第二章 旅の始まり

第十四話 初めての町と初めての買い物

 とりあえず近くの町に降りた私たち。そのころにはアニも意識を取り戻していた。

「申し訳ありません。不甲斐のないところをお見せしました…。」

「気にしないで。初めて空なんて飛んだらそうなるよ。たぶん。」

私も前世の記憶がなかったら空を飛ぶなんて考えもしなかっただろうし。

「それにしても、意外と栄えてるんだね。この町。」

この世界で町に出るのなんて初めてだけど、お店も人も多くて想像以上の発展具合だ。

「郊外だとこうはいきませんよ。この町は王都からそこまで距離も離れていませんし、王都に向かう人々の交通の要になっているようです。先ほどから王都行きの馬車をよく見かけます。」

地方都市って感じかな。この世界じゃすぐに町から町へ移動することなんてできないだろうしこんな感じの町がいくつかあるのかな。

「郊外の町にもいつか行ってみたいね。」

「そうですね。旅を続けていればいつか訪れることになると思いますよ。」

今後の予定もしっかり立てたいところだね。期待に胸を膨らませているこのタイミングで妙に表情が暗いアルトさん。

(アルト。どうしたの?暗い顔をして。)

旅立ちに誰よりも心を躍らせていると思っていたのに、どうしてだろう。

『ちょっと視線を感じてね…。』

(視線?精霊が見える人がいるってこと?もしかして王宮からの追手とか?)

『そうじゃないと思うわ。悪意は感じられない。』

「ああ、なるほど。おそらく私たちの服装のせいですね。こんな明らかに貴族といった格好をしていれば視線を集めるものです。」

確かに王宮にも行けるような豪華なドレスにメイド服じゃあ目立つことこの上ない。

「貴族の前で何か阻喪をしないようにと気を張っているのですよ。この国では貴族の気まぐれで、平民の首が飛ぶなんてことはよくあることですから。それに私たちはアルト様と会話するために急に口を閉じましたから。楽しげに話していた貴族の御一行が急に口を閉ざせば何かまずいことをしてしまったのではないかと思われるのも当然と言えば当然です。」

貴族横暴すぎる。この世界にはノブレス・オブリージュの考えなど無いみたいだ。

「ならまず、服を着替えようか。どこかに着替えられる場所は…」

「いえ、着替える前に服を購入せねばなりませんよ、お嬢様。お嬢様のお持ちの服はどれも貴族の服ですし…。」

「買うって言ってもそういえば、お金持ってきてない…。」

『大丈夫よ!!あの家の金庫から持ってきたから!!あなたの収納魔法に入れておいたわ。』

いつの間に。収納魔法のジェスチャーをして中のものを調べると確かに金貨が大量に入った袋がでてきた。

「アルト様、盗みはよくありませんよ。」

あえて声を出してアルトに告げるアニ。きっと周囲のことを気にしているんだろう。でも盗人と疑われたらたまらないから口に出す言葉は選んでほしい。

『盗んだなんて人聞き悪いわね。これはハイデマリーが浄化で稼いだお金よ。あの女の懐に入るのは癪だったから、金庫からは偽物の金貨が出るようにしておいたのよ。』

そういえばそんなこともあったなあ。お金を使うことがないからすっかり忘れていた。

「よくわかりませんが。盗んだわけではないのですね。それならいいのです。では衣服店を探しましょうか。お嬢様は何でもお似合いになるので楽しみです。」

そんなことをいうアニの表情は明るい。そんな顔を見ているとこっちまでなんだか楽しくなってくるね。



「いらっしゃいませ。これはこれは貴族の方ですか。ようこそおいでくださいました。何をお探しですかな?」

近くにあったお店に入ると、初老というにはまだ少し若く見える店員にこう声をかけられた。

「お嬢様。どのようなデザインか希望はありますか?」

「そうね…あまり派手過ぎず、目立たない。それでいて動いやすい服がいいわ。」

「かしこまりました。少々お待ちください。」

そういうと奥に引っ込む店員。

「お嬢様。今後のことを考えると。服は一組でなく複数購入した方がよいのではないですか?」

「ならとりあえず、今日は一着買っておいて、あとはまた今度でいいよ。洗浄魔法できれいにできるし。というか、アニは服買わなくていいの?メイド服しか持ってないんじゃなかった?」

