第四十四話 パーゼマン商会へ

 二人が立ち去った後、アニの表情は深刻なものだった。せっかく、甘いものを食べて、いい気分だったのに、あんなことを知れば無理もない。徐々に体力を奪い、最終的に死に至らせる呪い。そんなものがかけられていたなんて…

「元気出して。もう解除されたんだから…」

そう声を掛けてみる。

「いえ、私のせいで、金貨を三十枚も…」

え、そっち?もしかしたら死んでたかもしれない。その恐怖とかで暗くなっているのかと思った。

「そんなのはいいんだよ。あれはみんなで稼いだお金だし、三十枚くらいまたすぐに稼げるよ。」

お金を稼ぐために受けた依頼。その成功にはアニの存在が欠かせなかった。ケルベロスに関してはそんなにかもしれないけど、ダンジョンで、宝箱のほとんどを見つけたのはアニだ。それ以外にも、日々の生活で、大きく支えてもらっている。彼女がいなければ、朝、決まった時間に起きることだってできない。…それだけ聞くとダメ人間みたいだ。まあ、私八歳だし許されるよね。

「それにしても、王族にあの女、迷惑な話ね。これは少しお灸を据えてやらないとダメかしら…」

きっと王族に対してだろう。相当怒ってるみたい。

「さっきので、十分じゃない?さすがにあれを聞いて何か仕掛けてくることはないでしょ。それに王族なんかに、これ以上時間を奪われたくない。」

王都と、国の貴族全員を人質に取った。王宮を破壊するのとはわけが違う。

「それもそうね。この話はもういいわ。明日はさっきのナントカ商会にいくんでしょ?」

暗い話を続けていても、気分が落ちるとばかりにアルトがそう言う。

「パーゼマン商会です。」

そんな名前だったね。

「でも紹介状が無いと買い物できないんじゃなかった?」

エーバルトがそう言ってた。書いてくれるって言ってたのに、結局そのまま帰ってしまった。

「そんなものなくても平気よ。それを使えばいいじゃない。」

そう言って指をさした先にあったのは、置きっぱなしだった私の貴族としての身分証。

「キースリング家がその商会に出入りできるんだから、関係者であることさえ証明できれば紹介状なんて必要ないんじゃない?」

「確かに…言われてみれば、八歳の妹を客として紹介するなんて変な話だし…」

身分証さえ見せてしまえば、おつかいとでも思われて通してもらえそうだ。まあ貴族の令嬢がおつかいに出るかと言われると微妙なところだけど。

「とにかく、明日、行くだけ行ってみようか。場所はよくわかんないけど、どっかで聞けばいいし。」

街はお祭りムードで人はたくさんいるしね。

「ほかにもいろいろ、必要なものを買おうか。アニの鞄も買わなきゃだし。」

収納魔法にアクセスできるようにするとしても、鞄はあった方がいいよね。

「そういえばそんな話もしてたわね。じゃあ明日は買い物の日ってことで。あたし、今日はもう休むわ。なんだか疲れちゃった。」

今は午後八時を回ったところで寝るにはまだ早いけど、まあ、数時間の移動の後にあれじゃあ疲れるのも仕方ない。

「なら私は湯浴みの準備をいたしますね。」

そう言って席を立つアニ。まあアルトはお風呂入らないけどね。身体が魔力で出来てるわけだから、汗もかかないわけだし。汚れたとしても、洗浄魔法で解決だ。私も、今日は疲れた。お風呂に入ってさっさと寝ちゃおう。洗浄魔法でもよかったけど疲れたときはゆっくり湯船につかりたい。いい部屋だからお風呂もきっといい物だろうしね。





 翌日、呪いが解けたおかげか、すっきり起床したらしいアニに起こされ、朝食を摂った後、私たちは早速街へ繰り出した。宿の近くはお祭りエリアになっている。きっと、戴冠式で、王都に来た人たちを狙ってるんだろう。この辺りは昨日見たときにも、それっぽいお店はなかったしスルーでいい。

 お祭りエリアを抜けてすこし歩いたところに見えたのはおなじみ、冒険者ギルドの支部。王都にあるわけだから、もしかしたら本部かも。まあ今日は要も無いし通り過ぎるだけだ。ここまでの道は一本道で、反対方向は入り口の検問所。それらしい店はなかったからこの先にあるのかも。

 そこからさらに10分くらい談笑しながら歩いていると、ようやく、「パーゼマン商会」と書かれた看板を出した店を発見。

「ここですね。」

アニのその声で入り口に近づいていていくと、そこには体格のいい男が立っていた。

「申し訳ございません。現在、紹介でのお客様のみのご案内となっておりまして。貴族の方が各地から集まっている状況ですので…」

申し訳なさそうに、そういう男。私たちが見慣れない客だから、そう声を掛けたんだろうね。もしかしたら、入れる人には許可証みたいな、目に見えた証があるのかも。

「私、ハイデマリー・キースリングと言います。お兄様に頼まれておつかいに来たの。後ろの二人は護衛よ。こう見えて凄腕の魔法使いなんだから。」

そう言って貴族としての身分証を見せる。こう言っとけばアニとアルトも大丈夫でしょ。私が身分証を手に持ったことで、光を放つのは冒険者ギルドの物と同じ。本人だという証明はできたはずだ。

「キースリング伯爵の妹君でしたか。では、このピンズをつけてお入りください。こちらがあれば次回からの入場がスムーズにいきますので、ぜひ着用をお願いします。」

そう言って私たちを通してくれる。このピンズが許可証みたいなものかな。

中に入って、店の中を見渡してみると、食べ物だけではなく、服や、食器、雑貨に本なんかもある。

「へえ。いろいろ売ってるのね。」

アルトが驚いたというようにそう声を上げる。

「ようこそお越しくださいました。初めてのお客様ですね。本日はどのようなご用件で?」

そう声を掛けてきたのは恰幅のいい男。いかにも金持ちといった感じだ。

「蜂蜜パイを買いに来たのだけど。」

「数はいかがいたしましょう?」

「二つで。」

「かしこまりました。では、今から焼き上げますので、その間、店内でお楽しみくださいませ。」

そう言って離れていった。

「なんで二つなの?大きさ的に一つで十分じゃない?」

確かに昨日見た大きさからして、一つで五人分はあった。

「たくさん食べたいからだよ。」

「だめですよ。お嬢様。おいしいものは体に悪いと相場が決まっております。あまりたくさん食べては体に毒ですよ。」

おお、甘いものは知らなくても、体に悪いことは知ってるのか。糖尿病になる人とかこの世界にいるのかな。

「一気には食べないし平気だよ。じゃあ、店の中で各々欲しいものを探して後で集合ってことで。」

これ以上詰められると面倒だし離れちゃおう。まあ、店の中がすごく広いってわけでもないから、目の届く距離ではあるけど。そうだ。どうせなら二人に何か選んであげよう。日ごろのお礼だ。じゃあ、久しぶりの買い物の始まりだ。

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