第六章 VS侯爵家
第七十九話 現状報告
「どれくらい寝てた?」
目が覚めて、初めに見えたのはここ数日で見慣れた天井。朝起きた時と違って意識はしっかりしているし、異常なほどだった疲労感も今ではすっかり消えてしまった。子供の身体の回復力、恐るべし。
「二時間ほどですね。」
よかった。寝てる間に戦いが始まってたら、目も当てられない。
「あなた、無茶し過ぎよ。同時にあんな数の魔法を使ったら、体が悲鳴を上げるのは当然だわ。」
私が寝ている間に肉体に入り直しているらしいアルトがそう言った。理由は連続使用じゃなくて、同時使用だったのか。あの時使ってた魔法は…水魔法に身体強化、冷却魔法と森の中は暗くて視界が悪かったから、暗視魔法。あとは、屋敷に張っていた障壁魔法と、連絡用の札魔法かな。爆撃もちょこちょこ撃ってたっけ。確かに、過去にないくらい同時使用してる。
「アルト…ちゃんと目が覚めてよかったよ…」
「あなたもね。まあ、心配かけたわね。あたしがあんなに毒に弱いだなんて、自分でもビックリよ。」
「ホント気を付けてよ。心配したんだから。」
「大体の話はアニから聞いたわ。オリハルコンの剣まで盗んだんでしょ?すごい騒ぎになったんじゃない?」
「あれから王都にほとんど戻ってないから、わかんないや。ってそんな話をしてる場合じゃない。アニ、戦争の話はした?」
「はい。大方のことは。」
仕事が早くて助かる。
「さすがだね。あんまり時間も無いから助かるよ。それで、アルトに任せたいことがあるんだけど…」
「この家の防衛でしょ?あなたが攻撃に出るんなら、こっちの戦力が全然足りないだろうし。」
「さすがだね。一応、魔法で障壁を張って、対策はしてるんだけど。」
「障壁?私が来た時にはそんなの無かったけど…」
あれ、おかしいな。アルトが気づかないわけない。
「私が戻った時にも障壁は消えてしまっていました。」
アニもそう答える。ていうことは…
「もしかして、気絶した時に解除されちゃったのかも。アルトの肉体が消えてないから、そんなこと無いと思ったんだけど。」
確認してみると、確かに障壁は無くなっている。でも、連絡用の札は消えてないね。
「おそらく、魔力消費の大きい魔法が解除されたんじゃないかしら。敷地内を覆う障壁だったら、結構な魔力を使ってるはずだし。」
なるほど。確かに、物質として維持するような魔法は、燃費がいいように創ったからね。あり得る話だ。
「とにかく障壁を張り直さないと…」
「お嬢様、待ってください。先ほど意識を失ったばかりです。すぐに魔法を使うのは危険では?」
だけどこの二時間の間、たまたま攻撃が来なかっただけかもしれない。暗殺者とか遊撃部隊みたいな、少人数で小回りの利く部隊が仕掛けてきたら、察知するのは難しい。その対策のための障壁でもあるからね。
「アルトはどう思う?」
こんな時はアルトに聞くに限るね。
「大丈夫だと思うわよ。同時に大規模な魔法を展開しない限り、さっきみたいなことにはならないわ。でも、少しでも異常があれば、すぐに解除した方がいいわね。」
オーバーヒートって感じだね。負荷をかけすぎなければいいわけだ。
「了解。注意しておくよ。」
「くれぐれも、安全第一でお願いします。」
アニの念を押す声を聞きながら、障壁魔法を発動する。うん。問題なさそう。
「いつも通り使えたよ。でも、同時使用に制限があるなら、戦う時は注意しないと。少なくとも、水魔法の最大出力とかは避けた方がいいよね。それに比べたら、爆撃魔法の方が燃費がいいし。」
まあ、森だから使用を避けただけで、使えるんだったらそっちの方を優先して使ってたと思うけど。
「そこは調整ね。でもほかにも対策しなきゃいけないことはあるでしょ?」
「他に?あとは特に思いつかないけど…」
「魔法を封じる魔法陣のことですね。」
アニがそう告げる。確かに、あれが使われたら、私は無力になってしまう。
「そうよ。あれは私たちの弱点になるわ。もしそのナントカ侯爵が使ってきたら、まともに戦えないわよ。」
