第六十五話 精霊との取引
アルトが目を覚まさないまま、一週間が経過した。その間、私への指名依頼があった、超回復薬を使ってみたり、魔法を使って起こそうとしてみたり、イエレミアスを頼ったりと様々なことを試してみたけど、すべて空振り。せめて原因だけでも分かればと、目利きの義眼を使ってアルトを見てみても、毒に侵されていたり、その他異常があるというようなことは無かった。ただ、睡眠状態だと出るだけだ。その後、アルトが目を覚まさないのには何か理由があり、無理やり起こすのもよくないと考えた私たちは、ここ三日ほどは、特に行動を起こさず様子を見ていた。だけど、事態は一向に好転しない。こうなれば頼れるのはもうたった一人しかいない。先日知り合った、同じ精霊であるテノールだ。気は進まないけど、このままアルトのことを放っておくわけにはいかない。きっとテノールなら、何か知ってるはずだ。精霊のことは同じ精霊が一番知ってるはずだ。
「ん?聖女じゃないか。今日は一人なのか。依頼主とやらを連れてきたのではないのか?」
テノールの住処である大穴にやってくると、先日消化したばかりだというのに、穴には炎が灯っている。さすがに前ほどの勢いはないけど、熱いと感じるには十分すぎる熱量。周りの気温も猛暑なんてレベルじゃない。一人で訪れたのは、アニにはアルトの様子を見ていてもらうことにしたからだ。アニには精霊体のアルトの姿を見ることは出来ないけど、魔力探知を使えば存在の認識はできるし、異常があったらすぐに分かる。
「そのことも説明しなきゃだけど、今日は少し聞きたいことがあって…」
そのまま、私はアルトが昏睡状態に陥った経緯を説明する。こっちの切実な思いが伝わっているのか、テノールも特に口を挿まず、聞きに徹してくれていた。
「なるほど…アルトの奴、毒の耐性がそんなに低かったのか…だが、毒自体は取り除けているようだし、それは関係ないだろう。まあ、精霊が一週間やそこら眠り続けるのは、珍しい事じゃないが、あいつの場合、そんなことは今までなかったんだろう?となれば、やはり、何処かに異常があるということだとは思うが…俺は、そう言った面には疎いからな。力になれそうもない。」
ここも空振りか。となるともう、本当に当てがない。このままアルトが目を覚まさないなんてことになったら私は…
「そんな顔をするな。俺が知らないというだけで、方法がないとは限らない。俺とアルトの他二人の精霊なら何か知っているかもしれない。その中でも、風の精霊は俺たちの中で一番早く生まれた精霊でな。そいつは知識を得ることに貪欲で、ある時代では賢者と呼ばれるほどだった。」
「お願い!!その精霊に会わせて!!」
僅かに見えた光明に縋らずにはいられない。いや、縋らないわけにはいかない。
「ああ。それは構わない。奴がどこにいるかは分からないが、招集をかけることは出来るからな。だが、一つこちらからも頼みたいことがある。」
「なんでもするよ!!」
こっちは形振りかまっていられる状況でもない。今は平気でも、今後どんどん衰弱していくなんてこともあり得る。
「オリハルコンを手に入れてきてくれ。」
オリハルコン。魔力が宿った金。現存するのは、勇者の剣に使われているものだけだとアルトが言っていた。それを手に入れろだなんて、無理以外のなんでもない。そもそも、勇者がどこにいるのかも分からないし。
「今代勇者の手にはまだ渡っていないはずだ。現在、オリハルコンの剣は教会本部が管理している。そこから盗み出してくれればいい。精霊や、魔物は結界に阻まれて、侵入できないからな。」
自分では取りに行けないからってことか。勇者から奪うよりは簡単だと思うけど…
「そもそも、何でオリハルコンが欲しいの?」
「取引のためだな。俺が長年探し求めていた物を手に入れた奴がいてな。そいつがオリハルコンと交換だなんて言い出しやがった。」
精霊と取引?認識できるのは同じ精霊と、上位クラスの人だけのはずだから、良く調べれば相手のこともわかりそう。それに、オリハルコンと同価値の物なんて存在するんだ。
