第五章 眠りの精霊
第六十四話 事件の匂い
かつてないスピードで空を駆け、王都から数分で目的の洞窟へたどり着いた私は、中へ転がり込むように飛び込んだ。周囲に車は止まってなかったから、もしやと思い、収納魔法を見てみると、すでに車が収納されていた。おそらくアルトが入れたんだと思う。まあ、急いでたし使わなかったと思うけど。魔力探知をしてみると、洞窟内に大きな魔力反応が二つと、そこから少し距離を取った場所にも一つ。間違いない。二人はここにいる。だけどどうしてか、詳しい場所が分からない。ただ、魔力を感じるだけだ。もう一つの魔力は討伐対象の魔物だと思うけど、そいつの場所も詳しくは感じられない。二つの反応の近くにはいないということだけが、私が知り得た情報だった。
入り口からの光が届かない、深い場所まで進んでも、二人の姿は見つからない。暗視魔法を使っているから、暗くて見落としたということもないはずだ。その間、テレパシーへの返事もない。少し速足で進んでいくと、この先、急に足場がなくなっているのが見える。穴というよりは、崖に近い。まさかここから落ちたのかな。でも、アルトはアニを抱えたとしても十分飛べるはずだし、それが原因になるとは考えにくい。そうなると、自ら下に降りたっていうことになる。となれば進むしかない。
いつもの浮遊魔法を使って崖を降りていくこと数分。体感的に高さは、百メートル以上あったと思う。これ、ホントに自然発生した洞窟?水が流れてるわけでもないし、こんな崖が出来ることあるんだろうか。洞窟内だから、風で削られたとかもないだろうし…魔物の数もほかの洞窟に比べて極端に少ない。二人が受けた依頼はこの洞窟を住処にしている魔物の盗伐のはずなのに。もう一つの魔力反応が討伐対象ってことだよね。二人とは少し離れてるみたいだけど、いつ襲われるかわからないし急がないと。
軽く魔法で身体強化をしながら走り続け、あと少しで二人のいる場所だというところで目の前に大きな扉が現れる。文字通り、現れた。ついさっきまで、この先も道が続いていて、扉なんて存在しなかった。これはいよいよ人工を疑わざるを得ない。
「これ、どうしよう。」
押しても引いてもビクともしない。そもそも、普通の扉じゃないわけだし、何か特別な条件があるはずだ。
「開錠魔法!」
前王拉致計画の時に創った扉を強制的に開かせる魔法。これを使っても扉が開くことは無い。もしかして、扉の見た目をしているだけで、実際は全然違うものなのかもしれない。魔力探知を使ってみると、やっぱり扉の形はしていない。というか一点に集中して魔力が固まっている。普通はこんなことはあり得ない。人間でも魔物でも、魔力は全体に満遍なく、行き渡っているものだから。物に魔力が宿っているっていうのは、魔道具を除けば見たこと無いし…となればこれは魔道具の一種なのかな。それなら、源になっている魔力を取り除けばいい。魔力吸引魔法を作ろう。精霊魔法があるから、今後役に立つことはなさそうだけど。
「魔力吸引!!」
精霊魔法と要領は同じだから、イメージがしやすくて、いつもより簡単に作ることが出来た気がする。特定の対象から魔力を吸引できるようにしたわけで、目の前の扉から、魔力が流れ込んでくるのが分かる。それが大きくなるにつれて、どんどん存在感が薄れていき、最終的には扉は跡形もなく消え失せた。
「よし。成功。」
扉が消えると、途端に魔力探知の精度が上がる。この扉が探知を妨げている原因だったみたい。アニとアルトの反応はすぐそこだ。急がないと。私は身体強化をかけ直して、二人の元へ疾走を始めた。
「アニ!!アルト!!」
そこからすぐ、二人が苦しそうな表情で、倒れているのを発見する。二人に触れると、浄化が自然に発動する。やっぱり何かあったんだ。
「うっ。」
先に目を覚ましたのはアニだった。
「大丈夫!?」
「お嬢様…?どうしてここに…」
「二人にテレパシーが通じないから、心配になって様子を見に来たんだよ。」