「それはそうなのですが。私はメイドですので…」

メイドの矜持的なものだろうか。メイド服を着ることにこだわりがあるみたいだ。

「そんなこと言ったって、メイド連れて歩いていたら目立つことには変わりないじゃない。目立たない服を買う意味がなくなるわ。」

「そうは言いましても、私はキースリング家に買われた身でしたから、お給金などももらっていなくてですね…」

「一文無しってこと?」

「お恥ずかしながら…」

なんというブラックな職場。私もブラック企業で働いていたけど安いとはいえさすがに給料はもらっていた。

「お金のことは気にしなくていいわ。たくさんあるし。なくなったとしてもまた稼げばいいのよ。」

聖女の力をちょこっと使えば金儲けなど簡単だ。

「よろしいのですか?」

「いいのよ。せっかくあるものは使わないと。これからも必要なものがあれば言ってね。」

「では、お言葉に甘えさせていただきます。」

『いいわねえ。あたしも服がほしくなってきたわ。』

(新しい服着ても私以外に見えないじゃん。)

『こういうのは自分が着たいから着るのよ。周りのためじゃなくてね。』

(そうかもしれないけど。アルトサイズの服はなかなか売ってないと思うよ。)

『確かにわたしが 直接着れるような小さい服は売ってないでしょうね。でも、ハイデマリー。あなたが私に作ってくれる肉体なら着れると思わない?』

(ついに私の体がほしくなったんだね。)

『言い方が悪いわね…。あなたが作った身体がね。旅をするのにも便利そうだし。人に認識されないのは不便だわ。』

(なら、今晩にでも作ろうか。)

『あなたがいいならいつでもいいわ。楽しみにしているわね。』

「お待たせいたしました。こちらはどうでしょうか…。」

さっきの店員が持ってきた服は、白いYシャツのようなものと黒のパンツだった。触ってみると肌触りもいい。

「いいわね。目立たないし動きやすそう。これをもらうわ。それに彼女にも服をお願いできるかしら。似たようなテイストで。」

「目立たず動きやすいものですね。かしこまりました。」

そういうと別の店員がアニを連れていった。

「では、お嬢様は裾のお直しをいたしますので、あちらへどうぞ。」

「どのくらいかかるのかしら。」

この世界にはミシンなんかの道具がないし、少し裾を直すのにも時間がかかりそうだ。あまり時間がかかるようなら魔法で直そう。すぐに必要なわけだし。

「採寸自体はすぐに終わりますが、お直しには二日ほどいただきたく存じます。」

「それならこちらで直すから必要ないわ。包んでちょうだい。」

「ではお連れの方のものとともに包ませていただきます。」

どうやらアニの服はすぐに決まってしまったらしい。店の中には子供服とは違ってたくさんの服があるし、なかなか見つからないということはなかったみたいだ。

「お待たせいたしました。こちらになります。代金は金貨二枚になります。」

高いのか安いのかはよくわからないが、とりあえず渡しておいた。アニの顔を見るとなぜかぎょっとした表情をしている。

「ありがとうございました。今後とご贔屓にお願いいたします。」

その言葉を後に店を後にした。

 「さっきはどうしたの?あんな顔して。」

店を出てアニに聞いてみる。

「いえ、金貨二枚という金額に驚いただけです。金貨二枚というと、貴族でなければ、三年はそれだけで暮らしていける額ですから…。」

まさかボッタクリ!?

「ですが、あの品質ならば当然です。きっと高級な糸を使っているのでしょう。」

どうやらボッタクリではなかったみたい。

「いいものが買えたならよかったわ。」

「それに、お嬢様はお買い物がお上手なんですね。てっきり初めてのことだと思っていましたから…。」

不思議そうな顔のアニ。まさか前世で買い物など数えきれないほどしていたなんて言うわけにもいかない。

「そうかしら。それよりそろそろ暗くなるわ。宿を探さないと。」

「先ほどの店で宿の場所を聞いておきました。ご案内いたします。」

「さすがね。では任せるわ。」

その言葉を聞くと私たちは歩みを進めた。




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