第三十八話 バッハシュタインとの別れ

 「甘いものが食べたい!!」

ここ一か月とちょっと、やることが多すぎて自重していたけどそろそろ我慢の限界だ。この世界、ご飯自体は普通においしいし、問題なく食べられる。まあ少し味は薄いけど…。だがしかし、甘味というものに巡り合ったことがない。紅茶はあるのに、クッキーはない。パンはあってもジャムはない。精々、果物がいいとこだ。果物があることを考えるとジャムくらいはあってもいいのに。砂糖が無いのか、作る技術がないのか…

「あまいというのは?」

アニがそんなことを聞いてくる。甘いものを食べたことがない人にとって、それは未知のものであるのは分かる。だけど口で説明するのは難しい。

「前に言ってた、砂糖ってやつでしょ?」

「そうなんだけど、砂糖は食べ物そのものじゃなくて、塩とかと同じ調味料なの。味はそうだなあ、果物から、酸っぱさだけを取り除いた味っていうのが一番近い気がする。」

ピンとこないといった顔の二人。まあ食べたこと無い物を、言葉で説明するのは難しい。

「きっと、食べたら好きになると思うよ。」

甘いものが苦手って人もいるけど、食べたことが無いなら、気持ち悪くなったりしたこともないだろうから、最初は大丈夫だと思う。

「まあとにかく、その砂糖という調味料が必要なわけですよね。どこかで売ってたりするのでしょうか。」

 そもそも、普通に流通してるのかな…。曲がりなりにも、伯爵家で生活してきた中では、ケーキとか、お菓子とかが食卓に並んだことは無かった。まあ、あの女がケチってたとも考えられるけど、お披露目の時にも見なかったからなあ。

「どうだろう…高価で手に入らないのか、そもそも売っていないのか…」

「なら、食材を置いている店を見に行ってみますか?」

「空いた時間で見てみたけど、この町には無かったよ。そもそも、ここは旅の休憩の町だから、保存食とかはたくさん売ってたけど、他の食べ物はあんまりなかったし…」

食事処や宿屋で食事自体は普通に食べられるから、食料を買うという行為はこの町に限った話だと、あんまり必要ないのかも。まあこの町で砂糖を売っても、需要が無いだろうしね。

「となると、王都行くのが一番いいかもね。」

アルトの一声。

「どうなんだろう。この世界は、流通が発展してないから、郊外で作られたものが王都に並ぶってことはあんまりないかもしれないよ。砂糖は植物からつくられるから、王都で栽培してるっていうのも考えにくいし。」

都市部での耕作は難しい。でも、砂糖自体はなくても、ケーキ屋とかはあるかもしれない。

「でも、行ってみるしかないんじゃない?売ってなくても、何か、情報はあるかもしれないし。なにせ王都は、この国で一番人がいる場所なんだから!!」

あんまり王都にいい思い出はないけど、背に腹は代えられない。

「そうだね。行くだけ行ってみようか。」

「それなら、ついにこの町ともお別れですか。なんだか感慨深いですね…」

 長いようで、短い間だったけど、随分と濃い一か月だった。

「まあ、この町にいたのは準備のためみたいなものだし、本当の始まりはここからね。」

私達の戦いはここからだ。ってやつだ。

「じゃあ、準備を済ませて、出発しよう。」

私のその声で、各々支度を始める。部屋にセットしてあるワープポイントを消すのも忘れない。チェックアウトした後に、間違ってワープなんてして、他のお客さんが泊まってたりすると面倒なことになるからね。



 そんなこんなで、宿の支払いを済ませて、切り開いた広場にワープした。ここは、車の練習場兼、駐車場として使っていた。魔法の練習にも使えるから、結構便利だ。アルトが、結界を張ってくれたおかげで、だれかが侵入するということもない。今後も何かと役に立ちそうだ。

「王都まで、ワープで行ってもいいけど、ワープした先は上空だからね。車で行こうか。」

「なら、私が運転します。街道にさえ出られれば、道が分かるので。」

ちなみに、アニもアルトもハイデマリー自動車学校は無事卒業した。普通の車よりも運転は簡単だからか、二人ともすぐに上達した。

「まあ、途中で交代してもいいし、初めは任せたわ。」

「安全運転でね。」

そんなことを言いながら乗り込む。私は助手席だ。

「お任せください。ですが、この森から、街道までどうやって出たらいいのでしょう?」

「そこはねえ、飛ぶんだよ!!」

「飛ぶ?」

「そう!普通だと、少ししか空中に浮かんでいないけど、出力を上げれば高度も上げれるようにしてあるから。まあ魔力の消耗が激しいから、そんなに長い間、連続しては無理だけど。今回は街道に出たら、一回止めて、魔力を補給すればいいし。あ、運転の仕方は陸上と一緒だから安心して。不安なら私が運転してもいいけど…」

「たぶん平気です。」

そういえば、アニを連れて飛んだ時、気絶してたっけ。ちょっと心配だけど、まあ、あそこまで高く飛ぶわけじゃないから平気かな。

「じゃあ行こっか。起動!!」

私の声がエンジンスタートの合図。車体が静かに持ち上がる。

「右にあるスイッチを上にしたら高度が上がるから。」

そう言うと、言われた通りにスイッチを操作するアニ。そのまま車体はさらに高度を増していき、森の木くらいの高さなら十分超えられる高さまで到達する。

「じゃあ、出発します。」

その一言で動き出す。早すぎず、遅すぎずでちょうどいい速度だ。座面は固いままだから、眠くなるなんてことはないけど、長時間これに座り続けるのはきついかもしれない。まあ、王都くらいまでの距離だったら、スピードを上げていけば大丈夫かな。とにかく、今は、初めての車の旅を楽しむことにする。

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