第七十二話 久々の故郷

ソプラノとバスが去った後、私たちはアルトの身体を抱えて、実家であるキースリング家を訪れていた。テレポート先は魔法の練習に使っていた、地下修練場。エーバルトとオリーヴィアとばったり会っちゃって、時間を取られるのを避けるためだ。会うのはアルトを湖に連れて行ってからでいい。

誰かと鉢合わせしないように慎重に湖に向かう。裏門は透明魔法で通過したから守衛の人にも見つからなかった。

「そういえば、この森、魔物が出るんだよね。注意しないと。」

「深い場所まで行かなければ普通は平気ですよ。前に出てきたのは相当なイレギュラーです。」

まあ、仮に出てきたとしても、あのくらいの魔物なら何の弊害にもならない。だけど不意打ちは危ないからね。一応、魔力探知をしとこうかな。

「魔力探知にも反応はありませんから、今回は本当に大丈夫だと思いますよ。」

私より早く、アニが探知してくれたみたい。優秀だね。

「ならとりあえず安心だね。さっさと湖に行こうか。」

少し急ぎ足で歩いていく。屋敷からそんなに離れてるわけじゃないから、すぐに着くんだけど、これからアルトの治療をするって思うと、どうしても速足になってしまう。

 少しの間歩き続けると、日光をあびてキラキラ光る水面が見えてきた。アルトの湖だ。私が浄化した時のまま、透明度の高いきれいな水質を保っている。

「ここにアルトを入れればいいんだよね。」

手の中に抱えていたアルトを湖に浸けると、ゆっくりとアルトの身体が吸い込まれていった。魔力の反応的に、依り代である湖と同化しているみたいだ。

「あとは数日待つだけですね。その間はお屋敷に滞在するのですか?」

「そこまで考えてなかった。一応、二人に挨拶はするつもりだったけど。」

別に近くにいる必要はないんだよね。目が覚めたらテレパシーで連絡してくるだろうし。でも、その時、近くにいないのは薄情だと思うし、アルト自身もさみしがるかもしれない。

「そうだね。向こうがいいっていうなら、アルトの目が覚めるまで泊めてもらおうかな。」

家計が火の車らしいから、私たちの分の滞在費は出した方がいいかもしれない。いきなり二人分の費用が増えるのは向こうも避けたいだろうしね。貴族基準だと、一日、二日でも結構お金がかかるだろうし。

「分かりました。ならお屋敷に戻りましょう。このまま裏の門から入りますか?」

「裏門からだといきなりになっちゃうから、正門まで周って入ろうか。」

正門からなら、連絡係もいるし、二人に先に知らせることが出来る。

「確かに、その方がいいかもしれません。正門までの道は私が分かりますから着いてきてください。」

本来なら、屋敷に沿ってぐるっと半周すればいいだけなんだけど、ここは森の中だ。それだと、整備されていない獣道を歩くことになる。テレポートしてもいいけど、結局いきなりになっちゃうし、こんなちょっとの距離で使ってたら、すぐに運動不足になっちゃう。

「アニなら、道も知ってると思ったよ。」

うちのアニはやっぱり優秀だ。

「森の周辺で仕事をすることもありましたからね。堀の外側の整備とか…」

それは果たして、メイドの仕事なんだろうか。あの女に体よくこき使われていたのかも。私も無理に仕事をさせてるつもりはないけど、少しはいたわってあげないとね。

「行きましょう。」

アニの後ろについて歩き出す。振り返って、アルトの湖を見てみると、来た時よりも煌めいているように見えた。



「ハイデマリーお嬢様!?」

正門にたどり着き、守衛に一声かけると、幽霊でも見たかのような声を上げられた。驚くのは分かるけどね。

「入っても大丈夫?」

「少々お待ちください。ご当主様に連絡してまいります。」

そう言うと、守衛の一人が小走りで屋敷に向かっていった。少なくともエーバルトは家にいるみたいだね。

 しばらく待っていると、さっきの守衛がエーバルトを連れて戻ってきた。

「急にどうしたんだ?前に会ってから、そんなに経っていないが、何かあったのか?」

この人は、私が事件を運んでくるトラブルメーカーとでも思ってるんだろうか…

「少し、裏の湖に用がありまして。数日泊めてもらえればと思ったのですが…」

「それは全然構わない。ただ、今は離宮まで手入れが行き届いている状況じゃなくてな。君が使っていた部屋じゃなく、客間に泊まってもらうことになるが…」

端的に要件を伝えると、そんなことを告げられた。正直客間の方がうれしい。貴族は外面をきにするものだから、自分たちが暮らしている部屋より、客間の方がきれいに整っていたりする。まあ、離宮と比べちゃうとけっこうな差だ。

「それで大丈夫です。あとこれ、滞在費です。」

数日分だから、金貨二枚もあれば十分だと思う。

「そんなの必要ないぞ。ここは君の家でもあるんだからな。」

「いえ、今回は急に押し掛けることになってしまいましたから。財政も苦しいとおっしゃってましたし。」

「それはそうだが…分かった。受け取っておくよ。」

断り続けるのも、違うと思ったようで、渋々といった様子で金貨を受け撮るエーバルト。

「にしても君は金銭感覚が少しおかしいぞ。数日の滞在で金貨二枚も必要になるわけがないだろう。一枚でも多いくらいだ。」

受け取った金貨のうち、一枚を私に差し出してくる。

「それなら、残りは自由にしてください。この間も教会の件でお願いを聞いてもらいましたから。日ごろのお礼です。」

それ以外にも婚約のこととかいろいろ頼み事をしてきたしね。これからも何か頼むかもしれないし。

「俺は何もできなかったがな…そういうことなら受け取っておこう。じゃあ、中に入ろうか。客間はいつでも使える状態になっているから、好きに使ってくれて構わない。あと、一応オリーヴィアにも声を掛けておいてくれ。きっと喜ぶ。」

「そうですね。あとで挨拶しておきます。」

そんなことを話しながら、久しぶりにキースリング邸の敷居を跨いだ。

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