第六十三話 拠点作りの第一歩

 叙勲式の数日後、土地斡旋業者から連絡がきたと冒険者ギルドから知らせがあった。そんなわけで早速ブルグミュラーに向かい、事務所を訪ねる。アルトとアニは新しい魔法を試すために、討伐依頼に行っていて別行動だ。アルトはこういう手続きみたいなことが好きじゃないみたい。退屈なんだと思う。

「お待ちしておりました。どうぞお掛けください。」

「土地の購入の許可は下りたってことだよね?」

座りながらそう尋ねる。ここまで来てダメだったなんてことは無いと思いたい。

「もちろんです。許可の方は無事、いただくことができました。これは、領主さまからのお返事のお手紙です。」

そう言って私が使ったのと同じような封筒を差し出してくる。

「土地購入時に、領主さまにお手紙を出す方は一定数いるのですが、お返事を貰ったの見るのは、初めてです。一体何をお書きになったのですか?」

私が手紙に書いたのは、自分が貴族であるということだ。自分の領内に貴族が移り住んでくるわけだから、トラブルを避けるために一応伝えておいた。それに、法律上、貴族からは税金が取れないという問題もある。そんなことになれば、領主側に土地を買わせるメリットがなくなってしまうわけだから、断られるかもしれない。だからこそ手紙に、あくまで冒険者ハイデマリーとして住むということを書いておいた。それなら税金を取っても問題ないし、あとで国から文句を言われても知らなかったで通すことが出来るからね。返事の内容も気になるけど、開けるのは後にしておこう。

「いろいろとね。」

手紙に書いた内容は不用意に教えるわけにはいかない。

「すみません。不躾でしたね。では、代金の方と交換で、領主さまからの許可証と、土地の権利書、あとはご依頼くださった、建築業者への紹介状をお渡しします。」

「これ知ってる?」

王家に支払いが行くっていう魔法のカードを取り出して聞いてみる。

「王家の方が使う後払い用の手形ですね。どうしてそれを?」

知ってるみたいだね。偽物とかそうじゃないとかはどこで判断してるんだろう。

「実はこの前、勲章をもらってね。その報酬として、今回の拠点建設に関わる費用は全て王家が支払ってくれることになったの。」

「そうでしたか。では念のため、改めさせていただきます。」

どうやら偽物と本物を見分ける術はあるみたいだね。日本のお札みたいに、識別のための細かい仕掛けとかがあるのかも。

「はい。確認できました。では、支払いは王家の方に出しておきます。」

しばらくカードを観察した後、そう言った。どうやら問題なかったみたい。当たり前だけどね。

「こちら、必要書類になります。一応、紹介先の建築業者の場所も地図として入れておきましたので。先日の王宮再建にも関わった、超一流の業者ですので、大抵のことは受け入れてくださいますよ。」

超一流か。それならいい拠点が作れそう。お金も気にしなくていいし。地図を見てみると、場所はこの町の中みたいだね。王都にあってもおかしくないと思ったけど、土地があんまりない場所に店を構えていても、仕事があんまりないんだと思う。あったとしても、改修工事くらいだろうし。

「へえ。ありがとう。近いうちに、三人で行ってみるよ。」

私一人で行くわけにはいかない。アニとアルトにも、どんなふうにしたいとか希望があるはずだ。

「じゃあ、私はこれで。」

「はい。また何かございましたら、お気軽にご相談ください。」



事務所を出た後、砂糖作りをしている、レルナー蜜店に向かうことにした。アニとアルトに合流してもよかったけど、二人から、テレパーシーを通した連絡もないため、特に危険な目に遭っているということも無さそうだし、私が行ってもアニの練習のためなんだから、あんまりすることがない。

「あら、こんにちは。ハイデマリーさん。」

店に入ると、店主であるハンネから声を掛けられる。

「こんにちは。甘粉の生産状況はどう?」

「順調よ。無事に土地も買うことが出来て、畑として、運用を開始するところまで来てるわ。寒くなるころには収穫までできそうね。もちろん野生のキビから砂糖を作ることも進めているけど。」

