第六十八話 私だけの力(アニ視点)

 アルト様が目を覚まさなくなってしまったのは、私のせいです。お嬢様と別行動をとったあの日、私があの討伐に行きたいなんて言わなければ、アルト様は今も、いつも通りのお姿で過ごされていたことでしょう。他に、幾つもある討伐以来の中から、なぜあの依頼を選んでしまったのか。今になって悔いても仕方がないと、気にする必要はないと、お嬢様はおっしゃいますが、そう簡単に割り切れるものではありません。私にもっと力があれば、私にもっと知識があれば、アルト様はこうはならなかったはずです。自分の中の後悔と自己嫌悪ただそれだけがぐるぐると回っているようで、そんなことばかりを考えてしまいます。頭では解っています。そんなことを考えていても、アルト様が回復することは無いし、私のせいだなんてアルト様が思っていないことも…もしそうなら、洞窟で毒を負ったあの瞬間、私に対してその言葉が飛んできたことでしょう。死に瀕した時、感情を隠すことなどできないでしょうから…それでも私自身が許容できません。私が、初めに旅についていきたいなどと言わなければ、今回洞窟に行くこともなかったでしょう。今回の事態は、私さえいなければ避けられてことでした。今後似たようなことが起こらないとも言えません。私はお二人の元を去るべきだとも思います。お嬢様も、アルト様も強大な力をお持ちですから、お二人だけならきっとどんなことも乗り越えられます。私という足手纏いがいなければ、旅路はもっと順調なものになったことでしょう。ですが、私の全権限はお嬢様の物。そんな勝手が許されるわけもありません。お嬢様が私を捨てない限り、御供するしかないのです。

 今回のオリハルコンの剣を手に入れる作戦でも、私は何の役にも立ちませんでした。全てお嬢様のお力です。強いて言うなら、魔法陣のことに関してのみ、お役に立てたと言えるかもしれません。ですが、その知識を授けてくださったのもアルト様です。私の力ではありません。それに、あの程度の罠なら、お嬢様お一人の力でも易々と突破できたことでしょう。私は、自分のせいで起こったことの責任さえ取ることが出来ませんでした。自分の無力さが嫌で嫌で仕方ありません。魔法を学び、少しは力をつけたのではと思っていましたが、私の力、これもアルト様から教えていただいたものです。私にできて、お二人にできないことはないというわけです。ただ教わり続けるだけでは、今後もお二人の役に立つなどということは無いでしょう。そうならないためには、私だけの力が必要です。とは言っても、お嬢様の魔法は万能ですから、私独自の魔法などを覚えても、あまり意味が無いでしょう。ですが、当てはあります。ダンジョンでもらった魔導書の中に、なぜかアルト様にも、お嬢様にも見ることが出来ないページがありました。私自身、最初は全く気が付かなかったのですが、ある日、全て読んだはずの魔導書の中に、見知らぬ項目が現れました。お二人に見て頂いても、そこにあるのは、従来通りの項目だと言うばかりです。となれば、私にしか習得できない魔法ということになります。方法は少し複雑そうでしたが、出来ないということはありません。その魔法というのは、いわゆる降霊術の一種で、死後も自我が残るような、強力な人物と契約し、その対象が生前使っていた技術を使用することが出来るというものでした。この魔法使うことが出来てしまえば、契約対象の技術は特に何もしなくても、体に染みついたように使えるようです。となれば私が契約するべき相手は魔法の達人ではなく、体術の達人だと思いました。お嬢様は魔法に長けていると言っても、体術の方は全く技術がありません。魔法が使えない状況に陥った場合、体術をマスターしていれば、きっと役に立ちます。いつでも使える技術ですから、魔法と組み合わせて戦うこともできますし。これならば、きっと力になれるはずです。

 そうと決まれば、早速取り掛かりましょう。今日の作戦でも、私はお嬢様ほど疲れを感じていません。今からでも十分練習できます。

 ええっと、この魔法にはやはり召喚の魔法陣が必要みたいですね。しかも結構な大きさの。魔法陣自体が書けてしまえばあとは何とかなりそうです。どんな人物を召喚したいのかをイメージし、魔力を流す。あとは召喚した対象と契約の交渉をするだけということみたいです。契約対象は、現世に留まることが出来るようになるみたいなので、大方は受け入れてくれるみたいですね。召喚した相手は、契約で縛らない限り自由に行動することも可能で、アルト様とお嬢様のように一緒に行動するということは無いみたいです。契約さえ済んでしまったらどんなに距離が離れていようと、力を使うことが出来るとあるので、そこに関しては特に問題ないでしょう。ですが、この感じだと、魔法陣を書く練習から始めなければなりませんね。複雑な紋様も多いですから、いきなり正確に描くのは無理だと思います。どこかで間違ってしまって、全く別の魔法陣が組みあがってしまうかもしれませんし。

 しばらく、練習した結果、紙面上では正確に描くことが出来るようになりました。あとは大きくするだけですが、この部屋で行うわけにもいきません。場所に関してはお嬢様に相談してみようと思います。またお嬢様に頼ることになってしまい心苦しいですが…魔法陣を書くための道具も手に入れなければなりませんね。ですが、まずはアルト様のことが優先です。今は眠っているだけかもしれませんが、今後何か悪化することがあるかもしれません。オリハルコンの剣を渡せば、精霊の方々の集会に招いてもらえるということになっています。今はそこで解決策が見つかることを信じるしかないありません。あまり悲観的に考えるのもよくないかもしれませんが、ダメだった時のことを考えておかなければなりません。といっても、これ以上私に調べられることと言えば、魔導書の中に何かないか探すということしかできませんが…先の魔法のように、隠された項目があるかもしれません。もう一度よく調べてみることにします。ですが、もういい時間ですし、今日は休むことにします。調べるのはまた後日にしましょう。もしかしたら、精霊の集会で解決できてしまうかもしれません。そうなれば、それが一番です。




 この部屋の中、皆が眠りにつき誰一人として動くことのない、月の光さえ差さない真夜中。ベッドわきに置かれた魔導書だけが突然光を帯びる。だが、それに気が付く者もまた無い。それがたった一つの光明だったとしても。

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