「そう…でしたか。お嬢様は平気なのですか?」
「私は何ともないけど…」
「ここには毒がたまっていると、倒れる直前、アルト様がおっしゃっていました。」
私には浄化があるから毒は効かない。生まれてすぐの毒の沼も耐えきったし。溜まってるってことは気体の毒なのかな。他に毒っぽいものも見当たらないし。というかいつまで浄化を続けても、アルトの目が覚めない。毒自体は取り除けてるはずなんだけど…
「アルト様は昔、何かあったようで毒に対する耐性がほとんどないと言ってました。すぐにこの場を離れようとしたのですが、それよりも意識を失うのが早く…」
アニがその様子を覚えているってことはアルトの方が早く気を失ったってことだ。常人より、精霊の方が耐性が低いなんて考えられない。もしかして、毒の沼に何百年もいたことが関係してるのかも。でも、それなら耐性も付きそうなもんだけど…
「とにかく、ここを離れよう。今は浄化で害はなくなってるけど、毒で溢れかえってるのは変わらないし。」
アルトの体調に影響が無いとも言い切れない。
「いくよ。」
私たちは王都の宿へワープした。
部屋に戻り、アルトをベットに寝かせた後も、完全に毒の影響を消すために、浄化を続けたけどアルトは目を覚まさなかった。肉体から引っ張り出し、精霊体のアルトに浄化を使ってもそれは変わらない。人間の医者に診せたとしても、意味は無いだろうし、今はただ寝かせておくしかない。
「アニ。当時の詳しい状況を教えてくれる?」
「はい。あの洞窟にいる魔物を倒すために、洞窟を進んでいたわけですが、途中で謎の扉が現れまして。」
「それなら私も見たよ。扉の魔力を吸い取って突破したけど…」
「私たちはアルト様の考えで、扉を破壊しました。アルト様の魔法と、私の魔法を合わせて。」
意外と脳筋だよね、アルトって。
「それで問題なく先に進むことが出来たのですが、しばらくして、アルト様がいきなり苦しそうに蹲ってしまいました。その時点では私は特に何も異常を感じていなかったので、何が起こったのか分からず、アルト様に事情を聞いたところ、毒に侵されているということが分かりました。すぐにそこから離れるように言われたのですが、その時にはすでに遅く、私も動けなくなり…」
「そのまま気を失ってしまったということね。」
私がテレパシーが通じないことに気が付いてから、二人の元へたどり着くまで、三十分はかかったはずだ。つまり、その時間以上は毒を受け続けていたことになる。それでも死ぬことは無かったわけだから、そこまで強い毒じゃなかったんだと思う。それなのに、アルトが目を覚まさないってなると、毒に相当弱いのか、別の理由があるのか…
「申し訳ありませんでした…」
アニが心底苦しそうな表情でそう言う。
「どうして謝るの?アニは何も悪くないよ。」
私が付いて行けば、こんなことにはならなかったし、別行動を言い出したのはアルトで、それを受け入れたのは私だ。
「ですが…」
アニは自分だけが助かってしまったことに罪悪感を感じているのかもしれない。
「アニはこうして無事だったわけだし、アルトも死んじゃったわけじゃない。アニが悪いなんてことは無いよ。」
毒が自然発生したとしたら、見通しの甘かった、私とアルトの責任。そうじゃないなら毒を撒いた奴が悪い。あの変な扉といい、誰かが何かを仕掛けたのは明白だ。
「とにかく、今はアルトの回復を待とう。犯人捜しはそれからでいい。」
「犯人?あの毒は誰かが仕掛けたものなのですか!?」
「確証はないけど、可能性は高いと思うよ。無差別だったのか、二人を狙ったものなのかはわからないけど…」
それを聞くと、アニが一気に思考の海へ沈んだのが分かる。今はそっとしておこう。私は何とかアルトが目を覚ます方法を考えないと。
そこから、アルトが目を覚まさないまま、一週間が経過した。
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