「でも、あれはそんなに普及してる術じゃないと思うよ。もしそうなら、王国側が捕まえに来るだろうし。それに魔力を封じられたのも、あの部屋の中だけだったから、範囲はそんなに広くは無いでしょ。」
私が捕まっていないのは、魔法の力が大きい。それを封じることが出来るなら、喜んで拿捕しにくるだろう。
「でも、使ってこないとは言い切れないわ。範囲については、魔法陣の大きさで簡単に調節できる。その分魔力の使用も大きくなるけど。といっても、範囲の方は気にしなくてもいいかもね。侯爵家がそんなに大量の魔力保有者を確保しているとは考えにくいし。」
「じゃあ、もし魔法が使えなかったら、範囲外まで車で逃走してそこから攻撃ってことにすればいいよ。この前閉じ込められた時も、魔道具は使えたし。」
「それがいいわ。というか、それしかないわね。」
意外と簡単に対策が立ってしまった。まあ、脱出が難しい密室でさえなかったら、そこまでの脅威でもないからね。
「戦争のことはこのくらいね。あと話しておきたいのは、他の精霊のことかしら。テノールが迷惑な奴ってことは置いておいても、ソプラノとバスにも会ったんでしょう?何か変なことされなかった?」
「バスさんはともかく、ソプラノさんはとてもいい方でしたよ。」
アニが思案顔でそう言う。
「バスはともかくってあいつに何かされたの?」
アルトが少し怒ったような声でそう言った。
「すみません。言い方が悪かったですね。バスさんは無口な方みたいで、特に何を話すでもなかったので。」
移動を手伝ってくれたくらいだね。
「あいつ、今そんな感じなのね。昔はまあ、ひどかったのよ…雷の雨を降らせて、都市一つ崩壊させてみたり、生物を一つ絶滅させてみたり…その理由だって、興味本位で。なんて言うくらいだし。」
とんでもない奴だな…
「今はソプラノと行動してるみたいだし、ストッパーみたいな役割をしてるのかもね。」
「確かに、ソプラノはあの中じゃあ一番まともだけど、そんなことはしてないと思うわよ。どちらかというと、バスが暴れたとしても、どうなるのかっていう結果を得るために、片棒を担ぎそうだし。」
「そんな人だったんですね…」
「精霊は嫌な奴ばっかだって言ったでしょ?それに、ソプラノが何の対価もなしにあたしの治療法を教えるなんてことはあり得ない…何を要求されたの?」
「ブラックリリーっていう遺物だよ。でも、探して見つかる物でもないから、もし見つけたらって話だったけど。」
「聞いたこと無いわね。まあ、あいつが言うくらいだから、実在はするでしょうけど。」
「なんでも、依り代を復活させるために使う物だとか。」
「へえ、そんなことが出来るのね。でも今更ね。あいつらの依り代は、私が湖から出られなくなるよりも前にもう失われていたんだけど…まあ、無理な要求をされたってことは無いのね。安心したわ。」
その言葉の後に、少し空白ができた後、アニが口を開いた。
「では、そろそろ私は、お嬢様がお目覚めになったことを報告してきます。」
戦時下である今、私の意識が無いとなればエーバルトもオリーヴィアも気が気じゃないだろう。報告してくれるのはありがたい。
「あたしも、オリーヴィアに顔を見せてくるわ。」
オリーヴィアのこと、ホントに気に入ってるみたいだね。叙勲式の時から、その気は合ってたようだけど。
「オリーヴィアのこと気に入ってるみたいだね。」
「あの娘、頭がいいから好きよ。魔力は使えるほど多くはないけど、魔術の知識も豊富だったわ。話もおもしろいし、貴族の子女らしく流行にも敏感。いろいろな面で面白い娘なのよ。」
たしかに、話が弾んでいるような雰囲気ではあったしね。
「とにかく、行ってくるわ。」
そう言うと二人とも、部屋を出て行ってしまった。さっきまで、賑やかだった部屋の中が急に静かになる。さてと、体力回復のためにもうひと眠りしようかな。
ベットの中で目を閉じていると、ドタドタという足音との後に、勢いよく扉が開かれる。
「お嬢様!!エーバルト様が!!」
扉を開いたアニの声は、焦りを含んだ叫びだった。
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