第七十七話 対策会議
あれから、侯爵はこうしちゃいられないとばかりに、すっ飛んで帰っていった。私的には、敵の総大将なわけで、帰す気は無かったんだけど、今回のが戦争開始前会議にあたるらしく、戦争規定でその段階では、攻撃を仕掛けてはいけないと決まっているらしい。これはそこそこ知識が必要になりそうだ。
そんなわけで、現在は屋敷の書斎で勉強中だ。ヘルマン侯爵領はここから、馬車で数時間の距離らしく、そんなことをしている間に攻めてくる恐れもあるって考えたけど、さすがに常に戦争する準備は整えていないだろうというのが、私たちの出した結論だった。だけど、今後、攻めてくると分かってって、何も対策しないのは馬鹿のすることだ。そんなわけでこの屋敷の周りにバリアを張った。攻撃意志を持つ人や物を通さないという仕組みだ。民間人への攻撃禁止はこっちの世界も同じだから、範囲はこのあたりだけで問題ない。まあ、攻めてくる前に、こっちから攻めるつもりではあるんだけど。対策をするに越したことは無いからね。
「攻めに行く前に、アルトが目を覚ましてくれたらいいんだけど…」
「魔力反応はどんどん大きくなっていますから、もうすぐだと思いますよ。」
そんなことを考えているうちに、口から洩れた独り言に対して、アニがそう返す。
「そうだよね。きっともうすぐ目を覚ますはず。」
悲観的に見ても仕方がないし。
「ハイデマリー。少し良いか。」
アニとぽつぽつ会話をしながら情報収集を進めていると、エーバルトが扉を開き、こっちに向かってきた。どうやら場所を変えたいらしい。アニに一言告げて、連れられるがまま、隣の部屋に移る。
「すまないな。勉強中に。戦時下になった今、あの部屋で話すのは少しな。その点この部屋なら問題ない。ここは外部から魔力的な干渉を受けない部屋だ。魔道具や、魔法を使って中の様子を窺うことは出来ない。侯爵が何かを仕掛けて言っているかもしれないからな。一応、対策させてもらった。」
「外部からということは中からなら、魔法を使えるんですよね。」
もし中からも使えないとなると、私の大きな弱点になる。魔法を封じる魔法陣も存在しているみたいだし、今後は気を付けていかないと。
「それは問題ない。これはもともと父上の持ち物でな。なんでも父上は、有能な魔道具職人だったらしい。母上もその技術が目当てで、格下である騎士爵の子息である父上と結婚したらしい。まあ、このことが分かったのはついこの間のことなんだが…」
そういえば、前に持ってた状態維持の魔道具も私の父親にあたる男の持ち物だって言ってた。となるとそれも自作だろうね。まさか、そんな有能な人だったとは。少し会ってみたいかも。口減らしとして、私を殺すのを最終的には止められなかった男だから、恨んでないとは言えないけど。
「それで、用件はなんでしょう。」
少し話が逸れてしまったから、軌道修正をする。時間が有り余ってるって状況でもない。
「その本…ホントにやる気みたいだな。全く、冒険者が貴族に宣戦布告なんて前代未聞だぞ。だが、してしまったものは仕方ない。俺も腹を括ろう。」
ありゃ、読んでた本をそのまま持ってきちゃってた。
「そんな必要ないですよ。すぐに終わらせますし、こっちに被害は出させません。」
「そうは言ってもな…ここが戦場になる可能性はゼロではない。領民を避難させたり、防衛策を練ったり、色々考えることは多い。」
「迷惑が掛からないように私個人の名前を使ったのに…」
「そうだとしても、知らん顔は出来ないだろ。」
「そうですか…では分かりました!!迷惑をかけたお詫びとして、賠償で得られるものは全部キースリング家に入れることにします。何か求めたいものとかありますか?」
「戦う前から、勝った時の話か…まあ、俺も君が負けるとは思はないが…」
「やろうと思えば、今すぐにでも制圧できると思いますよ。ただ、民間人に被害が出るのはだめみたいなので、避難完了を待ってるだけです。」
「そうなのか…侯爵の領は軍属の者が多いからな、避難はすぐに完了するだろう。そうだな…二日ってところか。並行して準備は進めるだろうから、完了と同時に進軍を開始するだろう。馬車を全兵力に用意するのは無理だろうから、徒歩での侵攻になる。となればここに到着するのは三日後といったところか。」
「なら、二日後に襲撃することにします。」
