第七十話 精霊の集会場
翌日、約束の時間にテノールの元を訪れると、すぐに精霊の集会場へ移動することになった。
「一応言っておくが、集会場では絶対に魔法を使うなよ。あそこは常に魔力が枯渇状態に近いから、一度魔法を使えば、際限なく魔力が体外へ出ていくからな。最終的には魔力が全くの空になって死ぬぞ。」
場に魔力が無いってことは精霊魔法も使えないってことだよね。魔力の消費が激しい、創造魔法で創ったものはどちらにしろ使えないね。というか精霊の身体って魔力で出来てるんじゃなかったっけ。そっちは平気なんだろうか。
「分かりました。お嬢様もお気を付けください。日常的に魔法を使っているわけですから。」
うっかり常用魔法を使わないようにしないと。
「気を付ける。」
そう言えば私の身体成長促進魔法が常にかかってるけど、それは大丈夫なんだろうか…
「ねえ…」
「じゃあ行くぞ。」
聞こうと思った時にはもう遅く、その掛け声とともにあたりの風景が切り替わった。テレポートしたという感じでもない。自分たちが移動したんじゃなくて、向こうがこっちに来たみたいな感覚。
「ここが精霊の集会場ですか…本当に何もないですね…」
辺りを見回したアニがそう言う。確かに、何もない。星のない夜の空が360°すべてに広がっている感じだ。宇宙空間でももう少し明るいと思う。というかなんだこれ。真っ暗なのに何も見えないって感じは無くて、視界は鮮明だ。すごい変な感覚。
「集会場はあそこだ。少し明るくなってる場所があるだろ?あの周りに集まることになっている。」
私が見ていた方向と真逆を指差すテノール。確かになんか明るい場所が見える。たぶん篝火か何かだと思うけど、周りが暗いせいかすごい明るく見える。
「いくぞ。」
そう言って歩き出すテノール。成長促進の方は大丈夫そうだね。魔力が出ていく感覚もないし。でも、やっぱりいつも違う感じはする。外から魔力が供給されないからだと思うけど、なんとなく体が重い。魔力が濃い場所だと体調がよくなるし、その逆の反応だね。
周囲に何もないからか、距離感が全く掴めないまま、歩き続けることしばらく。厳密にいえば、どの位かかったのか全く分からない。時間が掛かったのか、一瞬だったのか私の身体から、時間という概念が抜け落ちてしまったかのようだ。ここに長いこといるのはよくない気がする。
「ここが精霊の集会場だ。」
焚火の周りに丸太の椅子が四つ並んだだけの空間。たったそれだけなのに、なんだかすごく居心地がいい。
「君が聖女かい?まさか、探していた僕よりテノールが先に会うなんてね。大きい魔法反応を追いかけてたんだけど、当てが外れたかな。」
その声が聞こえた瞬間、誰も座っていなかった丸太の椅子のうち二つに突然人影が現れる。声をあげたのは普通の大人くらいの体格の女性。もう一人は十歳くらいの少年だ。二人とも金髪で、まるで姉弟みたいに見える。
「驚かせちゃったかい?僕はソプラノ。君が会いたがっていた風の精霊だよ。こっちのちっこいのはバス。雷の精霊だね。無口だけど、怒ると怖いから気を付けなよ。まあ、立ち話もなんだし座ったら?」
そう言ってソプラノが右手を軽く動かすと、丸太の椅子がもう一つ現れた。もともとあった椅子に私とテノールが、新しい椅子にアルトが腰を掛けると、ソプラノが再び口を開く。
「さて、見た限り聖女は君だね。お名前は?」
私の方に碧色の瞳を向け、そう問いかけてくる。
「私はハイデマリー。ハイデマリー・キースリング。」
そう名乗ると、興味深いといった様子が瞳を介して伝わってくる。
「へえ。キースリングと言えば確か伯爵の家だろう?まさかそんなところから聖女が生まれるなんてねえ…スキルの介入でとんでもない条件になってるのに。」
どうやら聖女になる条件についても知っているみたいだね。賢者というのも伊達じゃない。
「まあ、意図してなろうとしたわけじゃないよ。口減らしで毒の沼に落とされたの。」
「ああ。なるほど。いくら転生者だといっても、生まれてすぐ自殺をするようなことは無いか。」
転生者だからこそだと思う。一度死を経験してるわけだし。あんな苦しいのは二度とごめんだ。
「お前転生者だったのか…」
なんかテノールが愕然としてるけど関係ない。
「そんなことはいいの。私があなたに会いたかったことを知ってるなら、その理由も知ってるんでしょ?」