「分かった。やるだけやってみる。成功したときは…」
「ああ。お前を精霊の集会場へ連れて行ってやる。」
精霊の集会場。文字通り、ここに精霊が集まることになるんだろう。アルトはそこについて何か知っていたのかな。
「取引成立だね。」
「互いの利益のために、よろしく頼む。」
私、テノールのことを誤解してたかも。怒りっぽくて、なんとなく意地悪な奴だと思ってたけど、意外と親身になって話を聞いてくれたし。まあ、とんでもない交換条件を出してきたこと以外は、概ねいい奴そうだ。
「じゃあ、私はオリハルコンを手に入れるための計画を考えなきゃだから。」
「待て。依頼主のことはどうなった。」
ああ、忘れてた。というか相当根に持ってるみたいだね。
「依頼主はすでに廃人状態だったよ。私はテノールが何かしたんじゃないかって思ってたけど、違うみたいだね。」
こうなったら、とことん誤魔化すしかないわけで。本当のことを言ったら、せっかくの取引が無駄になる。
「廃人?そいつも消されたってことか…予想以上に敵はデカそうだな…分かった。また何かわかったら教えてくれ。」
勝手に想像を膨らませているのを見ると、さすがにちょっと罪悪感が…
「わ、分かった。じゃあ、今度こそ、これで。」
「ああ。結果を楽しみにしているぞ。」
宿に戻って、テノールとの話をアニにも説明すると、作戦を考えようってことになった。
「まずは、教会本部の場所からだね。実行する前に下見なんかもしておきたいし。」
「お嬢様。教会本部は王都内にありますよ。有名な場所ですから、近づくこと自体は容易だと思います。中へ入るのは、本部の場合、幹部でないとできないようですが。それに、侵入出来たとしても、オリハルコンの剣ともなれば、守りも厳重なはずです。きっと地下や、隠し部屋なんかに保管されていると思います。保管場所を探すのも容易ではないはずです。」
アニは盗むことには反対すると思ってた。バッハシュタインで最初に買い物をする時に、家から、金貨を持ち出したアルトに対して、盗みはだめだって言ってたのが印象深い。私が稼いだお金だったんだけどね。
「オリハルコンは魔力を含んだ金だから、魔力探知で場所はわかるはずだよ。」
「そういえばそうでしたね。ですが、結界の影響も気になります。内部に侵入してから、探知した方がいいですよね。」
「そうだね。とにかく、どうにかして中に入らないと。」
魔法で透明化して入るとかも考えたけど、精霊と魔物を阻む結界がある。おそらく条件は体外に魔力を放出しているものを通さないとかになってるはずだ。精霊の身体は魔力そのものだし、魔物は威嚇か何かをするためだと思うけど、基本的に常に魔力を放出している。量は個体によって、まちまちだけどね。となると、魔法で侵入しようとすれば、魔力を放出することになるわけだから、弾かれる可能性は高い。
「こういうのはどうでしょう。お嬢様の貴族の身分を使って、お布施をするという名目で教会に近づきます。結界さえ突破してしまえば、魔法も使えるわけですから、そこからは魔法を使った隠密行動でオリハルコンの剣を探し出す…」
いいアイデアかも。それでも、相手からすれば突然姿が見えなくなるわけだから、警戒はされるだろうけど、それこそ、透明になれば問題ない。魔力探知が使える人がいたらお手上げだけど、多くの人が持っている技術じゃないから、そこまで問題視しなくてもいい。
「うん。とりあえずそれでいこう。これから下見に行ってみて問題がありそうなら修正ってことで。」
教会にはもちろん二人で侵入するつもりだ。アニはダンジョンでたくさん宝箱を見つけた実績もあって、探し物は得意だろうからね。
「そうですね。アルト様に早く元気になってほしいですから。頑張りましょう。」
その言葉が、オリハルコン奪取作戦開始の合図となった。
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