第二十九話 先代魔王の独白②

「彼女が目覚めた時の反応、それはもうひどいものだった。まあ目が覚めたら見知らぬ場所にいたのだ。無理もない。それだけじゃないだろって?なんだ、我々の見た目の話か。魔人はさっき言った通り、知能が高い魔物。知能が高いということは脳が大きいということだろう?その重い頭を支えるための身体は人間の形が一番効率がいい。だから見た目は人間の形と大差ない者が多い。まあ、精神生命体の者たちは見た目など自由に変えることができるがな。とにかく、見た目の点から混乱を与えたということは無い。彼女が少し落ち着いたところで、対話を試みた。ついでに診察もと医者も一緒にな。だがその医者の姿を見た途端、また混乱してしまってな。どうにも、男に恐怖心を抱いているようだった。その医者は精神生命体でもなんでもない、ただの魔人だったから姿を変えることもできず、とりあえず退出させた。なに?お前も男じゃないかって?私は性別など自由に変えることができるが、まあ精神的には女のほうが近いだろう。肉体的にもそっちの方がしっくりくる。声?私の声がどんな風に聞こえているかは知らないが、そんなのは受け手によって異なる。何せ、肉体が魔力からできている精神生命体だ。実際の声帯から声が出ているわけではない。話を戻すぞ。彼女が再び落ち着くのを待ってから、今度は私一人で部屋に入り、話をしようとした。軽く、状況の説明なんかをしながらな。まあこの場所が魔王城であるということだけは、念のため避けておいたがな。ここは辺境の豪商の屋敷だということにしておいた。とにかくなぜ彼女があんな状態で捨てられていたのかが気になっていた。まあ男に怯えるという時点である程度、推察はしていたんだが…話を聞くにそんな生易しいものじゃなかった。彼女自身の口も重かった。当然だ。トラウマを思い出すようなものなのだから。それでも、助けられた恩を感じていたのだろう。彼女はポツポツと話し始めた。曰く、彼女の生まれは騎士爵家。つまりは下級貴族だ。貴族のしきたりというもので、八歳の時に鑑定を受け、自分が聖女であることが分かったそうだ。当時は、今よりも聖女に関する情報が溢れていただろう。今と違って一定の周期で現れていたわけだしな。だからこそ、聖女を喉から手が出るほどに欲しがった者たちがいた。というよりは聖女のとある特性を欲しがったというべきか。それはまあいうまでもなく、人間の王家だ。その王家は彼女を奴隷として買い上げた。普通、下級でも貴族の娘が奴隷になることなどない。だが彼女は五女だった。それも下級貴族の。家としては政略結婚の道具としてしか使い道がない。奴隷としてでも、王家と繋がりが持てるなら。とでも考えたんだろうさ。この話はもっと驚くと思ったがな…何?お前も似たような経験をしただと?王家に奴隷として売られた?ハッ!!人間とは愚かだな。時代が変わっても同じことを繰り返す。というかそれならお前、どうやってここまで来たのだ?王宮を爆破して逃げてきた?ああ、あの時の異様な魔力の膨らみはお前のものか。納得だ。このダンジョンを攻略できるのだから、私に力があるのはわかっていたでしょって…まさかお前、浄化の力を一度も使わなかったのか?この施設は、聖女を呼び込むためのもの、それなのに肝心な聖女に力がなく、攻略できなかった場合、本末転倒ではないか。その対策のため、一度でも浄化の力が発動されれば、17層の扉の前まで瞬間移動する仕組みになっていたのだが…まさか、無傷で突破したとは。まあ、その魔力量に、メンバーだ。それも頷ける話か。まあいい。どこまで話したかな…そうだ。彼女は奴隷としてそのまま王家に売られてしまった。ある特性を目当てにな。その特性とはな…浄化?そうではない。まあお前が知らないのも無理はない。現在、聖女に関する文献、記録は失われているからな。その特性とは、聖女が産む子は、魔力量が多くなるというものだ。当時、人間の国の王族には魔力を持つものがほとんどいなかったらしい。そもそも、魔力を持つ物自体が今よりも少なかったようだが、それでも王家の外いわば、有力貴族の中には存在していた。それでは王家の威信が失墜するとでも考えたのだろう。そこで、目を付けたのが聖女だったというわけだ。そこからの彼女の生活は想像に難くない。子を産める年齢になるまで、具体的には15歳になるまでと言っていたか…奴隷として扱われ、成長すれば子を産むための道具だ。出産しては、子を作り、出産しては、子を作りの繰り返しだったと言う。産んだ子とは会うことも許されなかったようだ。その生活は繰り返され、25歳にして13人の子を産んだ。そんな生活に代償がないわけがなく、彼女の身体はボロボロになり、子を産むことができない身体となってしまった。そうなれば奴隷としての生活に戻る…のではなかった。今度は役に立たなくなった彼女に対して、虐待が始まったのだ。鎖につながれ、日常的に暴力を振るわれる。もはやそれは拷問と言っても全く過言ではなかった。思いつく限りの手法はあらかた試されたようだ。ただ、直接死につながるようなものはなぜか避けられていたらしいが。と言ってもそんなことを続けられていては、最終的に死に至るのは変わりない。最終的には彼女は、悲鳴を上げる以前に、目を覚ますことすらできなくなっていた。いわゆる、脳死状態というやつだ。別世界の知識を持つお前には意味がわかるだろう?そこで彼女の記憶は途絶えていた。ここからは、私が彼女の深層意識を覗いて、見た話になる。要するに、意識がなかった時の出来事だ。意識がなかったとしても、五感は情報を拾い続けているのだ。思い出せないだけで、その記憶自体は存在する。目覚めること無なくなった彼女だが、まあまだ生きてはいた。何も反応することのなくなった彼女を、処分することになったらしい。だが何か、予想だにしない出来事が起こり、生き延びられては困ると、手足を折ったうえで死体として捨てることになったわけだ。そこに私がたまたま通りかかり、彼女を助け、今に至るといった形だな。ここまでが、彼女の過去。ここからは、この後の、彼女について聞いてもらおうか。」

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