「もちろん知ってるよ。テノールから聞いたからね。アルトが目を覚まさないんだって?」
「そう。毒にやられてから、ずっと眠ったまま。何とかできないかな?」
「毒っていうのが悪かったね。彼女の依り代…ああ、毒の沼だった湖のことね。そこに何百年も閉じ込められてたわけだから、アルトは毒に極端に拒絶反応を起こすようになっちゃったんだと思うよ。」
少し考える素振りをしてから、ソプラノが答える。
「でも、毒の影響は浄化で完全に消したよ?」
「だろうね。でも、毒その物の影響は消せても、それが及ぼした異常を消せたわけじゃない。直接アルトを診たわけじゃないから、ここからは推測も混じるけど、おそらく、体を動かす機能に支障をきたしているんだと思う。人間は脳からの指令で体を動かしているのは知っているだろう?だけど僕たち精霊は違う。精霊の体を動かすのは魔力操作の一環みたいなものなんだ。まあ、人間が体を動かすような感覚と同じように動かしてはいるんだけどね。ただ仕組みが違うってだけなんだけど、そこが大きく関わってくる。その器官は魔動器官というんだけど、そこが壊れちゃったんだと思う。たぶんアルトも意識はあると思うよ。体が動かせないだけで。厄介なことに、魔動器官は治りが遅くてね。一度壊れると数十年は治らない。」
「そんな…」
アニが悲壮な声を上げる。私だって同じ気持ちだ。もう何十年先までアルトに会えないなんて…
「そう落ち込まないでくれよ。こと、アルトに限って言えば数日で回復させる方法がある。」
「「ホント!?(ですか)」」
良かった。きっとアルトも意識はあるのに体が動かないなんて苦しいに決まってる。そんな状態は早く脱させてあげたい。
「こんな時に嘘なんてつかないさ。アルトは僕たちと違って、依り代が現存してるからね。そこに連れていって、しばらく水の中につけておけば、回復すると思うよ。依り代は文字通り、彼女を支えるものだからね。」
依り代っていうのはあの湖のことだよね。そうと決まればすぐに向かいたいところだけど、そもそも依り代ってどんな役割があるんだろう。
「その依り代っていうのはどんな役割なの?それにソプラノたちとは違うって…」
あの言い方だと、他の精霊たちに依り代は存在しないか無くなってしまったってことだと思うけど。
「依り代っていうのは、精霊が世界に留まるのに大きな助けをしているものだよ。言い方を変えれば、故郷みたいなものかな。もし、完全に身体が消滅してしまっても、それさえ残っていればそこから簡単に復活できる。今回はその機能の一部を使って、アルトを治療しようってことだね。まあ、お察しの通り、アルト以外の僕達三人は依り代を失ってしまっている。理由はいろいろあるけど…まあ、すぐに復活が出来なかったり、今回みたいな治療ができないだけで、そんなに大きな問題はないよ。時間を掛ければいいだけだしね。まあ、誰かと契約なんかをしたら死活問題だろうけど。復活するころには契約者が老人になってたり、最悪の場合、死んじゃってることもあるだろうし。」
一人で生きていく分には問題ないってことか。それにしても、アルトの湖が残っててよかったね。それが無ければ二度と会えなくなるところだった。
「まあこれもアルトが、依り代を守った結果だね。あんな毒状態になってたっていうのに、浄化したとはいえ、今も機能しているのはアルトがずっと中にいたからだと思うよ。」
アルトの不自由な何百年間はこの時のためにあったのかもしれない。だからきっと、無駄じゃなかった。
「なら、早速アルト様を連れて行ってあげないとですね。」
アニが早く戻ろうとばかりにそう呟く。
「そうだね。ソプラノありがとう。テノール。元の場所に戻してもらえる?」
ここでは魔法が使えないから、テレポートすることが出来ない。来た時と同じようにするしかない。
「ちょっとまって。僕からも一つお願いしてもいいかな?」
くそ。やっぱりか。何か対価を求められる前に退散しようと思ったのに!!
「私たちにできることなら…」
こう言われてしまえば、色々教えてもらった手前断ることは出来ない。テノールみたいにとんでもないお願いされたらどうしよう。
「僕の依り代の再生を手伝ってほしいんだ。」
そんな、明らかな高難易度のお願いが今回の対価に求められてしまった。
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