代表してといった感じでそう言う。あれ。エーバルトが説明したと思ってた。

「さっき、お兄様が襲われたので、家に入り込んでいる刺客を探します。」

そう言った途端、使用人たちの間にざわめきと動揺が走るのが分かった。もしかして、この中に犯人がいるって思っちゃったのかも。まあ、可能性は捨てきれないけど、それはないと思う。

「おそらく侯爵家の差し金だから、あなたたちを疑って集めたってわけじゃないよ。私の魔法で探すのに、みんなが散らばってると不都合だっただけ。ほかにけが人がいないか確認もしたかったし。」

そう付け足すと、今度は安心したというような雰囲気が流れる。いやいや、まだ犯人捕まえてないんだから、危険なのは変わりないんだけど…

「じゃあ、説明も済んだことだし始めるよ。」

目を閉じて、俯瞰魔法を発動する。ちなみにトリガーは目を閉じて頭を上にあげるってものにした。

 視界が上空に上がり、屋敷全体が見えるくらいの高さまで達したところで、サーモグラフィーを使う。人間大の熱源は、ここ以外に一つだけ。

「見つけた。」

場所は、森へと続く裏門付近。障壁との境界にいる。たぶん、どこまで行けるか試した結果だろう。魔力は一般人レベルだから、障壁が見えているってわけじゃないだろうし。

「アニ、アルト。裏門の近くにいるからついてきて!!」

裏門の近くには守衛所があるけど、そこから見つかりにくそうな絶妙な位置取りをしている。これじゃ、守衛たちが見つけられなくても無理はない。守衛も今はダイニングにいるし、いなくなったのを見計らって、移動したっていうのも考えられるか。

 三人揃って、全力疾走で裏門まで走ると、怪しい人影が見えてくる。全身黒ずくめの女だ。

(気が付かれる前に一撃で意識を奪うよ。死なせたら、情報が取れない。)

声でバレないように、テレパシーで二人に呼びかける。こういう刺客は、敵に捕まる前に自害したりすることもある。それを防ぐための処置だ。即死じゃなければ、浄化で治せるけど。そういう手段もあるかもしれない。たぶん意識を奪うのに、一番最適なのは電撃の魔道具だと思う。ここはアニに任せようかな。

(アニ。あいつに電撃の魔道具で…)

(分かりました!!)

そう言うとアニは電撃の魔道具を、ターゲットに向けてぶっ放す。それに気が付いたのか、回避行動をとっているようだけど、そうはさせない。相手の足元に水魔法で水溜まりを発生させる。そして―

「冷却魔法!!」

足元を凍らせたことによって、動きを封じられたターゲットに電撃は直撃。そのまま、倒れこんだ。

「よし。成功だね。一応、死んでないか確認しないと。」

電撃を食らって心肺停止なんてしてたら笑えない。三人揃って、警戒しながら近づくと、気絶した女の胸は規則正しく上下に動いている。息はしてるみたいだね。

「大丈夫そうね。あとはこいつを縛り上げて尋問するってわけね。」

アルトがそう言いながら、どこからか縄を取り出し、きつく手足を縛っている。

「これでよし。じゃあ、中に連れてきましょうか。」

「私、誰か呼んできますね。」

さすがに運ぶのは大変だから、男手が欲しいと思ったところでアニが迅速に動いてくれる。部屋に戻ったら尋問タイムの始まりだ。試したい魔法もいくつかあるし、丁度いい!!

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