第六十話 火の精霊
『おい!!俺の家をこんなにしたのはお前らか!!』
謎のテレパシー介入者の姿を探しても、見つからない。そもそも、誰かの家を壊したりなんかした覚えはない。私は炎を消しただけだ。
「戻らないんですか?」
手をつないだままのアニがそう言う。
「今の声、聞こえなかったの?」
「声ですか?私には何も…」
アニには聞こえてない声。となると正体は限られる。その正体と親しいであろうアルトの顔を見てみるとうんざりしたというような表情を浮かべている。
「ねえ、アルト。この声ってやっぱり――」
『この俺を無視するとはな。お前、聞こえているんだろう?この火の大精霊テノールの声が!!』
やっぱり、精霊の声だったか。そりゃ、アニには聞こえないわけだ。聞こえた声はテレパシーじゃなくて、精霊の声だったってことだね。
「面倒な奴とかち会ったわね。さっさと逃げるわよ。」
「いいの?火の精霊なら、知り合いでしょ?」
「火の精霊がこの場にいるのですか!?」
おっかなびっくりといった感じでアニが声を上げる。
「そう。なんか家が壊された―って言って怒ってる。」
まさか、この大穴に住んでたってこと?よく考えてみると、アルトが昔、住んでいたのも、毒に汚染されたとはいえ、湖だった。そうなると、火の中に住んでいたっていうのも、おかしな話じゃないのかも。水の精霊は水の中、火の精霊は火の中に住むってことだ。
「なるほど。あの火の穴の中に火の精霊が住んでいたってわけですね。」
そうなると、何も言わずに逃げ帰るのは気が引ける。依頼とはいえ、こっちは人の家をいきなりぶっ壊しちゃったわけだし。
「いきなり家を壊しちゃって、ごめんなさい。でも、私たちは依頼を受けてきただけなんです。悪いのは全部その、依頼を出した人なの!!」
こう言っておけば、何とか責任を逃れられるかもしれない。
「依頼?だったら、その依頼者を連れてこい!!俺が直々に裁きを下してやる!!」
怒りの矛先が、私たちから依頼主に移すのに成功した。まあ、依頼を出したのはブルグミュラーの領主の関係者らしいから、実際に連れてくるわけにはいかない。そんなことしたら、土地購入の許可が下りなくなる。いっそのこと、瞬間移動で王様でも拉致って連れてこようかな。すっきりしそうだし。
「ハイデマリー。あんな奴無視でいいのよ。無視で。早く戻りましょう。」
相当嫌ってるみたいだ。確かに水と火ってことから考えても、相性は良くなさそう。
「じゃあ、依頼主を連れて来るから、しばらく待っててね。」
こう言い残しておけばここから逃げても問題ない。アルトが嫌がってるし、さっさと離れよう。一応、謝ったしね。
『というか、お前はなぜ俺の声が聞こえる?見た所ただの人間だろう?』
去り際に、そんなことを言われる。まあ、隠しとく理由もないし、そもそも、本当のことを言う以外に説明ができない。何も言わずに逃げて、せっかく逸らした怒りを買うのも嫌だし。
「それは、私が聖女――」
そこまで言うと、つないでいた手を振りほどいたアルトが、私の口を塞いだ。
『聖女?そうか、お前が聖女だったのか。まさか、あいつらより先に俺が会うことになるとはな。そういえば、アルトの奴はどうした?契約したんだろ?』
アルトは私が聖女だっていうことを知られたくなかったみたいだ。その甲斐もなく、ちゃんと聞こえてたみたいだ。でも、あれ、聖女だって言うだけなら、アルトのことはバレないと思ったんだけど。アルトは私の口を塞いだのは、自分がここにいることがバレたくなかったからかもね。。
「アルトなら、今は別行動だよ。」
アルトが口を塞ぐ手を軽く押しのけてそう言った。知られたくないみたいだし。アニはテノールの声が聞こえてないだろうから、私の口を塞ぐアルトを見ても、わけわかんない状況だろうね。
『ふん。そうか。まあ、その方があいつにとってはいいか。俺のことが気に入らないみたいだからな。』
あれ、お互いが嫌いなわけじゃないんだ。どっちかというと、アルトの方がテノールのことを嫌ってるみたいだね。火と水の性質から見ると、テノールの方がアニのことを嫌ってそうなのに。
「とにかく、私たちは戻るね。今度、依頼主を連れてくるから。」
この一言で、怒りの気配が無くなっていたテノールの雰囲気が、元に戻ってしまった。これ以上ここにいると、飛び火してきそうだし、さっさとワープしちゃおう。
「それで、なんでテノールのこと嫌ってるの?」
ブルグミュラーの冒険者ギルドで、報告を終えた後、宿屋に戻った私はアルトに詰め寄っていた。ちなみに、精霊の声が聞こえないアニには簡単に事の顛末を説明しておいた。
「私、他の精霊嫌いなのよ。あいつら、自分勝手で周りのことを一切考えない。だからあんなところに、炎の大穴なんて作るのよ。おかげで、辺りは死の土地だわ。」
テノールが嫌いなんじゃなくて精霊が嫌いなのか。ほかは、風と雷の精霊だっけ。そっちも、変な物を作ってそうだ。
「精霊って、人間の間ではものすごく力があって、慈悲深い、神のような存在として語り継がれてますが、実際はそんなこと無いみたいですね。」
「そんなのアルトを見てれば分かるでしょ。」
確かに力はあって身内には優しいけど、金に目が無いし、私たち以外には結構冷たい。慈悲深いなんてことは無いね。
「アルト様はお優しいじゃないですか。」
「私たちには優しいけど、それ以外にはそうでもないでしょ?」
「敵対する者に対して優しくないのは当然では?」
「それはそうなんだけど。私が言いたいのは、神様のように誰にでも慈悲深いなんてことは無いってこと。」
「そう言われればそうですね。精霊の伝承は全く信用できなくなりました。」
「普通の人間は精霊を見ることすらできないんだから、伝承があてにならないのは当り前よ。」
アルトがそんなことを言った。そりゃそうだ。
「それよりも、依頼主を連れていくなんて言ってよかったの?あいつしつこいから、放っておくと絶対追ってくるわよ。」
「ああ、それなら大丈夫。本当の依頼主を連れていくわけじゃないから。今度、国王が変わるでしょ?それで役立たずになる今の王を連れて行こうと思って。あいつには恨みもあるし、スカッとしそうでしょ?」
「いいわね!!」
アルトが面白そうといった顔でそんなことを言う反面、アニの顔はちょっと複雑そうだ。
「ただ引き渡すだけでは、面白くないですからね、その前に、何か仕返ししてやりましょう。」
違った。面白い仕返しを考えているだけだった。反対すると思ったけど…アニのブレーキがよくわからない。
「じゃあ、叙勲式の時にでも拉致ってこようか。もちろん、私たちがやったってバレないようにね。バレたら勲章で貰える年金がもらえなくなるかもしれないし。」
そんな不意な形で、王への復讐計画が幕を開けた。
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