第四十二話 兄との対話
「この空気で話せるか!!!」
さすがに、あんな話をした後に話し出すのはきついだろうね。私なら無理。
「そ、そうだわ。お兄様。わたくしが頼んだものは持ってきていただけました?」
オリーヴィアが堪らないといった様子で声を上げる。少しでも空気を変えなければという気持ちが伝わってくるようだ。
「ああ、そうだった。これだろ。」
そういって、わきに置いてあった白い箱をテーブルに乗せる。
「アンタ、それ状態維持の魔道具じゃない。どこで手に入れたの?」
今まで、二人に関心を持っていなかった様子のアルトがそう言う。まあ関心があるのは魔道具の方で、二人にじゃないか。
「状態維持の魔道具?」
今度は私がアルトに聞いてみる。
「ええ。この魔道具の中に入れたものは、劣化することなく、そのままの状態を維持できるの。食べ物や、宝石の保管なんかに使われてるわ。汎用性が高いわりに、滅多に出回らなくて、ものすごい高価なはずだけど。」
となると中身は食べ物かな。お土産といったところだろうね。
「いえ、これは俺が買ったものではなく、父が残していった物の一つです。入手経緯は分かりません…」
「そう。」
それだと欲しくてもどうやって手に入れたらいいかわからないね。まあ、今のところはなくても困らないからいいけど。
「それで中身は?」
続けて聞いてみる。場の空気を変えるいい機会だからね。さっさと済ませてしまいたいし。
「これだ。」
箱の中から出てきたのは、いい香りのするホットパイ。まさか…
「今貴族の間で、流行している蜂蜜パイというものよ。なんでも、蜂が作る蜜を使ってるんだとか。とっても美味しいの。結構いいお値段するから、味わって食べてね。」
「蜂蜜!!どうして気づかなかったんだろう!!別に甘い物なんて砂糖に限った話じゃないじゃん!!」
蜂蜜ならそこらの森で採れたのに…うれしい反面、なんだか少し損した気分。
「よ、喜んでくれたようで何よりだわ。ところで、ハイデマリー。あなた蜂蜜のことを知っているみたいだったけど…」
若干引いた様子のオリーヴィア。急に大声上げちゃったからね。まあ、蜂蜜についてはもちろん知っている。前世では当たり前のように普及してたわけだし。もしかしてこの世界だと蜂蜜は有名なものじゃないのかな。
「知識としてですが、知っていました。実際に食べたことは無いですね。」
生まれ変わってからはという条件が付くけどね。
「そうなの。わたくしも初めて知った時は驚いたわ。まさか、あの危険な蜂がこんなにおいしいものを作るだなんて。」
この感じだと、そもそも利用され始めたのが最近っぽい。もしかして養蜂自体が行われてない可能性もある。おっと、こんなことしてるとパイが冷めちゃうね。どうせなら一番おいしい状態で食べたい。状態維持の魔道具は温度まで維持できるみたいだ。エーバルトが部屋に来てからそこそこ時間が経っているけど、パイから湯気が上がっている。そうなるとちょっとほしくなるね。いいお弁当箱になりそうだ。アニに人数分に切り分けてもらうように頼むと、すぐにとりかかってくれる。この部屋には簡易的なキッチンまでついていて、それが役に立った。
数分とたたずに、人数分の紅茶とともに持ってきてくれた。もともと飲んでたお茶は冷めてしまったしちょうどいい。優雅な午後のティータイムってやつだ。早速一口食べてみる。甘いものを食べるのは実に八年ぶりだからか、甘みが全身に染み渡る。一度だけ行ったことがある、前世の高級ケーキ店並みのおいしさだ。アニとアルトも、柔らかな表情で、パクパクと美味しそうに口に運んでいる。さすがに、エーバルトもオリーヴィアもメイドであるアニが同席して食べることに対して文句は言わない。貴族のマナー的にはあり得ないことらしいけどね。というか、これはぜひともどこで売っているか聞かなければ。
「これはどこで手に入るのですか?」
「パーゼマン商会というところが扱っている。何でも、大盛況らしくてな。今は紹介制でしか客を取ってないらしい。製造が追いつかないといっていたな。何なら紹介状を書いてやるぞ。」
それは願ってもない話だけど、裏がありそう。マナー講座なんかで関わりがあったオリーヴィアはともかく、エーバルトの方はほとんど接点がなかった。ほぼ他人と同じだ。さらに言えば、母親の仇である私にそんなことをする理由がない。むしろ憎んでいそうなくらいだ。
「まあ、それは後にしよう。今は本題だ。」
蜂蜜パイのおかげで和らいだ空気の中、そう切り出すエーバルト。
