第三十二話 魔導士の成り損ない
「おそらくこの空間の負の魔力に当てられたのだろう。浄化をかければすぐにでも意識を取り戻す。問題ない。」
そういえばアルトが、早くここから離れたいみたいなこと言ってたっけ。たぶんその負の魔力ってやつのせいなんだろう。
「負の魔力?私は何ともないけど…」
「負の魔力というのはな、我々、魔族が魔法を使った時、周辺の空気中の魔力が変質する。その変質した物が負の魔力。逆に人間が魔法を使った場合は、正の魔力に変質する。精霊も同じだ。まあ、本来、魔力は通常、正の状態だから、人間が気にすることは無い。そこの二人が意識を失ったのは、負の魔力に慣れていないからというだけだ。まあ精霊は、正の魔力の権化みたいなものだからな。影響が顕著に出たのだろう。だが、負の魔力自体に、何か悪影響を及ぼすものがあるわけではないぞ。ただ性質が違うというだけだ。お前が平気なのは自分が直接触れる部分は浄化されるから、お前に触れている周りの魔力だけは、正の魔力に変化しているというわけだ。」
そんな説明を聞きながら、私は二人に浄化をかけた。ついでに周りを見てみると、マグダレーネというデーモンの姿はいつの間にか見えなくなっている。
「そういえば、マグダレーネはどこに行ったの?」
聞いてみることにした。
「あいつは自室に戻ったのだろう。17層のボス部屋だ。あいつは、仕事を終えればすぐに引っ込む。そういう奴だ。」
ホワイトな職場でうらやましい限りだ。
「あら、あたし、気を失ってたのね。」
そんなことを言ってアルトが先に目を覚ます。ほどなくしてアニも目を覚ました。
「きついなら言ってくれればいいのに。」
なにも気絶するまで我慢することない。
「そんなことで口を挿める空気じゃなかったじゃない…」
まあ確かに、重い話ではあったけど。
「私はそんなに、辛いわけではなかったので…」
すぐに寝ぼけ眼から覚醒したアニもそう告げる。
「でも、どっちも声を上げなかったってことはほとんど同時に気絶したんでしょ?」
さすがに、どっちかが倒れれば報告するだろうし。
「恐らくそうでしょう。アルト様が倒れたところを見た覚えはありませんし。」
「あたしもよ。」
「どこまで聞いてたか覚えてる?」
「概念書き換えというスキルを使って、聖女の発生条件を変えたというところでしょうか。」
「なら、そのあとのことを簡単に話すよ。」
かくかくしかじか。アニとアルトに説明をした。
「なら、今は質問タイムだったってことね。」
「そう。これからアニが魔導士の成り損ないだって言ってたことについて聞こうとしたところ。」
「魔導士…あたしも聞いたこと無いわね…」
アルトでも知らないことってあるんだね。いつも何でも教えてくれるのに。
先代魔王がしばらく閉ざしていた口を開く。
「教えるのはいいが、そのままだと、また気を失うぞ。手でも繋いでおけ。そうすれば浄化され続けることになるから、気を失う心配はない。」
そんなことを言われた。言われた通り、私を真ん中にして三人で手を繋ぐ。これで心配事は無くなったわけだ。
「よし。なら説明しよう。」
その「よし。」には性癖的な何かが見え隠れしてそうだけど、無視しておく。
「魔導士というのは、ある特定の血筋を持ったものが稀に発現する特殊クラス。文字通り、魔法に関して優れた能力を持つ。習得が早かったり、魔力そのものの量が多かったりな。心当たりはあるだろう?」
「あります。」
自分のことを知ることがうれしいのか嬉々とした様子で答えるアニ。
「たしかに、魔法の覚えは異常なほど早かった…」
アルトがそう同意する。
「その特定の血筋というのはな。魔人と交わったということだ。お前の見た目に、魔人的な特徴は無いから、本当に遠い先祖のことだろう。だからこその成り損ない。魔導士クラスの発現はしたものの、血が薄すぎて完全な状態で発現することができなかったというわけだな。それでも、常人に比べたら、その恩恵は十分すぎる物だろう。今の人間が使っているような呪文を使う、偽物の魔法ではなく、本来の魔法を使うにも十分だ。」
「もしかして魔術…その偽物の魔法って、魔法を習得する技術が失われたからじゃなく…」
「そうだ。少ない魔力を有効活用するためにできた技術だ。もっとも、それに胡坐をかき続け、本来の魔法技術を失ったのは確かだが。」
魔術も馬鹿にしたもんじゃないね。
「…先代魔王様。私のルーツを少しでも知ることができてよかったです。ありがとうございます。」
そんな会話の後、考え込んでいたようで短い沈黙を挿み、礼をいったアニ。その心境はどんなものなんだろう。魔人の血が混ざっていると言われ、驚かないはずは無い。忌避感とまではいかないだろうけど、戸惑いはあるだろう。
「というか、何であんたはそんなこと知ってるわけ?」
今度はアルトが問う。
「魔人は寿命が長いと言っただろう。その有り余る寿命を、研究に当てるものは多い。技術や知識の面では、精霊や人類なんかの数段先を進んでいる。私が離れてからもそれは変わっていないだろう。」
私たちも魔力炉というその技術に頼ろうとしているわけだしね。
「へえ。それはぜひ行ってみたいものね。」
アルトが目を輝かせながら言う。
「なんなら行き方を教えてもいいぞ。」
「それはいいわ。自分で見つけるのだって旅の醍醐味じゃない?」
「そうか…そうかもしれんな…。魔導士についてはそんなところか。完全な魔導士になるのは無理だが、研鑽を続ければ十分な力を得ることができるだろう。」
「頑張ります。」
アニの言葉にやる気と意思を感じた。
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