第五十三話 商談の始まり

 そんなわけで、地図に示されている場所に到着した私たち。そこは想像していた養蜂場みたいな場所じゃなくて、普通のお店だった。「レルナー蜜店」と看板が出ている。

 「ごめんくださーい。」

そう声を掛けながら店に入ってみる。中は蜂蜜だけじゃなくていろんな蜜が売ってるみたい。知ってるものだと、メープルシロップみたいなのがある。あとはあんまり見覚えはないかな。魔物とか特有の植物から作られてるのもあるのかもね。というか特別に取引なんてしなくても、普通に購入できる感じだ。帰りに買っていこうかな。

「いらっしゃいませ。」

出てきたのは、二十代後半くらいのお姉さん。

「こんにちは。パーゼマン商会からの依頼を受けて、冒険者ギルドから来た者ですが…」

アニがそう声を掛けてくれる。初対面の人には、子供の私が話すよりそっちの方が効率がいい。

「ああ、はいはい。冒険者ギルドから連絡が来てましたね。用意していますよ。」

冒険者ギルドには、FAXみたいな道具があるって言ってたし、それで連絡したんだろう。パーゼマン商会が手紙か何かを送っていたとしても、まだ着いてないだろうし。

「一応、身分証を見せてもらってもいいですか?」

まあ、本人確認は重要だ。蜂蜜パイの値段からしても、安いとは言えないだろうし。今回の依頼は、私の名前で受けたわけだから、私の身分証を出さないと。

「はい、これ。」

ちょっと困惑した様子で私の身分証を見つめるお姉さん。

「驚いたわ。あなたがハイデマリーさんなのね。Aランクの方が来るって聞いてたから…」

まあ、普通に見ただけじゃ私がAランクだとは思えないだろうね。

「この子、こう見えてもすごい魔法使いなのよ。」

こんなくだり前にもあった気がする。

「なるほど、そうでしたか。確かに魔法に年齢は関係ないとも聞きますし。」

熟練度って意味では全くの無関係とはいえないと思うけど、まあ呪文を使った魔術なら発動さえできれば関係ないのかな。使えないから知らないけど。

「では、注文のものをお渡ししますね。失礼かもしれないけど、ホントに大丈夫?ものすごい量だけど…見た所、馬車なんかもないみたいだし…」

「平気だよ。魔法で運ぶから。」

「そ、そう。なら店の裏に用意してあるから、付いてきてもらっていいかしら。」

 言われるがまま、カウンターの奥を通ってお店の裏へ。そこには、特に目立ったものもない、策で囲まれた、空き地が広がっていた。庭みたいなものだと思う。広さ的にはテニスコート一面分くらいかな。そこを挟んで向こう側に、店より大きい建物が見える。

「これ全部よ。」

言われた方を見てみると、十や二十じゃ収まらない木箱の山がピラミッド形式で詰まれていた。

「思ってたより全然多いや。」

収納魔法に入れちゃえば関係ないからいいけどね。でも、さすがにあの量を一気に入れられる大きさの入り口を開けるのは無理だ。車を入れる入り口の三倍は必要になっちゃう。

「じゃあ、早速しまっちゃおっか。」

ちょっと大きめの入り口を開けて、どんどん放り込んでいく。一つ一つにそこそこの重量があるから、結構時間が掛かるかも。

「この穴に入れればいいのね。」

どうやら店のお姉さんも手伝ってくれるみたいだ。これなら意外と早く終わりそう。

「そういえばあっちの建物はなんなの?」

作業をしながら、アルトがそう聞いた。私もちょっと気になってたからちょうどいい。

「あっちは工房ね。蜜を作る蜂を育てたり、植物からとった蜜の純度を高めたりする作業をしているわ。最近はそれ以外にもいろいろ開発してるのだけど。」

「いろいろ?」

「この町の名産は甘い物なのは知ってるかしら。今までは蜜や果物から作られるものが多かったのだけど、それに代わるものが最近見つかってね。きびっていう植物からとれるものなんだけど、生産がうまくいってないのよね。」

それに甘いものが特産品なんて夢のような町だね。

「もしかして作ってるのって砂糖のこと?」

今度は私が聞いてみる。

「さとう…?私たちは甘粉(かんぷん)って呼んでるけど、それが塩のような見た目の、甘い粉のことなら正解よ。」

甘い粉…間違いない砂糖だ。ようやく出会えた。でも、ちゃんと作れてるわけではないみたいだね。

「ちゃんと作れてないってどういうこと?」

砂糖もできれば手に入れたい。これがあるだけで一気に幅が広がりそう。自分で作ったことは無いけど、作り方を知ってるお菓子もいくつかあるし、料理人でも雇えば再現もたぶん出来る。

「完全に作れてないってわけじゃないのよ。一部のお店ではありがたいことに使ってもらえてるんだけど、原料になるきびって植物の量産ができてないのよ。自生しているものに頼ってる状態なんだけど、そもそも数が少ないし、全然供給が足りていない状況なの。汎用性が高いものだから、大量生産したいとことなんだけど…」

砂糖を作ること自体は出来るけど、素材が足りないってわけか。

「きび畑を作るのは無理なの?」

そもそも、サトウキビを育てること、量産が技術的に難しいのかな。サトウキビって確か、きれいな水がないと上手く育たないんじゃなかったっけ。問題があるとすればそのあたりなのかな。

「資金的な問題でね…今もパーゼマン商会さんからの大量注文のおかげで何とかやっていけてるって状態なの。」

なるほど、技術的には可能ってわけか。まあ、この世界は工業が発展してるわけでもないから、汚い水とは無縁なのかも。ようするに、お金の面さえ解決できれば、砂糖という宝の山がわんさか手に入るわけだ。となればやることは一つ。

「私が出資するよ!!」

こうすればすべて解決だ。向こうは砂糖で商売ができて、私は砂糖が手に入る。もちろん条件はちゃんと詰めなきゃだけどね。

「出資というのは…」

頭に?を浮かべた三人。もしやそういう制度は一般的じゃないのかな。

「出資っていうのはね、簡単に言うと、事業に必要なお金を、第三者が出すことだよ。もちろん、無条件ってわけじゃない。なにかリターンはもらうよ。今回の場合は甘粉の優先提供ってところかな。まあ、詳しい条件は正式に決まってからにするとして、どうする?この出資、受ける?受けない?」

アルトとアニはポカンとしている。まあ、こういう話になるとおいてきぼりになっちゃうのは、仕方ない。

「それは願ってもない話です。ぜひお願いします。」

さっきまでの砕けた口調とは変わって、礼儀正しい言葉でそう帰ってきた。このお姉さんの店での立場は、決定権を持ってる場所ってことだね。もしかしたら、店主というか経営者の可能性もある。資金繰りのことも詳しく知ってるみたいだし。

「それなら商談と行こうか。」

もうすぐ荷物も仕舞い終える。この世界に来てまで商談をすることになるとは思わなかったけど、ブラック企業で鍛えた腕の見せ所だね。

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