第五十九話 炎の大穴

 無事、ブルグミュラーで消えない炎の消火依頼を受けられた私たちは現場に急行していた。これだけ聞くと、まるで消防士か何かみたいだね。現場である炎の大穴は文字通り大穴で、小さい湖くらいのサイズがある。周りに動植物の気配は一切なく、荒野そのものだ。

「これじゃあ、普通は近づけないわね。」

アルトは水の精霊だからか、暑さに弱いみたい。この辺りはものすごい熱にあふれていて、生身で入ったら、途端に燃え上がっちゃいそうだ。そうならないために、私たちの周りを冷却魔法で冷やしている。エアコンみたいな感じだね。日本の夏に欲しかったよ。こっちの夏はそこまで暑くないから、この使い方はあんまり役に立たなそう。

「さて、いざ消火と行こうか。」

「これを消すって言ったら、とんでもない水の量がいるわよ。」

やっぱりアルトも水で消すと思っているみたい。

「火を消すのには水をかけるだけじゃなくて、いろんな方法があるんだよ。」

「いろんな方法ですか?」

「そう。いくつか思いつくけど、今回使うのは密閉する方法かな。」

「密閉しただけで、火が消えるんですか?」

「消えると思うよ。火が燃え続けるには、空気の中にある酸素っていう成分が必要なんだけど、密閉することでそれが供給されなくなるから、中にある酸素が燃え尽きたら、消えると思うよ。」

こっちの世界にしかない物質、魔力が絡んでくると、そうとも言い切れないかもしれないけどね。まあ、この炎に魔力は関係してないと思うけど。

「へえ。そうなのね。魔力をエネルギーに燃えてる火はどうなるのかしら…」

アルトも私と似たようなことを考えてる。まあ、そこの考えに行きつくのは当たり前だ。

「とにかく、密閉すればいいってわけですね。でもこんな大きな穴を閉じるとなると…」

「もちろん、私の魔法を使う。フィルター魔法っていう特定の物質を通さない膜を張る魔法をさっき創っておいたから。」

ここまで移動する間に創っておいた魔法だ。これはバリアとしても使えそうだね。相手の攻撃を通さないみたいな条件で構築すればいい。

「ホント、あなたの発想力には脱帽だわ。」

まあ、前世の知識のおかげではあるんだけど。

「さて、じゃあやってみようか。」

穴全体を膜で覆うイメージで、条件は気体と一応、魔力も通さないようにするってことで。意識を集中しすぎて、冷却魔法が解除されないようにしないと。ちなみに、この魔法のトリガーは条件を設定するってことにしてみた。そうすれば、ワンアクション短縮できると思ったからだ。まあ、失敗するかもしれなかったんだけど。

「これでよし。あとはしばらく待つだけだね。」

魔法を発動すると、穴の上にうっすら透明な蓋が見えるようになった。イメージ通り、これなら中の炎の様子も見える。

「ちょうどいいから、さっき思いついた魔法の技をアニに教えちゃおうかな。」

「魔法の技?普通の魔法とは違うんですか?」

「うん。単純な魔法じゃなくて、この前手に入れた魔道具を組み合わせるの。」

「となると、電撃の魔道具ですよね。」

正解だ。水をきれいにする魔道具も、火をつける魔道具も、戦闘には使えない。火の方は使えるかもしれないけど、水魔法と親和性が低すぎる。

「そう。手順としては、まず水魔法で敵を濡らす。水の球に閉じ込めるでも、水の刃を当ててでもいい。そしたらその濡れた敵に向かって、電撃を打つ。」

この世界には電気というものが雷くらいしかないから、それに関する知識もほとんど存在していない。雷に打たれたら痺れて死ぬよ。くらいなものである。もちろん水に濡れたものは電気を通しやすくなるなんてことが知られているわけがない。

「どうして、濡らす必要があるの?」

アルトですら知らないみたいだし。

「濡れてるものって、電気を通しやすくなるの。だからこれをするだけで、電撃の威力が格段に上がると思うよ。」

「そうなんですか…今度試してみます。」

「そうなると、電撃の魔道具、私も欲しくなるわね。水魔法と相性いいみたいだし。」

「私が作ろうか?ダンジョンで手に入れた透明な魔力炉を使えばできるかもしれないよ。」

こう言っとかないと、アニがアルトに魔道具を渡しちゃいそうだ。

「電撃を打つくらいなら、低品質の魔力炉でもいけそうね。お願いしてもいいかしら。」

「じゃあ、今度作ってみるよ。」

車を作れたんだから、そのくらい朝飯前だ。



そんな感じで、適当に雑談しているうちに、ほとんど火が消えかけている状態になっていた。だからと言って、水をかけるなんてことはしない。私が水をかけないで、酸素の供給を断って消火しようとしたのには理由がある。この近くに宝石が出る鉱山があるっていうのが、関係しているんだけど、その鉱山について、依頼を受けたときに詳しく聞いてみた。そしたら、金属なんかも取れるってことが分かった。となると、その鉱山からほど近いこの辺の地面にも金属が含まれているかもしれない。その金属が炎の影響で溶けていた場合、水に触れてしまうと、蒸気爆発っていう爆発が起こる可能性がある。このことは、前世の仕事で鉄の精錬所に行ったときに教えてもらった。最初から、酸素供給を断って消火するつもりだったから、よかったけど、これを思い出していなければ、最後の方は普通に水をかけて消していたかもしれない。

「もうほとんど消えかけね。完全に火が消えるのを確認してから、冒険者ギルドへ報告に行きましょうか。」

「これ、ギルドはどうやって確認するんでしょうか。」

確かに、魔物の討伐や、お使い依頼と違って明確な証拠が無いって思うのは理解できる。でもそこらへんは、ギルドもしっかり考えている。

「この魔道具を使って、証拠を撮るんだよ。」

私が取り出したのは、昔のカメラみたいな形をしている魔道具。もちろん機能もカメラそのものだ。叙勲式の時に記録するって話だったから、存在するんだろうとは思ってたけど、こんなに早く自分が触れることになるとは思わなかった。

「これは、記録の魔道具って言ってね、これを使って、景色を写すと現実そっくりな絵が、この下のところから出てくるんだって。ものすごく高価だから、絶対に壊すなって念押しされちゃった。」

写真を知らない人にそれを教えるのは難しい。実際に見せた方が早いと思う。火が消えた大穴の中を一枚撮影すると、某インスタントカメラみたいな感じで、写真が出てきた。

「ほらね。こんな感じ。」

現像されたのは、前世の写真より少し画像の粗い写真。炎が消えてることは、まあわかる。これなら、大穴を別角度で何枚か撮って持って帰れば大丈夫だと思う。

「面白い魔道具ね。」

アルトも知らないってことは最近開発されたのかな。

「これで撮った?絵を持って帰れば証拠には十分ですね。」

撮るって言い方には馴染みが無いからかちょっとぎこちない。

「じゃあ、あと何枚か撮って戻ろうか。」




大穴の撮影会が終わるころには、日が沈むくらいの時間になっていた。明るいうちに撮影できてよかったよ。この魔道具にフラッシュの機能なんかはついてないからね。

「じゃあ、ブルグミュラーに戻ろっか。」

いつものように、二人に手を差し出した、その瞬間だった。

『おい!!俺の家をこんなにしたのはお前らか!!』

アニとアルト以外の声が聞こえるはずのないテレパシーで、誰かが大声でそう叫んだのが聞こえた。

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