この領周辺の地図から、大体の侵攻ルートは分かった。山越えや森を抜けることは避けることは簡単に予想できるしね。そこを除けば、軍隊が通れるような道は一つしかなかった。街道じゃなくて大型荷物の運搬路だ。その道を辿って行けば、進軍が始まっていたとしても簡単に見つけることができるだろうから、そうなってしまっても問題ない。
「そうか。それならこっちの避難も間に合うな。接敵したら、問題なく暴れていいぞ。物的被害もなるべくは抑えてほしいが、それで敗ければ元も子もないからな。あまり気にしなくてもいい。」
「平気ですよ。その分も賠償させるわけですから。それで具体的に欲しいものはありますか?」
「具体的と言ってもな…そもそも挑んだのはこちら側だぞ?」
「戦争の賠償はどちらが原因かは関係なく、基本的には敗者側が勝者側に支払うものだとこの本にありましたよ。」
地球の戦争事情に詳しいわけじゃないけど、向こうもそんな感じだったはず。
「そうなのか、でも配慮しないわけにもいかないだろう…」
「じゃあ、完全に潰すのは勘弁してあげましょうか。そうですね…まずは金銭。数日間、経済が止まるわけですから、復興費と合わせて、白金貨十枚は貰いましょう。あとはそうですね、領地の一部でも貰いましょうか。人が住んでいないところをもらっても仕方がないので、領地の境界から一番近い村までが妥当でしょう。」
「領地をもらうなんて、国王陛下が許してくれるだろうか?」
「この本だと、当たり前のように扱われていますよ?」
「最後に戦争が起こったのは、前王のそのまた前の王の時代だ。今とは考え方が違う。」
「気にしなくてもいいと思いますよ。なんなら、私が国王と話をつけてきます。」
「それは、心強いと言っていいのか…?」
自問自答しているエーバルト。心強く思ってくれていいよ!!
「まあ、こんなものでしょう。」
「君はホントに何もいらないのか?」
「私の目的は、侯爵が面倒そうなので潰すってだけですから。強いて言うなら、土地は少し欲しいかもですけど、この間ブルグミュラーって町に買ったばかりなんですよね。」
「なら、徴収した土地の一部は君の物としてキープしておこう。飛び地でも君には問題にならないだろう?」
「それはどうも。何かに使えるかもしれませんし、ありがたく受け取っておきます。」
「ああ。あと話しておかないといけないのは…敗けたときのことだな。」
そんなことにはならないけど、仮にそうなっても、責任を取るのは私なんじゃないだろうか。
「お兄様が気にすることでは無いでしょう?」
「そこまで薄情じゃないぞ…」
「そうではなくてですね…キースリング家に責任追及がいかないよう私個人でという形式にしたんですよ?」
「いや、君は忘れているのかもしれないが、未成年だ。後見人として、俺にも追及してくるに決まっている。」
それだと、個人で受けた意味、全くなかったね。確かに、年齢のことは前世からの蓄積があって抜けがちだけど、後見人だなんて、そんなところまで考えが至らなかった。よく考えればわかりそうなものなのに。
「そうなったら、隣国に亡命でもしましょうか。前にも言ったような気がしますが、国王の首でも持っていけば、快く受け入れてくれると思いますよ。冒険者ギルドも世界中にあるらしいですし、Aランク冒険者の肩書があれば入国自体も難しくないでしょう。」
スパイじゃないかって疑われそうだけどね。
「相変わらず、とんでもない思考回路をしているな。そんなことを言えるのは、国中探してもお前くらいしかいないぞ…まあ、手土産の話は置いといても、亡命するっていうのはそこまで悪い考えじゃないかもな。どうせ賠償なんて払ったら、今のうちの財政では、貴族として生きていくのは無理なんだ。今あるだけの資産を持って逃げるのも悪くはない。領民には悪いがな…」
「領民は、ブルグミュラーの領主に預けましょう。ちょっと面白い関係性が築けてましてね。」
まさか、領主からの手紙にあんなことが書いてあるとは思わなかった。面白そうな人だし、今度会ってみたいね。
「ブルグミュラー辺境伯か。確かにあの方は名君として有名だからな。受け入れてくれるというなら、頼んでみてもいいかもしれん。」
「まあ、そうはなりませんよ。私、絶対勝ちますし。」
私の辞書に敗北という文字はない!!
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