第七十五話 侯爵との会談(エーバルト視点)

 「――それでお話というのは…」

どうせ、ハイデマリーとの婚約の話だろう。これに関しては本人とも話し合って、対応策を考えたから問題ない。

「いくつかありますが、まずはハイデマリー嬢との婚約の件です。」

やっぱりその件か。ほかにも要件があるみたいだが、そっちの方は心当たりがない。

「その件ですが―」

「彼女、回復されていますね?」

もしや、さっき会ったのがハイデマリーだと感づいたか?それは不味い。

「先ほどの彼女は護衛と名乗っていましたが、記録の魔道具で見た姿と全く同一でした。冒険者として活躍もされているそうで。」

記録の魔道具…叙勲式の時か!!ハイデマリーは本名で冒険者活動をしているし、知られるのは時間の問題だとは思っていたが、まさかよりにもよってヘルマン侯爵にバレるとは…

「別に隠していたことを咎めたいわけではありませんよ。貴族の子女が冒険者をしているなど、隠すのが当然です。ですが、あれほどの実績を残したわけですから、もう隠すことも無いのでは?」

おや、意外と好意的な解釈だな。もっと詰められると思っていたが…

「冒険者活動をしているのを隠したいというのは、ハイデマリー本人の希望でして…」

「なるほど、そういう事情が…伯爵はお優しいのですね。」

確かに、貴族的視点から見れば、大きく公表することが有利に働くだろう。当家にはこれほどの力があると誇示できる。だが、ハイデマリーは王宮を爆破するというとんでもない事件を起こしている。公表したことによって、それが知られてしまう恐れもあるし、そもそも、そんなことをしたら、本人が何をしでかすか分からない。

「では、婚約の断りを入れているのも本人が?」

これは何と答えたらいい物か…確かに、本人の意思でもあるが、これは俺の意思でもある。ハイデマリーという強大な力を簡単に他家へ渡すわけにはいかない。彼女がいるというだけで、王家に対して、とんでもない影響力を持つことが出来る。事件について知らないであろう、少なくとも、申し込んできた時点では知らなかったであろうヘルマン侯爵が、それを狙って婚約を申し入れてきたとは思わないが、婚約、婚姻が成立してしまえば、その点を知ることになり、喜んで利用することが目に見えている。それだと、うちの優位性が薄れる。金もない、名声もない、人脈だって優れているわけではない。それを失ってしまえば本当に何も残らない。ハイデマリーの生家だから、という理由で優遇されている点もあるのだ。それにやはり、無理に婚約を受け入れれば、ハイデマリーの矛先が俺に向く可能性も大きい。命のためにもそんな勝手は許されない。

「いえ、もちろん、本人の意思でもありますが、私の意思でもあります。」

「ほう…」

興味深そうな視線を浮かべる侯爵。貴族にとって、子供は言なれば、道具だ。外から見れば、俺がしていることは奇妙に見えるだろう。その道具を使って、侯爵家と縁を結ぶ。それだけを見れば、悪い話ではない。とでも言いたげだな。だが俺は妹たちを道具だなんて思ったことは無い。この社会には望まない婚姻など溢れかえっているが、それを強制する気はない。

「どんな魔法を使えるのかは知りませんが、王宮魔導士筆頭は彼女は世界一の魔法使いだと言っておりました。となれば、王宮に召し上げられるのも時間の問題でしょう。そうなれば、彼女に自由はありませんよ。その点当家なら、彼女の自由は保証しましょう。いずれはどこかと婚姻を結ぶことになるのです。」

ハイデマリーが世界一の魔法使い。それに違わぬ実力を持っているのは事実だろう。だが、王宮に召し上げられることは無い。この発言から、ヘルマン侯爵が爆破事件のことを知らないのが確定したな。王宮に召し上げられることは無いと知らないヘルマン侯爵の出した条件は、自由の保証。貴族の嫁入りでこれほど好条件は無いだろう。それでもハイデマリーがそれを飲むことは無い。きっと彼女は制限された自由を望まない。だから、俺は侯爵を何とか納得させなければいけない。自分たちの身の安全のためにもな…

「この婚約をお断りするのは、ヘルマン侯爵家のためでもあるのです。」

こう言っておけば頭ごなしに否定はできないだろう。

「当家のことを思うのであれば、是非婚約を受け入れていただきたいのですが…」

まあ、そうなるよな。ヘルマン侯爵家は聖女の力を欲している。おそらく初めは治癒の力のみが目的だっただろうが、魔法が使えることまで調べ上げてきたわけだ。武力としてハイデマリーを欲している。それならば、それが無理だということを教えてやればいい。

「ヘルマン侯爵は、ハイデマリーを管理できるとお考えでしょうが、それは不可能です。たとえ、それが王家であっても同じです。誰も彼女の手綱を握ることは出来ません。彼女の意思に反して閉じ込めておくことだってできないでしょう。そんなことをすれば建物ごと破壊されるのがオチです。」

「さすがに大げさでは?魔法が使えるとはいえ、呪文を唱えることで、その兆候は分かります。口さえ塞いでしまえば、魔法の発動は防ぐことが可能でしょう。肉体自体もまだ子供の物。成長しても、女性の身体だ。封じ込めるのは容易い。」

「ハイデマリーの魔法には呪文は必要ないようです。彼女が使うのは、私たちが知識として知る、現存の魔法とは全く異なるものです。そうでなければ、辻褄が会いません。ケルベロスの討伐、未踏破ダンジョンの完全攻略、さらに、あの地獄の入り口と呼ばれる炎の大穴の消火。これが全てハイデマリーの功績です。これが普通の魔法使いにできることだとお思いですか?」

「私が知っていたのは、ダンジョンの攻略だけですね。運がよかっただけかと思いましたが、ここまで聞くと、認めるしかないでしょう。」

この様子なら、これ以上、婚約を申し入れてくることは無いだろう。ふう。何とかなったな。

「では、この話は無かったことに…」

「仕方ありませんな。代わりと言っては何ですが、オリーヴア嬢は――」

「さっきから黙って聞いてれば、管理だ手綱だ、私を物みたいに扱って!!」

息をついたその直後、蹴破られたかのように勢いよく開かれた扉には、青筋を浮かべたハイデマリーがものすごい形相で立っていた。どうやら俺たちは彼女の地雷を踏みぬいてしまったらしい。








※ハイデマリーの地雷は自分のことを他人に決められることと、自分を含めた身内の扱いを軽んじられることです。

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