第二十七話 邂逅

「そう。決まりね。案内するわ。」

そう言って、指をパチンと鳴らす女デーモン。するとそこに現れたのは次の層へと続いているであろう階段。

「扉にタグをはめる場所あったけど…」

「タグ?ああ、ステア―キーのことね。言ったでしょ?ここまでの道のりの意味は選別。あなたたちの言うタグを手に入れることも、それに含まれる。有象無象を排除するのに役に立つってわけよ。」

説明までしてくれる女デーモン。意外と親切だな。なんて思ってるのは私だけのようで、アルトとアニは、特にアルトはものすごく警戒しているのが伝わってくる。こんな雰囲気のアルトは初めてだ。いつ、如何なるタイミングでも魔法を放てるように身体を魔力で満たしているのが分かる。果たして精霊の本気の魔法はこの濃密な死の気配を纏う悪魔にどこまで通じるのか、アルトの本気というものを見たことがない私にはわからない。それでも、きっとアルトならこの悪魔を蹴散らすこともできるのだろう。それが精霊というものだ。

 そこから特に誰も口を開くことのない、ある意味重苦しい空気の中、階段を下っていく。今までの階段よりも随分長い。もしかしたら次の層が最下層なのかもしれない。というか、たぶん最下層だろうね。私たちが向かっているのは、このダンジョンのラスボスの元なのだから。

「そろそろ着くわよ。」

十数分ぶりの声は、周りの静かさからなのか、随分と大きく聞こえた。

 階段を抜けた先は雪国でもなんでもなく、ただの部屋だった。いままでのボス部屋となんら変わらない。ただ一つだけの相違点は、設置されている明かりの魔道具の数が少ないのか、それとも出力が弱いのか薄暗いということだけだ。

「よく来たな。今代の聖女よ。」

声のした方向に視線を向けても、何もいない。誰もいない。薄暗くて見えないのではなく、いない。魔力を探知することもできない。

「私の姿を探しても無駄だぞ。声以外を他者に認識されることは出来ない。そういう呪いを受けている。」

呪い。ダンジョンのボスが呪うことはあっても、呪われることがあるなんて、少し滑稽な話である。

「マグダレーネもご苦労だったな。」

「いえ、この施設が完成して以来の、数百年ぶりの仕事です。十分すぎるほどの休息は頂いておりますので。」

マグダレーネとそう呼ばれたのは、さっきの女デーモン。

「それにしても、聖女に精霊。それに魔導士の成り損ないと来たか。これなら彼女のようになることはないだろう。」

魔導士の成り損ない?聞き覚えのない単語が出てきたけど。それに彼女って…

「さっさと本題に入りなさいよ。こんな嫌な空気の場所、一秒でも早く出ていきたいくらいなんだから。」

ここまで黙っていたアルトが痺れを切らしたというように口を開く。アニはこんな時、従者であるという意識からなのか、自身の話題ではない場合には絶対に口を挿まない。

「精霊にとってはそうだろうな。なら言われた通り本題に入ろう。まず、お前たちがこの施設、人間達が青のダンジョンと呼ぶこの場所に訪れることは遠い昔から決まっていた。」

「それって、魔力炉やここで手に入る宝物を目当にってこと?」

「目的はどうでもいい。聖女がとある行動をした際、その思考、もしくは周りの人物の思考にとあるスキルが介入する。このダンジョンに来なければ目的を達成できないという考えを植え付ける。」

このダンジョンのことを紹介したのはアルトだ。となると、スキルの介入を受けたのはアルト…いや、違う。きっとスキルの介入を受けたのは私だ。魔力炉を欲しがったのは私。アルトは私に聞かれたから、このダンジョンのことを話しただけだ。それに、アルトは確かに、魔力炉を手に入れる他の方法を可能性が低いとしても提示していた。それなのに、ミスリルの時とは違って、魔導士ギルドで購入するという手段を試すこともなく、ダンジョンに潜ることに拘った。もしかしたら、ダンジョンから遠くないバッハシュタインという町に降り立った時からすでに介入されていたかもしれない。アルトもアニもそのことに気が付いたのか、なんだか苦い顔をしている。アルトもアホだが馬鹿じゃない。きっと、このダンジョンを紹介したことに責任を感じつつも、真実に気が付いているだろう。

「その表情を見るに、思い当たる節はあるようだな。」

こちらから相手の表情を窺うことはできないのに、向こうからは丸見えみたいだ。なんだか不公平に感じるけどそもそもこの場自体が公平じゃない。圧倒的な魔力とスキルの介入という不公平な手段によって設けられた場なんだから。

「その、ある行動っていうのは?」

もしも、私がその行動をとらなければ、この場面を回避できたかもしれないと思うと聞かずにはいられない。

「それは…殺人。人を殺すことだ。」

なるほど。それならこの場面を避けることはできなかった。私が自由を得るために実行した行為だから。もし、王宮であの女を殺さず、爆撃魔法も放たなかったら今頃私は王家の奴隷だ。

「そう…」

それしか返す言葉がない。

「冷静だな。もう少し取り乱すと思っていたが…」

「あれは、私が自由になるために必要なことだったから。」

「なるほど。自由のための殺人か。彼女がとることのできなかった選択をお前は…」

彼女…きっとこの話の根幹に関わる人物なんだろう。表情も何も見えないはずなのにその声からは慈愛があふれている。

「それで、スキルまで使って、あたしたちを呼んだ理由は何なのよ。」

「私が呼んだのは聖女だけだ。ほかはおまけみたいなものだな。まあそんなことはいい。私の目的は、ただ伝えること。彼女の…先代聖女の生き様と今代聖女へのメッセージを。」

先代聖女からのメッセージ。三百年前から言葉への興味に私の思考は支配された

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