第三十七話 車の完成と試運転
あれから数日は森を切り開くことに費やした。土地を買って拠点を作るのは、また今度ってことになった。私たちが旅をしてると、管理が難しいしね。その切り開いた場所はというと、バッハシュタインの町から少し離れた場所だ。人が通りかかるような場所にすると、誰かが迷い込んでくるかもしれないから少し距離を取った。広さ的にはちょっとした広場くらい。車が完成したら試運転は十分できる広さだ。
そして現在、そこからさらに、一週間ほどが経っている中、ようやく完成が見えてきたところだ。本体の方はすぐに完成した。初めは、実用性重視で、ワンボックスカーのような形にするつもりだったけど、アニとアルトに不評で、結局スポーツカーチックな見た目になってしまった。かっこいいからいいけどね。ちなみに色はマットブラックだ。光の反射が防げて、魔物なんかにも見つかりにくくなるというアルトの助言を採用した。
問題のタイヤについてだけど、これは空中に浮く作りにしたことで解決した。SF映画なんかに出てくる、エアカーといったところである。この世界に舗装されている道なんかはほとんど無いから、乗り心地の面を考えるとそれが最適だと思う。そこまではテンポ良く進んだ。問題はその後。それを動かすってことだ。魔力を車を動かすエネルギ―に変換する魔力炉は手に入れた。だけど、それを車に搭載しただけでは動かない。車にガソリンタンクはつけたけど、エンジンが搭載されていないのと同じだ。だから魔力炉にエンジンの役割、動かす機能をもった魔法を埋め込まなければいけなかった。それが問題だった。魔法の開発までは創造魔法ですんなりいったけど、それを埋め込むっていうのが難しい。アルトの話だと、魔力炉を対象に、埋め込む魔法を使えばいいってことだった。いざ言われた通りにしてみると、魔力炉自体が車みたいに走り出してしまった。魔力炉に運転席が付いているわけもなく、コントロールが効かないわけで、あっちこっちに飛び回り、それはもう大変だった。最終的には、魔力炉に込めてあった魔力を使い切り、止まったからよかったけど、一歩間違えれば貴重な魔力炉を紛失するところだった。まあでも、これで魔法を埋め込むことができたと思った。だけど、そうは問屋が卸さない。魔力炉自体に移動の魔法が発動しただけで、埋め込むことは出来ていなかった。そこから頭を悩ませようやく埋め込むことができたのは、つい昨日のこと。その方法とは、魔法の呪文化である。要するに、魔術のように、呪文で魔法が発動するようにしたわけだ。アルトが。まあ私にそんな技術はないからね。ちなみに、この方法を考え付いたのはアニだ。本来の魔法の取得方法が失われているこの世界で、どうやって魔道具を作っているのかという疑問からスタートし、魔術使い達はその呪文、術式を直接、魔力炉に刻みこむことによって魔道具を作っているのだと解説するアルト。だったら私が作った魔法を呪文化して刻み込めばいいんじゃないかというのがアニのアイデアだ。その作業自体はアルトが請け負ってくれたわけだ。
「よし!!完成!!」
こうして三人がかりの超大作、スポーツエアカーが完成した。思えば長い道のりだった。これを作るために、冒険者になって、ダンジョンの攻略までしたわけだし。
一応、前世では運転免許を持っていたから運転については問題ない。私の子供の身体でも、足が届くように座席の位置調節は、実際の車よりも融通が利く作りにしておいた。しかも自動だ。内装も高級車をイメージして作ったけど、座面のクッションだけはどうにもならなかった。ほかの部分はミスリルを加工して作れたけど、さすがに柔らかく、座りやすくするのは無理だった。早いうちに、買うなりなんなりして改良しなければ。冒険者ギルドの応接室にあったソファーなんかがいいかも。今度どこで買えるか聞いてみよう。
「早速動かしてみない?」
アルトが楽しみで仕方がないという感じで言う。
「もちろん。じゃあ後ろに乗って。」
そう言ってドアを開けるとアルトとアニが後部座席へ乗り込む。
「やっぱり座り心地がよくないわね…」
「そこは今度、ソファーの座面か何かを取り付けるつもり。」
私も運転席へ乗り込みながら言う
「それまでの辛抱ってことね。」
「じゃあ、シートベルトを着けて。」
「「しーとべると?」」
なんじゃそりゃ。といった感じで二人の声が揃う。
「横についてる紐だよ。それをこんな感じで…」
前の座席を覗き込む二人に対して実演する。
「これは安全のためにつけるの。馬車でもそうだとおもうけど、走行中に急に止まったりすると体が前に飛び出すでしょ?車は馬車より速く走ることもできるから、その飛び出す力が強い。極端に言うと、前の窓を突き破って外まで飛んでっちゃうかもしれないから、それを防ぐためって感じ。」
そう言うと二人は少し青ざめた表情でベルトを着ける。まあそんなことはないと思うけど、危険なことは少し大げさに言うくらいがちょうどいい。それで徹底してくれるならね。
「じゃあいくよ。起動!!」
これは音声認識で私の声じゃないと起動しないようにした。盗難対策だね。
「わ!!浮きました!!」
アニが驚いて声を上げている。
「成功ね!!」
アルトも嬉しそうだ。
「じゃあ軽く動かしてみるよ。」
そう言ってアクセルを軽く踏み込むと前方にゆっくりと進みだした。
「動きました!!」
普段あんまり感情を表に出さないアニが興奮している。楽しそうで何よりだ。
そのまま試運転とばかりにぐるぐると切り開いた広場の中を回っていると、後ろの二人がソワソワしだした。
「あの、お嬢様。私も、メイドとしてこの車?を操縦できた方がいいのではないかと思うのですが…」
どうやら運転してみたいらしい。まあ、私一人でずっと運転するのも大変だから、覚えてもらったら助かるけど…
「ずるいわ!!あたしだってやってみたいのに!!」
アルトまで子供みたいに声を上げる。
「じゃあとりあえず、早い者勝ちってことで、アニから練習しようか。」
私は一度車を止めて、助手席に移り、アニに運転席に座るように指示をする。
「よろしくお願いします。」
「じゃあまずは各部の名称からね。目の前にある円形のこれは、ハンドルって言って進む方向を調節する物ね。あとは足元の二つのペダル。右がアクセルで、これを踏み込むと車が動くのよ。深く踏めば踏むほど速度が上がるけど、上げ過ぎには注意してね。危ないから。それで左がブレーキ。これは速度を落としたり、止めたりするのに使うの。急に踏み込み過ぎると、前に飛び出す力が働いて、それはそれで危ないから注意してね。」
サイドブレーキやクラッチなんかはこの車に搭載していない。クリープ現象なんかは怒らないように作った。明確にアクセルを踏まなければ進まない仕組みである。後ろを見てみると、アルトも興味津々といった感じで説明に耳を傾けている。
「ハンドルに、アクセルに、ブレーキですね。」
興味深そうにそう言うアニ。
「じゃあ早速動かしてみようか。」
自動車学校で習ったことを思い出しながらアニに教えていく。さしずめ、ハイデマリー自動車学校である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます