第三十話 先代魔王の独白終
「そこまでの話を聞いた私は、まあ端的に言えば人間を滅ぼそうとした。実際に彼女の記憶を見てしまったことが大きかった。彼女が感じた苦しみや痛み、彼女の中で渦巻く、憎悪と怒りまでも感じてしまった。そんなものに直に触れては、彼女に同情せずにはいられない。いや、同情なんてものは通り越して、強すぎるその感情はもはや、私の一部にまでなっていた。ある意味、支配されていた。だが、それを止めたのもまた、彼女だった。彼女は言ったよ。全ての人間がそんなことをするんじゃないと。私を助けてくれたあなたのように、優しい人もたくさんいるからと。彼女の心境を見た私からすれば、それは信じられない言葉だった。そんなことを言える精神状態だとはとても思えなかった。だがその思考のせいか少し冷静になれた。人間などという愚か者のために私の時間を使うよりも、彼女の見せた誠意に対して、私に対してすべてを打ち明けたという誠意に対して、私も返さねばならない。真実を告げなければならない。そう思った。私が人間ではないことを打ち明けた。魔人というものの存在を認識していない彼女に説明をしながらな。そのなかでの私の立場、ここが魔王城であることや私が彼女を拾うことになるまでの経緯なんかの全てをな。隠し事をするのは彼女に失礼だと思ったよ。まあ、そんなことを話したら、すぐにでもこの場から離れることを望むと思った。何せ、魔物の仲間が自分の周りを取り囲んでいるような状態だ。恐れるなというのは無理な話だ。それでも彼女が去ることは無かった。むしろ、自分をここに置いてくれと頼みこんできた。自分には他に行く場所がないからと。それはそうだろう。生家からは売られ、売られた先ではひどい扱いを受け末に捨てられたわけだからな。それを鑑みても、ここに残ることを希望する理由が私には分からなかった。見知らぬ土地で、人間ですらない見知らぬ種族と生活を共にするということに恐怖を感じないのかと思った。だがまあ、彼女自体がそれを望むのならば私に断る理由は無い。人間のことを知るいい機会だしな。滅ぼそうとしたもののことを知るというのはなんだか不思議な気分だったが、まあ気にしないことにした。というわけで、彼女は魔王城で生活をすることになったわけだ。食客としてな。そうと決まれば今後の憂いは早急に払いのけるに限る。そう。彼女の病についてだ。それを解決するには医者に診せるしかない。それについて彼女に説明をした。彼女から男に対する恐怖心は消えるということは無かったが、私と一緒ならば診察を受けると言ってくれた。なんでも、隣に私という国のトップがいれば不埒を働かれることもないだろうと思ったらしい。早速、先ほどの医者を呼んだ。その医者を実際に前にして彼女は、最初ほどの混乱は見せずとも、明らかに怯えていた。まるで幼子のように。まあ。幸いにも診察自体は数分で終了した。きっと、大したことは無かったのだろうと私も、きっと彼女も、ある意味では安心したことだろう。だがしかし、現実は無情。医者の口から告げられたのは、完治不能まで進行したとある難病の名だった。聖女には浄化の力があるんだからそんなのなんでもないだろうって?まあ聞け。その難病というのは、魂そのものが擦り減り続け、最終的には魂が消え失せ、抜け殻状態の体のみが残るという病だ。この病の発症原因は過剰なストレス。思い当たる節しかない。さらに厄介なことに、擦り減った魂は、二度と元に戻すことができない。浄化使うことも不可能だ。そもそも浄化の発動条件は直接触れること。実体のない魂にどうやって触れるのだという話だ。一度この病を発症してしまえば、今後一生、些細なストレスからも、魂が擦り減り続けるということだった。生物である以上、生きていくうえで一切のストレスなく生活するなど不可能に近い。というか不可能だ。とにかく、今後はなるべくストレスのない生活をすることが命を保つことになるだろうってことだ。それを告げられた彼女の様子は、今度は混乱するのでもなく、落ち着いていた。まあ、怯えは消えていなかったが。そこからの彼女の行動は早かった。情報収集を始めた。城の図書室に籠りきりとまではいかないが、一日の大半をそこで過ごすようになっていた。私の執務も図書室で行うことが多かったから、自然と共に過ごす時間は増えていたな。まあ籠りきりになるのもよくないから度々城下に繰り出してみたり、森へ入ってみたり遊びながら過ごしていたな。これには、彼女のストレスを低減するという目的もあった。もちろん、私の当初の目的である、人間に対しての情報を得るために対話もした。随分と親睦も深まり、親友と言っても差し支えないほどだ。まあ、充実した日々を送っていたよ。ん?彼女がなんの情報集めていたか気になるのか。それはな、とあるスキルについてだ。