第五十六話 叙勲式の打ち合わせ

 ブルグミュラーから戻ってからの数日間、私たちは拠点作りに向けて、情報収集をして過ごしていた。どこに行けば土地を買えるのか、どこに建造を頼めばいいのか、使用人を雇うにはどうすればいいのかなど、調べなきゃいけないことはたくさんある。そんな感じで忙しなく過ごしていた私たちのもとに来客が来た。

「こんにちは。叙勲式の打ち合わせに参りました。王宮式典管理部のノーラ・エストマンです。」

昼下がりに、私たちの泊まっている宿を訪ねたのは、三十代後半くらいの女性。長い黒髪に、鋭い切れ目でキャリアウーマンって感じの雰囲気だ。だけど、その顔色には明らかに疲れが見える。たぶん戴冠式の準備とかで馬車馬のように働かされているんだろうね。前世の私と同じような顔色をしている。

「では早速始めさせていただきます。まず、叙勲式の日程ですが、戴冠式の翌日、今から四日後となります。当日は王宮からの迎えの馬車が参りますので、こちらで待機していて下さい。王宮へ到着いたしましたら、そのまま叙勲式となります。新王陛下が直接、勲章授与をなさるのでくれぐれも失礼のないようにお願いします。」

「失礼なのは向こうでしょ。」

ぼそっと隣に座っている私にしか聞こえないほどの小さな声で、アルトが呟いた。言いたい気持ちは分かるけどね。

「続いて、作法についてですが、今回の叙勲式は大々的に行うのではなく、略式的におこなうものなので、そこまで気にしなくても大丈夫ですが、最低限はわきまえてください。」

これはこっちに対する配慮だと思う。本来なら、王の前なわけだから、頭を下げたり、色々面倒なことを気にしなきゃいけないけど、私とアニはともかく、アルトが王に頭を下げるなんてことは絶対にない。無理やりやらせて、反感を買うことを避けたいって王家側の考えが見える。

「あとは服装についてです。こちらは正装でお願いします。略式的な叙勲式ですが、魔道具を使って、記録を残すので。」

記録を残すのに、服装を気にするってことは写真でも撮るとしか思えない。カメラに近い魔道具があるんだろうね。まあ服に関しては、こういわれると思ったから、事前に買ってある。私は前回王宮に行った時の服があるからいいけど、アニとアルトはちゃんとした服は持って無かったからね。今まで買ってたのは、動きやすかったり、着心地がいい服ばっかりだったし。

「こちらから説明することは以上ですが、何か聞いておきたいことなどありますか?」

「王族と、私たち以外で参加する人はいるの?」

一応聞いておく。もし他の貴族が参加するってなると、冒険者ハイデマリーが、ハイデマリー・キースリングと同一人物だとバレるかもしれない。お披露目に参加した貴族なんかは私の顔を知ってるからね。それに、私の捜索依頼が出されたのと同時期に、冒険者として活躍し出した同じ名前の冒険者。すでに疑われていたとしても、全く不思議はない。もし、冒険者としての私と、貴族の私が同一人物だとバレたら、イコールで私がある程度の資産があることもばれてしまう。そうなれば貴族からの接触は避けられない。今はキースリングの家の方に向かっているからいいものの、私が単独行動をしていると知れば、絶対に家を通さず、直接接触してくる輩が出てくれる。そんなことになれば、面倒くさいことこの上ない。

「王とその側近以外の参加予定は、キースリング伯爵とその妹様が希望を出しているだけです。参加の理由は存じ上げませんが、おそらく通ることとなるでしょう。参加希望受付はすでに締め切られているので、その他の参加者はいませんね。」

エーバルトとオリーヴィアは参加するみたいだ。二人が参加したことが分かれば、冒険者ハイデマリーとハイデマリー・キースリングの関係が確定してしまう。まあ逆に言えば参加したという事実さえ知れ渡らなければ問題はない。一応、会った時に、軽く口止めでもしておこう。

「私からも一ついいでしょうか。今回のダンジョンマスターという勲章が最後に授与されたのがいつかわかりますか?」

アニがそう質問する。どうしてそんなことを聞いたのかは分からないけど、式典を管理している部門の人なら知ってはいるだろうね。

「確か四十年ほど前だったと思います。先々代の勇者だった方が叙勲されました。」

先々代の勇者がどこかの高難度ダンジョンを攻略したってわけか。それにしても四十年前で先々代か。聖女みたいに条件を無理やり変更されたわけじゃないだろうから、一定周期で存在しているのは分かるけど、四十年で二代、現在に有者がいるとすれば三代。そう考えるといくら何でも代替わりが早すぎる。この世界の平均寿命は大体六十年前後。だけど上位クラスになれば、確実にもっと寿命が延びるってアルトが言ってた。だからこその違和感。勇者と聖女は同時に二人以上存在することは無いから、すごく早死していることになる。これには何か裏がありそうだ。

「そうですか。ありがとうございます。」

言い方からして、期待していた答えではなかったみたいだ。

「ほかに聞きたいことが無いのでしたら私はこれで。」

もう特に聞くことも無いから頷くと、アルトとアニも同じように頷いた。

「では、四日後の朝十時に馬車を向かわせますので、準備を整えておいてください。失礼します。」

それだけ言い残し、ノーラは去っていった。

「アニはなんであんなこと聞いたの?」

言葉の裏からいろいろなことを推測することが出来たから、いい質問ではあったわけだけど、アニがその質問をした意図は読めない。

「もしかしたら、Sランクに上がるための偉業に足るのではないかと思いまして。まあ過去に叙勲を受けたのが冒険者ではなかったので比較はできませんでしたが…」

なるほど。そういうことだったのね。確かに叙勲を受けるくらいの偉業ならSランクになってもおかしくないけど、ギルド側から何も言ってこないってことはやっぱり違うんだと思う。そもそもどれくらいの偉業なのか具体的には全く分からない。Sランクになった人たちは同じ事件を解決したらしいけど、どんな事件だったんだろう。

「まあ、Sランクはともかく、アニのランクが上がるっていうのはあると思うわよ。今度ギルドに聞いてみましょう。」

アルトがアニにそう声を掛ける。まあダンジョンの攻略は依頼ではなかったから、ランクアップのためのポイントにはなっていないけど、検討くらいはしてくれると思う。依頼として達成したのはケルベロスとパーゼマン商会からのものだけだ。ケルベロスを受けたときはまだパーティーを組んでいなかったわけで、アニにポイントは入っていないし、パーゼマン商会の依頼のポイントなんて、ただのお使いみたいなものだから、微々たるものだと思う。

「そうですね。ランクが上がった方が社会的信用も上がると言ってましたし…」

アニも思案するようにそう言った。

「じゃあ、いまから早速行ってみる?ちょうど聞きたいこともあるし。」

行くといっても、ブルグミュラーの冒険者ギルドだけどね。

「そうね。情報収集の方もあるし行きましょうか。」

「じゃあ、手を出して。」

ブルグミュラーに行くとは思っていないのか、よくわからないといった顔で手を出すアルト。アニは気が付いてるみたいだね。

「じゃあ、いくよ。」

そんなわけで私たちは再び、ブルグミュラーへと一歩を踏み出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る