第七十一話 遺物

「僕の依り代の再生を手伝ってほしいんだ。まあ、今日この話をするまでは、別に依り代なんてなくてもいいと思ってたんだけどね。君と話してみて気が変わった。僕も誰かと契約してみたくなった。」

今回の話の流れでそういう考えが芽生えてしまったってことか。それならまあ、仕方ないかもしれない。言われてしまった以上、色々聞いたわけだから、断れないし。でも、誰かと契約するって、私以外だと勇者しかできないんじゃなかったっけ。それか魔人の方なら、もう少し契約できる人がいるのかもね。

「具体的には、どういうことをするの?」

「そうだね…場所の候補はもう決めてあるんだけど、新しく依り代を創るのは難しくてね。具体的には、とある遺物が必要なんだけど…」

「それを見つけてこいってこと?」

「探して見つかる物ならいいんだけどね…どこにあるのかも分からないものだから、君たちの目的のついでに、見つけられたら僕に渡してほしい。要はついでに探しといてってこと。別に見つからなかったらそれでもかまわないよ。その時はあきらめればいいだけだし。期間も無期限でいい。君が死ぬまでゆっくり待つさ。そのくらいの時間、僕らにとってはそんなに長いことでもないし。」

 要するに、何か特別に行動する必要はなくて、私たちが旅をするついでに探しておいてほしいってことか。それなら全然、苦じゃないね。テノールとは大違いだ。そんなことを思いながら、ふとテノールに視線を向けると、船を漕いでいる。こいつ…こっちの気も知らないで…

「分かった。それで、何を探せばいいの?」

「とある宝石だよ。言葉で説明するのも難しいから、イメージを直接…ってここじゃあ魔法使えないね。いったん戻ろうか。君たちが元居た場所でいいよね。寝てるテノールは放っておいていいでしょ。バス。そっちの子をお願い。」

そう言って立ち上がったソプラノとバス。そのままソプラノは私の肩に、バスはアルトの肩に手を置く。するとその瞬間、ここに来た時と同じように景色が変わる。どこに移動したのか理解する前に、私たちを襲ったのは強烈な熱。

『あっつ!?なにここ!?もう一回移動するよ!!』

ソプラノのその声でまたまた景色が変わる。今度移ったのは、私たちが泊まっている宿屋の部屋だった。

『君の脳内から、移動する場所を選ばせてもらったよ。悪いね。勝手に覗いて。』

そう言えば、精霊は頭の中を覗けるんだった。出会った頃のアルトもそうだった。さっき飛んだ場所はテノールの住処だろうね。元居た場所って言ってたし。

「元居た場所に戻るのではなかったのですか?それにソプラノさんとバスさんの姿が見えませんが…」

アニが不思議そうにそう声を上げる。精霊の集会場を出ると、元通り精霊の姿が見えなくなってしまうみたいだ。声も聞こえないから、宿に戻った理由が分からないみたい。

「集会場から出て、見えなくなっちゃったみたいだね。でも平気だよ。今回のために創った魔法があるから。」

精霊の集会場に行っても、アニに精霊が認識できないと話の流れが分からないと思って、創った魔法だ。向こうでは見えてたみたいだったから、使わなかったけど。

「視覚共有、聴覚共有。」

対象はもちろんアニ。この魔法をかけることで、私の視界と聴覚を通して精霊を認識できるようになる。

「ありがとうございます。お二人の姿が見えるようになりました。」

アニの礼をこくりと頷いて受けとめる。

「へえ。便利な魔法を考えたね。」

感心している様子のソプラノ。よく言われる気がする。

「どうして宿に戻ってきたんですか?」

アニが不思議そうな顔でそういう。

「厳密には魔法が使えればどこでもよかったんだけど、君たちが元居た場所に飛んだら、飛んでもない熱さだったから…」

確かに冷却魔法なしであそこにいるのはきつい。というか無理だ。何も対策しなければ、数分で死に至るだろう。

「ああ、なるほど…」

合点がいったといった表情を浮かべるアニ。精霊の声も姿も認識できない状態じゃ分からなかったのも無理ない。

「さて、じゃあ早速、探してほしい物のイメージを、二人に送るよ。ブラックリリーっていう宝石なんだけど…」

その途端、私の頭に黒い拳大の宝石のイメージが流れ込んできた。見た目としては、加工されたダイアモンドに近い。ただそれは光を一切反射していないような、漆黒を纏っていた。

「これが、先ほどの遺物ですか…」

アニにもイメージはちゃんと伝わっていたようで、そう小さな声で言うのが聞こえる。

「そう。依り代を創るのにこの宝石の特性が必要なの。」

「特性?」

「依り代を創るには、まず、その場所を私の魔力で染める必要があるんだけど、時間が経つと元の性質に戻ってしまう。ブラックリリーにはそれを防ぐ特性がある。ずっと魔力の性質を保持してくれるんだ。僕が染めてから使えば、私の魔力のままになるってわけ。」

「なるほどね。じゃあ、もし見つかったらソプラノに渡すよ。その時はどうやって連絡したらいい?」

遠距離交信できる道具はステアキーと冒険者ギルドにあるFAXみたいな魔道具しか知らない。ステアキーはイエレミアスとしか交信できないけどね。

「その時はまた、テノールに招集させようか。定住してるのはあいつだけだからね。僕とバスは基本的に一つの場所に留まり続けることは無いし。」

「二人は一緒に行動してるの?」

「そうだよ。僕たちは仲良しだからね。」

そう言われ、バスの方に視線を向けてみると、心なしか照れているように見える。

「今度は何も要求しないように言っておいてね。」

「そうだね。毎回毎回そんなこと言ってくるような奴じゃないと思うけど、一応言っておくよ。」

 その後、ソプラノは直接アルトの様子を診て、自分の仮説が間違っていなかったことを確認し、帰っていった。

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