「あの事件の後、母上が死んだことで、俺が爵位を継いだ。ああ、母上のことで恨んでるとかそういうことは無いから安心しろ。あれは母上の自業自得だ。金のために娘を売るなんて貴族のすることじゃない。平民にだって滅多にしないぞ。奴隷になるのは大体が孤児だからな。おっと。話が逸れたな。俺が爵位を継いだことによって、次の継承権を持つのがオリーヴィア一人になってしまったわけだ。それだと問題があってな。」
なるほど、言いたいことが分かった。継承権を持つのが一人だけだと、病気や事故なんかがあった時に、後継ぎがいなくなる。まだ結婚してなくて、子供がいないエーバルトにとっては、いや、キースリング家にとってはそりゃあ困ったことになるだろう。要するに、私に予備になってほしいってことだ。
「要するに、私に、キースリング家へ戻ってほしいと?」
「そう思っていたんだけどな。でも、今までの間、自分で戻らなかったということはその気がないってことだろ?俺たちは、君が自身で戻ることが出来ない状態にあるか、もしくは死んだと思ってたからな。」
まあ、貴族という温室で育った、それも八歳の子供が、いくら魔法が使えるとはいえ、自立して生活してるなんて普通は考えられないか。まあ一人ならたぶん無理だったと思う。でも、私にはアルトとアニがいた。二人の認識だと、アニだけだったと思うけど、それでも普通の生活をしているというのは考えにくかっただろうね。
「なら、私にどうしろと?」
「一応聞くが、戻る気はないんだろ?」
「ないですね。」
そもそもアルトとの契約があるから無理だ。
「なら、特に言うことは無いな。君を無理やり連れ戻したところで後が怖い。俺は妹と敵対する気も無い。やりたいようにやったらいいさ。まあ、何か困ったことがあったらいつでも頼ってくれていい。金もないから出来ることは少ないが…」
そういえば没落間近な所を、私の浄化で稼いだお金で何とか支えてたんだっけ。それも私が家を出るときに回収したから、ほとんど貯蓄が無い状態なわけか。私が浄化の力を使わされていたのは本当に幼い時だけだけど、王族にも使ったらしいからそれこそ莫大な金額だった。アルトが回収した金貨の中には、白金貨も混ざっていたくらいだし。まあ、エーバルトとオリーヴィアが金庫の中身を具体的に知っていたとは思えないから無くなったということにも気が付いていないだろうけど。私がお金を持っていることを知った今なら、それを当てにして、何か言ってくるかもしれないと思ったけど、特にそう言うことも無いみたいだ。兄としてのプライドゆえか、私を報復を恐れて、不快にさせまいとしているのか。
「ありがとうございます。」
一応礼を言う。
「今後の君の貴族としての扱いをどうするかも相談しておきたい。ハイデマリー。君が王宮を爆破したという事実を知るのは、今のところ、我々キースリング家の人間と、一部王宮関係者だけだ。ほとんどの貴族はそのことを知らないわけで、今も、婚約の申し込みや、茶会の招待なんかが山ほど来ている。今は母親が死んだショックで臥せっているということにしているが、今後我々よりも上の貴族からの申し出を断り続けるのは難しくなる。そのために、君がどういう状態にあるのかということを示さなければならない。要は断るいいわけだな。」
「死んだことにでもすればいいんじゃないですか?」
「それは勿体ないだろ。貴族としての特権を使えなくなる。それに聖女を死なせたとなれば、他の貴族たちから、非難されるのは目に見えてる。」
義務も果たさずに特権だけ使うなんて言うのは虫が良すぎると思うけど…
「私は、貴族の特権なんていりません。」
そんなものなくても、Aランク冒険者というだけで、信用という面では十分だと思うし。
「そうか。まあ、そう言うと思っていたけどな。仕方ない、こちらで何とか考えてごまかすことにしよう。」
「そうですか。では、お話はそれで全てということですか?」
「いや、最後にアニについて話がある。」
ここでどうしてアニが出てくるんだろう。アニの方を見てみると、驚きというよりは納得の表情に近い。
(やはり、そう来ましたか。どうやら私の予想は当たったようです。)
テレパシーでそう伝えてくるアニ。その言い方からすると、いい方向の話ではなさそうだ。
「アニはキースリング家がメイドギルドから買い上げたメイド。扱いとしては奴隷だ。その所有権はもちろんキースリング家にある。だから、ハイデマリー。彼女を返却してもらいたい。」
予想もしていなかったその言葉にどう返したらいいのか、分からなかった。
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