第六十九話 剣の対価

 翌日、なんだか寝不足そうに見えるアルトを連れて、再びテノールの元を訪れた。その時にはもう炎の大穴の火力も完全に元に戻っているどころか、前以上になっている気がする。これじゃあ、また依頼が出るかもしれないね。もう受けないけど。

「意外と時間が掛かったようだな。盗み出すだけなら、容易いと思っていたのだが。」

「そんな簡単にいくわけ無いでしょ。オリハルコンって人類の至宝レベルなんだから。入念に下調べしてようやくって感じだよ。」

まあ、その下調べですら分からないことばっかりだったんだけど。

「ほう。そうだったのか。まあいい。早速、剣を見せてくれ。」

まあいいってこっちの苦労も知らないで…話が進まないから、出すけどさ。

「はい、これ。」

どかん!!という効果音が付きそうな勢いで剣を取り出す。台座が付いてるから、重いのは確かだけどね。

「ほう。これは…確かに本物だな。魔力の質もいい。」

黄金に輝く剣を眺めながら、そんなことを言うテノール。これで偽物だったら困るどころじゃない。

「これ、いくら引っ張っても、台座から抜けないから、そのまま持ってきちゃった。」

「それ位なら構わないだろう。現物はこうして、ここにあるわけだしな。使える状態で寄越せとは先方にも言われていない。」

「それなら、他の精霊に会わせてもらえるってことでいいよね。」

「ああ。もちろんだ。約束は守る。」

隣でアニが、安堵したのが分かる。たぶん、責任を感じていたんだと思う。最近思いつめたような顔をしていることも多かったし。これで少しでも、楽になってくれたらいいんだけど、アルトが目覚めるまでそうなることは無いと思う。アニのせいってわけじゃないのに…

「今から招集をかければ、明日には集まるだろう。精霊の集会場に行くのに物理的な距離は関係ないからな。」

精霊の集会場っていうのにアルトも行ったことがあったのかな。毒の沼から動けなくなる以前のことだったら、十分あり得る。でも、他の精霊のこと嫌いみたいだったし、参加はしてないかもね。

「前回、その集会というのが行われたのはいつなんですか?」

アニがそう聞く。

「前回?人間の単位で、数か月前ってところか。それこそ、お前たちの話題だったぞ。アルトの奴は招集に応じていなかったが…」

数か月前?てっきり、何百年も前のことだと思ってた。招集自体はアルトにもかけられていたみたいだ。何も言ってなかったし、参加するつもりは無かったんだろうけど。それに、なんで数か月前なんだろう。契約した直後なら分かるけど…

「あれは確か、お前たちが初めて大規模魔法を使った時だな。その時に、契約者が生まれていたことを認知した。」

ああ。王宮を爆破した時か。納得。

「そうでしたか。」

アニがそんなことを聞いたのは、私と同じようなことを思ってたからだと思う。アニはアルトをすごく慕っているし、精霊のコミュニティ内のアルトの立ち位置なんかも知りたいんじゃないかな。

「私たちはどうやって、その精霊の集会場にいけばいいの?」

「俺が連れて行ってやるから、問題ない。というかお前たち。精霊の集会場について何も知らないのか?」

「全く。」

「存在は確認されているのに、誰も到達したことのない場所だっていうことくらいです。」

私と違って少しだけ知っている様子のアニ。もしかしたら常識だったりする?

「まあ、概ね間違いはないな。精霊の集会場は、この世界の裏側とも言える場所にある。いままで、そこに到達できた人間は一人だけだな。魔人では何人かいた気がするが…。とにかく、知らぬ人間の間では伝説の地扱いされているのは確かだ。たしか、冒険者という者たちはそこに到達することを生涯の目的に据える者もいるだとか。実際には特に何もない場所なのだがな。」

聞くだけだと、秘境中の秘境って感じだね。冒険にはもってこいの響きだけど、なにもないんじゃあなあ…

「あんな場所に行きたいなど、俺にはどうかしているとしか思えないがな。まあ、普通の人間が独力でたどり着くのは無理だろう。精霊と契約すれば別だろうが。以前来たのも契約者だったな。その時は、確かソプラノの奴だったか。」

ソプラノというのはアルトとテノール以外の精霊の一人だろうね。もう一人はバスとでも言うんだろうか。

「そのソプラノが、賢者とかって呼ばれてる風の精霊なんですか?」

「そうだ。あいつなら何か知っていると思うぞ。逆に、あいつが知らないことがあれば、俺が知りたいくらいだ。いい取引材料になる。」

知識を得ることに貪欲だ。なんて言ってたね。アルトのことを教えてもらうのに、何か要求してきたら、前世のことでも話せばいいかな。異世界の知識なんて欲しくてたまらないだろうし。

「精霊同士は仲がいいわけじゃないみたいだね。」

「まあ、結構打算的だな。依り代を失う前はそうでもなかったが…まあ、俺が教えられることはこのくらいだな。ほかに聞きたいことがあるなら、明日ソプラノに聞くといい。」

「明日、ここに来れば連れてってくれるんだよね。」

「ああ。そうだな…こっちの時間で昼頃になればあいつらも集まっているだろう。」

「昼だね。了解。」

明日の昼、再び訪れることを約束し、その場を去った。



「お嬢様。一つご相談があります。」

宿に戻ってしばらく。少し重めの表情のアニからそう告げられた。

「なに?」

「使ってみたい魔法があるのですが、そのために巨大な魔法陣を書く必要がありまして。」

「どんな魔法なの?」

「降霊術というのが一番近いと思います。死後も意思を残すような強力な人間が、生前使っていた技術を使えるようになるという魔法です。」

そりゃあすごい。勇者とか聖女とかを召喚できれば、すごいことになりそうだ。でもそういうのにはなにか、代償があったりしそうだけど…

「危険は無いの?何か代償があったりとか…」

「魔導書に特にそう言った記述はありませんでした。契約する必要があるみたいですから、そこで何か対価を支払うということにはなるかもしれません。危険があればすぐに解除することもできるようですから、平気だと思います。」

なるほどね。この魔法は召喚するだけの魔法ってことか。契約できるかは術者の手腕次第ってことだから、成功するかわからない。それ自体がデメリットみたいなものだ。

「じゃあ、今度使ってみようか。」

「はい。アルト様が回復なされたらぜひお願いします。その、魔法陣を書くための道具と場所が必要でして…」

「土地の方は切り開いた土地を使えばいいし、道具は今度買いに行こうか。」

「ありがとうございます。」

「依頼で稼いだお金は三人のものなんだから、何か欲しいものがあったら言ってね。」

アニとアルトにも、盗まれてもそこまで影響がないくらいの金額は渡している。大元のお金は三人で相談した結果、盗まれる心配がない収納魔法が使える私が持っていることになっている。

「はい。ですが特に不便はしていません。」

「それならいいけどね。」

 そこから、明日のことやさっきの魔法のこと、これからのことを話して過ごした。その会話の中でも、アルトがいないことのさみしさを何度も感じてしまう。いつも通りの日常はきっと帰ってくると願いながら、明日の到来を待つこととなった。

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