第四十三話 所有権

「彼女を返却してもらいたい。」

そんなこと言われても、それを飲むわけにはいかない。

「勘違いしないでほしいのは、これは彼女自身のためでもある。彼女にかけられた奴隷契約に、一定時間以上、屋敷から離れると少しずつ体力を奪い、最終的に死に至らしめるというものがあった。おそらく逃亡防止のためだと思うが、彼女自身にも自覚があるんじゃないか?」

そういえば、アニは最初のころ比べて、ベッドから出てくるのが遅くなっている。魔法の練習の影響かと思ってたけど、もしかして体力を奪われていたせいだったのかもしれない。

(アニ。自覚はあったの?)

(自覚、というのはなかったと思います。ただ、少々疲れやすくなっているようには感じていました。魔法を覚えて魔力を使っているせいだと思っていたのが…)

『確かに、魔力を使えば、疲れるけど、あたしは、一晩眠れば回復できるくらいまでしか使わせてないわ。』

となると、体力を奪われているというのは本当みたい。それも少しずつというのが、たちが悪い。少しずつ奪うということは、しばらくは普通に動けるということだ。脱走ししばらくは生活できたとしても、死ぬことが分かれば、それを回避するために、自らの足で戻ってしまうだろう。まあ、そのことを知っていればって条件が付くけど。アニは知らなかったみたいだから、最悪の場合、そのまま死んでいたってことだ。そう思うと怒りがこみあげてくる。これはあの女が仕掛けたんだろうね。死んでからも迷惑なことをする。

(そういえば、さっき思い違いかもしれないって、この話?)

(はい。私を連れ戻したいということを言ってくるのではないかと思いました。キースリング家の経済状況は相当、危ないと思っていたので、ここでメイドが減ったら、新しい人を雇うことも、買うこともできません。もともと使用人は少なかったですから、一人抜けただけでも、大変な状況になっているのは予想できます。)

なるほど。アニは奴隷という扱いだから、給料もほとんどいらないし、新しく教育もいらない。新しく人を呼ぶよりも相当安上がりだ。そりゃあ連れ戻したいと思うよね。今回の件にはそんな背景もあるわけだ。

(アルト。契約の解除の仕方は知ってる?)

アニに聞こえないように一度リンクを切ってから聞く。

『通常の契約なら、互いの同意があれば簡単に解除できるけど、これは隷属契約だから、持ち主の意思でしか解除できないわね。』

(あの女が契約してるからそれは無理ってこと?)

『おそらく、キースリング家当主として契約してるはずよ。そうじゃなければ、死後に契約が続くということは無いから。あなたの兄なら解除が可能だと思うけど。』

となればここからは交渉だ。

「お兄様。アニに施された契約を解除してもらうことは出来ませんか?」

「すまないがそれは出来ない。アニがいなくなったことで、今までギリギリで回っていたのが、崩れてしまった。さっきも言ったが新しくメイドを買う程の金もない。一人金貨数十枚はくだらないからな。蜂蜜パイを買うのとはわけが違う。」

「私は、アニ自身から彼女の全権を委ねられています。言葉の約束というわけではなく、ちゃんとした契約でです。だから私には、アニの望みを叶える義務がある。」

「そんな契約、そもそも成り立つのか?所有権はこっちにあるんだぞ?」

「成り立つから結べてるんでしょ。そもそも成立しない契約は、締結することは出来ないわ。」

アルトがそう補足した。

『まあ、契約が結べたのは、ハイデマリーがキースリング家の人間だったからだと思うけどね。』

私にだけ聞こえようにさらに補足してくれる。

「そうなのですか…となると、所有権はキースリング家が、彼女自身の全権はハイデマリーが持っているということか。なんだかややこしいな…そうだ。ならこうしないか。君が、アニの所有権を買い取ってくれ。そうすれば丸く収まるじゃないか。俺たちはその金で、新しくメイドを買うなり、雇うなりすればいい。」

きっとこれを言い出すことが目的だったんだろうね。たぶん初めは所有権の話をして、そのまま連れて得るつもりだっただろうけど、私が冒険者として稼いでることを知ったから、購入を持ち掛けたんだと思う。アニは一度、外の世界を知ってしまったから、そっちにきっと、未練ができる。そうなるとまた逃亡するかもしれない。だったら、新しいメイドを入れた方が使いやすいってところだろう。まあ、お金で解決できるならそれでいいや。

「いくら払えばいいでしょう?」

「そうだな…アニを買った時と同じ金額でいいだろ。」

そう言うと、懐から何かの紙を取り出した。

「アニの購入条件や契約内容なんかの書類だ。ほら、ここに金貨三十枚と書いてある。それでいいか?」

「分かりました。」

そのまま金貨を取り出し払ってしまう。エーバルトが渡した金貨の枚数を確認する。

「確かに。なら契約を解除してしまおうか。」

するとエーバルトは目を瞑る。

「キースリング家所有、アニに関する隷属契約を放棄する。」

するとほのかに、エーバルトは金色に、アニは紫色に発光する。

「うぐっ」

アニが苦しそうな声を上げる。隷属契約の解除には苦痛が伴うのか。大丈夫かな。

『個体、アニに関する隷属契約が破棄されました』

久々に神の声を聞いた。アニの全権は私が持っているからか、自分のことじゃなくても聞こえるのかな。でもアニが魔法を覚えたときは聞こえなかった。自分以外のことについて聞くのは、何か条件があるのかもしれない。

「よし。これで、契約は解除完了だ。すまなかったな。メイドの一人くらい、付いていかせてもよかったんだが、さっきも言ったが、大変な状況でな。」

まあ、大変なのは私のせいでもあるし、あんまり文句は言えない。いや、やっぱり私は悪くない。全部あの女が悪い。

「いえ、悪いのはお兄様じゃあありませんから。」

エーバルトも、キースリング家を運営するのに精一杯なんだろう。そう思うと、金貨の二十枚くらい安く感じてくる。一応、オリーヴィアにはマナーとかこの世界の知識を教えてもらった恩もあるし、その授業料も含めてだと思えば安いもんだ。

「そう言ってくれるとありがたい。じゃあ、用件も済んだし、俺たちはお暇するよ。戴冠式が終わるまでは王都にいるから、何かあれば声を掛けてくれ。ああ、あとこれ、君の貴族としての身分証だ。」

そう言ってテーブルに一枚のプレートを置く。どうやら金で出来ているみたいだ。手に取ってみると大きさは、冒険者のものと変わらないのにずっしりと重い。

「じゃあ、またね。ハイデマリー。いつでも、帰ってきていいのよ。」

そう言い残して二人は去っていった

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