第七十四話 ヘルマン侯爵

「まあ、ヘルマン侯爵ではありませんか。どうしてこちらに?」

ヘルマン侯爵どっかで聞いたことあるんだけど…

(お嬢様に婚約を申し入れていたという侯爵では?)

頭を悩ませる私を見かねてか、そうテレパシーが飛んでくる。

(そういえばそんなこともあったね。)

というか私がここにいるのまずいのでは?臥せっているってことになってるし。この前はもっと上の人と婚約していることを臭わせて煙に巻くって話だったけど、臥せっているという点に変わりはない。

「今から、そちらに向かうとキースリング伯爵とお約束をしていまして。少し時間が早かったものですから、こうして町に寄った次第です。」

もしや、これからさっきの煙に巻く作戦を実行するところだったのかな。

「そちらの方は?」

やっぱり矛先がこっちに向いた。正直に答えるわけにもいかない。

「わたくしの護衛ですわ。こう見えて二人とも腕利きの冒険者なのですよ。」

良い誤魔化し方だ。嘘は言ってないし。

「護衛?一人はまだ子供ではないですか。」

小馬鹿にしたような態度でそんなことを言う。まあ、そうなるよね。

「魔法使いですからね。年齢は関係ないんですよ。」

「そういうものですか…まあ、その年齢で起用されるくらいですから、強い力があるのでしょうね。」

「自慢の護衛ですのよ。」

「それはそれは…そうだ。これからお戻りになるのでしたら、私の馬車に乗っていきませんか?」

提案という感じで言ってるけど、明らかに断れない雰囲気。もしかしたら、オリーヴィアにも用があるのかもしれない。

「お言葉に甘えさせていただきます。」

そんな雰囲気をオリーヴィアも嗅ぎ取ったのか、承諾の意を返している。仕方ない。買い物はここで中断だ。護衛ということになっている以上、私たちだけが残るわけにもいかない。

「そうですか。では町の入り口に馬車を待たせておりますので、護衛の方と一緒にお乗りください。私に護衛には歩かせますので。」

「いえ。さすがにそれは申し訳ないです。私たちが歩いて戻りますので…」

こう言っておけば、私たちだけは馬車に乗らなくて済むかもしれない。オリーヴィアから、変な視線を感じるけど、気にしない。

「いえいえ。オリーヴィア嬢を一人で馬車に乗せるわけにはいかないでしょう。婚前の女性ですから…」

チッだめか。仕方がない。甘んじて受け入れよう。あれ、今度は侯爵の方まで如何わし気な視線を向けてくる。

(お嬢様、今の発言は不味かったのでは?護衛として紹介されているわけですから。今のは対象を危険にさらす発言ですよ。)

そう言われればそうかも。これは怪しまれたね。

「そうですか。私たち護衛の視点から言わせてもらえば、ありがたいことです。分かりました。こちらもお言葉に甘えさせていただきます。」

こう言うと、先ほどまで浴びていた視線は鳴りを潜めた。経験不足とでも思ってくれたのかな。

「では参りましょうか。こちらです。」

侯爵の後に続いて、私たちは町を後にした。こんなことになるなら、来なければよかったよ。



 相変わらず、乗り心地が最悪な馬車に揺られること数十分。行き道の倍ほどの時間をかけて、屋敷まで戻る。馬車の中に私たちが乗っていたことに、守衛は驚いていた。特に何も言われなかったけど。

「ようこそ。ヘルマン侯爵。妹たちも乗せていただいたようで、感謝します。」

妹たちと、護衛と主人を同列に扱うのは貴族的にはおかしいことなんだけど、侯爵が違和感を抱いた様子はない。危なかった。

「いえいえ。今日はお招きありがとうございます。キースリング伯爵。お互い建設的な話ができることを願っております。それで、ハイデマリー嬢はまだ臥せっておいでで?」

一瞬、不思議そうな顔をしたエーバルト。だけどすぐに表情は戻った。きっと、私が身分を偽っているってことに気が付いたんだと思う。

「ええ。生憎、まだ快調には程遠く…」

「そうですか。心配ですな。あとで見舞いの一つも差せてください。」

「立ち話もなんですから、中へどうぞ。オリーヴィアとハイデ――君たちももう下がっていいぞ。」

ハイデマリーと言いかけて言い直すあたり、ちゃんと気が付いてるみたいだね。これなら問題なさそう。見舞いに関しても、はぐらかしてるし。

「そうさせていただきます。ヘルマン侯爵。どうぞごゆっくりなさって行ってください。」

そういって頭を下げるオリーヴィアに倣って、軽く会釈をして私たちもその場を辞す。さて、二人がどんな話をするか気になるし、盗み聞きといこう。ないとは思うけど、エーバルトが血迷って、婚約を飲んじゃうかもしれないしね。

 一度、オリーヴィアについて、彼女の部屋へ。買ってきたものを渡さないとだし。

「これ、さっき買ったものです。」

「あら、ありがとう。まさかヘルマン侯爵と鉢合わせするとはね…」

「侯爵がいらっしゃることを知らなかったんですか?」

アニが不思議そうな顔でそう言う。あの感じだと、オリーヴィアにも用がありそうな感じだったけど。

「知らなかったわね。まあ、あの感じだと後で呼び出されることになるでしょう。たぶんお兄様もわたくしに関する話があるってことは承知してないんじゃないかしら。知っていたなら、教えてくれるだろうし…」

「それだと、何を言われるか気になりますね。二人が何を話しているか聞いてみますか?」

「盗み聞きはよくないわよ?」

そう言いつつ、オリーヴィアの表情は興味津々といった顔だ。

「大丈夫です。絶対に悟られないので。この部屋にいながら話を聞くことが出来る魔法があります。」

今から創るんだけどね。

「そう。それなら、やってみてくれる?」

なんとなく悪い顔になってるオリーヴィア。美人だからその表情すら絵になるね。

「ちょっと待ってくださいね。準備するので。」

はてさて、どういう仕組みにしようか。対象の声を送る感じにした方がいいかな。集音だと他の音とか声も入ってきちゃうし。対象の設定方法は名前を呼ぶってことにしよう。ヘルマン侯爵の本名は分からないし、どうせなら範囲指定で集音機能も持たせようか。トリガーも魔法名にしちゃえば、一気に発動できるね。

「盗聴魔法。対象エーバルト・キースリング。範囲、半径五メートル。」

応接室で向かい合って座ってるだろうから、範囲はこんなもんでいいでしょ。

『――それでお話というのは…』

エーバルトの声が聞こえてくる。成功だね。アニとオリーヴィアにも聞こえているみたいだ。

『いくつかありますが、まずはハイデマリー嬢との婚約の件です。』

その一言から、私に関する会議が始まったようだった。

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