ほう。仕事が早い。収穫まで一年くらいはかかると思ってたけど、もう少し早めに採れるかもしれない。

「ところで、今日はアルトさんとアニさんはいないのね。」

「二人なら、今日は冒険者としての仕事をしてるよ。私は拠点を作るための手続きに来ただけ。」

「拠点?あなたたちこの町に住むことにしたの?」

「言ってなかった?住むって言っても、冒険者としていろんな場所を、飛び回ることになるだろうから、ずっといるわけじゃないけど。宿屋に泊り続けるのも不経済だし、この町なら甘いものが食べ放題じゃない?そこも気に入ったからね。」

「そういうことだったのね。どのあたりに拠点を?」

「北側の広い土地だね。貴族の屋敷くらい大きいのを建てる予定。」

「そうよね。Aランク冒険者だもの。その規模の屋敷に住んでも、全然おかしい事じゃないわ。」

他のAランク冒険者はどんな生活してるんだろう。いつか会うことがあれば、聞いてみたいところだ。

「完成したら、遊びに来てね。」

どうせなら、知り合いを呼んで完成記念パーティーでもしようかな。

「ええ。是非。」

「楽しみにしててね。じゃあ、どうせなら何か買っていこうかな。」

といっても、こっちに来てからほとんど料理してないし、食材も詳しく知らないから、蜜の使い道はパンにつけたりするくらいかな。

「パンに合う蜜がほしいかな。何かお勧めある?」

「パンに合うものなら、パイやケーキに使われているものがいいかしら。蜂蜜やこの木から採れる蜜がお勧めね。味見してみる?」

そう言って、小瓶から小皿に蜜を移し替えている。見た目じゃ詳しいことは分からないから丁度いい。

「どうぞ。」

差し出された蜜をスプーンを使って舐めてみると、初めて食べた味だった。たぶん前世には存在していないか、一般的に普及していたものじゃないと思う。味としては、ブルーベリーとメイプルシロップを混ぜたような味。甘い中に酸味があっておいしい。これなら確かにパンに合いそう。ジャムが入った蜜って感じだね。

「うん。気に入った。じゃあ蜂蜜と合わせて貰っていくよ。」

代金は銀貨二十枚。私たちが契約した内容に蜜については入ってないから、普通に支払う。

「はい。じゃあこれね。」

紙袋に蜜の入った瓶が二つ詰められ、手渡される。前世で言うジャムが入った瓶くらいの大きさだね。

「ああ、そうそう。ハイデマリーさん。一つ、お願いしてもいいかしら。」

ハンネからそう告げられる。もしかしたら依頼かな。

「依頼でもあるの?」

「そうじゃないんだけど、うちの商品にAランク冒険者御用達って感じで、宣伝を加えてもいいかしら?」

「そんなこと?全然いいよ。契約内容に、私の名前は使っていいってあるでしょ?」

「あの時の意味合いだと、用心棒的な意味が大きかったから、確認しておこうと思って。」

確かにそういう話だったけど、私に害があるような使い方じゃなければ、問題ない。

「なるほどね。まあ、それについては大丈夫だよ。どうせなら、大々的に甘粉を売り出すときにも使っちゃって。」

「助かるわ。」

Aランク冒険者の肩書でどれくらい宣伝効果になるかは分からないけど、やれることはやっておいた方がいい。他にAランク冒険者の名前を使ってる所なんてないだろうし、物珍しさで買う人も増えるかもしれない。

「さて、いい買い物もできたし、そろそろ帰ろうかな。」

「ええ。また何時でもいらしてね。」

ブルグミュラーでやることも終わったし、アルトたちに合流しようかな。向こうもそろそろ依頼を終えてるだろうから、迎えに行かないと。

(アルト。聞こえる?)

テレパシーで呼びかけてみるけど、返事がない。

(アルト、アニ、聞こえないの?)

テレパシーはどんなに離れていてもコンタクトが取れる。これは実験済みだ。それなのに二人の返事がない。ということは、二人とも意識がないか、返事をすることが出来な状況にあるってことだ。物理的に口をふさがれていたりしても、テレパシーは使えるはずだから、意識が無いというのが濃厚だとおもう。でも、アニだけならまだしも、アルトが付いてる状況で、そんなことになるとは考えられない…嫌な予感がする。とにかく、二人が向かった洞窟に行こう。確か王都から、少し離れた場所って言ってた。車は二人が使ってるから飛んでいくしかない。一旦、王都にテレポートで戻った方が早いか。

 不安と焦り、どうしようもない嫌な予感と共に私は移動を開始した。

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