彼女の目的は、今後、聖女が産まれないようにすること。自分と同じような目に合うのではないかと危惧してのことだった。まあ、端的に言えばそれは無理だった。完全に根絶するというのはな。そもそもクラスやスキルなんかはまだ不明な点も多いのだ。発生する原因が分からないものを発生しないようにするなど無理な話だ。だがそれでも彼女はある一つのスキルを見つけた。そのスキルは世界そのものに干渉することができる数少ないスキル。そのスキルの名は概念書き換え。生涯に一つだけ、世界の理を書き換えることができるというものだった。私は実のところそのスキルの入手法に心当たりがあった。私の遠い先祖が持っていたという話でな。まあ使われることは無かったようだが。その先祖が持っていたスキルだからこそ、魔王城に資料として文献が残っていたというわけだ。スキルを得る方法、これは、私にしか使えないのだが、保存されている歴代魔王の血液を飲むということだ。これはクラス、魔王になったものの特殊スキル、聖女の浄化のようなものだが、「血の遺伝」というものだ。魔王のクラスを持っていた者の血液を摂取することで、その血液の持ち主が持っていたスキルを受け継ぐことができる。これも今まで試した者はいなかったようだがな。まあ、他人の血を飲むなど、普通はしたくないだろうしな。吸血鬼でもあるまいし。私が初めての使用者ということになった。記録に残っていないだけで使った者はいたかもしれないがな。まあそうして、無事、概念書き換えのスキルを得たわけだ。私と彼女二人して話し合った結果、先に述べた通り、聖女クラスそのものを消そうとした。だが無理だった。それをするための代償が高すぎた。800万人の命。それが求められた代償。全人類合わせても、それだけの人数が存在しているかどうかもわからん。土台無理な話だ。ならどうしたか、聖女を得るための条件を書き換えることにした。それなら何とか支払える代償だった。最上位クラス二人の命。それなら、我々が死ぬ直前に使えば何も問題は無い。まあ寿命のことを考えると彼女が死ぬ直前。というのが正しいのだが。私はその時点で、何百年も生きていた。そろそろ世代交代だ。ちょうどいいと思ったよ。数年後、彼女の魂が限界を迎える直前、私は概念書き換えを行った。まあ結果、見てわかる…いや、聞いてわかる通り私は死に損なったわけだが。その理由は私が精神生命体であるゆえだ。その時点まで私自身、知らなかったことだが精神生命体に死という概念は無い。死なないのだ。肉体がないからか、死そのものを超越してしまっている。だが、代償を支払わないということではなかった。私が他者から認識されることは無くなった。声以外全てな。精霊と変わらない?精霊よりもひどい。精霊の場合は、精霊同士である場合や、高位クラス相手なら認識される。私の場合はそれすらない。声だけが認識されても多くの者は幻聴だ、聞き間違いだと。意識を傾けようとしない。意識を向けない者には精神生命体の声は聞き取れない。私を認識したのはその後に召喚したデーモン、マグダレーネだけというわけだ。そんな状態になれば、魔王の座も後継に引き継がれた。私は失踪したことになっていたよ。まあ生きているだけ儲けものと思うことにしたさ。それに私が生きていることで、こうして新たに生まれた聖女にこれを伝えることができている。話を戻そう。私が死んでいなくても条件自体は書き換わっていた。それが知っての通り、生後三日以内の意志を有する女児が全身を毒に侵される。という条件だ。なんでそんな条件にしたのかって顔だな。この条件ならば、聖女になることはほぼ不可能。疑似的に聖女を消し去ったわけだ。第一の条件が転生者であること。まず、前世の記憶を持ったまま生まれ直す。そんなことは滅多に起こらない。だが、幼い時から意識がある状態ならば、今後の自分が置かれる状況に対して、早くに対策が打てると思ったからだ。それに転生した身でありながら、生後間もないうちに死に瀕するというのは酷に思えてな。三日以内というのが付け足された。付け足す条件として三日というのが限界だった。これ以上伸ばせば新たに代償が付け足されてしまうというところだった。毒というのは、この世界の死亡原因で高いものを選んだだけだ。そもそもこの条件は聖女を生まないようにする条件。普通に考えて、生後三日の赤子を毒殺するなんて考えないだろう。もっと簡単な方法が山ほどある。だからこそ、毒というものを条件に加えた。という感じか。こうして今後三百年、聖女が産まれることは無かったが、数年前、お前が生まれた。そのことを、概念書き換えのスキルを通して知り、こうして、この事実を伝えるためにお前をここに招いたというわけだ。」
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