幕間 動き出すそれぞれ

 その知らせが届いたのは、母上とハイデマリーが王宮へ向かった日の夜の事だった。


「王家からの使者の方ですか」

「はい。王宮で起こったことを隠さず伝えろという命を受け、こちらに出向いた次第でございます」

「そうでしたか。何か事件でもあったのですか?」

「ご説明の前に、妹君こちらに?」


そう聞くということは王宮にいるハイデマリーではなくオリーヴィアの事だろう。


「オリーヴィアですか。彼女なら自室にいるとおもいますが」

「いえ、オリーヴィア嬢ではなく、ハイデマリー嬢です」

「ハイデマリーですか?あの子は当主と共に王宮へ出向いているはずですが…」

そんなことを聞いてくるということはハイデマリーの身に何かあったのだろうか。

「そうですか。こちらには戻っていないということですね。わかりました。では王宮で起こった出来事をご説明したいと思いますがよろしいでしょうか」

「オリーヴィアにも聞かせて大丈夫でしょうか」


王宮からの使者が来るなんてことはよっぽど重要なことに違いない。きっと俺たちキースリング家の進退にかかわるほどに。


「もちろんかまいません」


近くに控えていた執事に目配せをするとオリーヴィアを呼びに向かっていった。





 数分後、控えめなノックと共にオリーヴィアが入室する。


「失礼いたします。話は執事から聞きました。ご説明、よろしくお願いいたします」


その言葉を聞くと使者は重苦しく口を開き語りだした。


俺たちに語られたのは衝撃の出来事だった。ハイデマリーが母上によって王家へと売られたこと。それに激怒したハイデマリーが、母上を殺したこと。そしてそのまま精霊と協力し城を破壊したこと。


「信じられない…。あの子がそんなことを」

「すべて起こったことをありのままお話しています」


オリーヴィアは静かに涙を流していた。母上が死んだことを嘆いているのだろう。


「これが最後になります。国王様からの伝言です。もしこの家にハイデマリー様がお戻りになることがあればお伝えください。今後、王家はハイデマリー様に一切敵対しないことを宣言いたします。どうか寛大な処置をお願い申し上げます。と。私からは以上です。キースリング伯爵のご遺体は近日中にこちらへお運びします。ではこれにて私は失礼します」


そう告げると使者は去っていった。


「もう、何が何だか…」


俺の口からこぼれたのはそんな言葉。


「お兄様、わたくしたちこれからどうすればいいのでしょう」


普段の大人びた姿は全く感じられない狼狽した姿でオリーヴィアが言う。


「そうだな。今後のことを考えなければ…。ハイデマリーが今後俺たちにどうかかわるかも気になる。最悪、潰されるかもしれないな」

「わたくしたちが明確にハイデマリーに敵対したわけではないですが…。ハイデマリーがどう思うか次第ですね…」


何か心当たりがありそうなオリーヴィア。


「なにか心配なことでもあるのか?」

「いえ…そこまで大きなことではないのですが…」

「ならいいが」

「今はキースリング家をどうするかについて考えなければ」


最悪の場合、爵位を失うことも考えられる。


「使用人たちを集めて緊急会議をいたしましょう」

「そうだな。スヴェンみんなを集めてくれ」

「かしこまりました」


その言葉を最後に、しばらくの間この空間を静寂が支配した。








「陛下。報告します!今回の件での死傷者は七十名を超えております。城の状態は東側全壊、上部三フロア全壊となっております。修繕費用の概算は正確にはまだ出ておりませんが、少なくとも白金貨三億はくだらないと…」

「そうか…分かった」


止まることのない報告の嵐にため息をつく。城が破壊されてから数時間。王都は混乱を極めていた。破壊された城の中は言うに及ばず、精霊の声を聞き、極大魔法を目撃した王都の民までもが恐怖に震えている。混乱を抑えるためにどうにか民には説明をしなければならないが、事実をそのまま公表するわけにもいかない。何せ王家側の非が大きいのだ。だからといって事実を公表しなければ今度こそ逆鱗に触れるかもしれない。


「余はどうすればいいのだ…」


こうしている間にも民の不満、不安は高まっていく。


「なんとか、なんとかしなけれ。」


その言葉が崩壊した王城の一室に空しく響いた。







 ここは人類誰もが到達を夢見る未踏の地。そこで動くものは三つの影。ただそれだけだ。


「何百年かぶりに契約者が生まれたみたいだね」

「そもそもあいつ、生きてたんだ」

「僕たちと同じ精霊がそんな簡単に死ぬわけないだろう?」

「それはそうなんだけど。僕たちとは完全に隔絶してたわけだし…」

「仕方ないよ。彼女は依り代に残ることを選んだんだから」

「自分の生まれ故郷みたいなものだろう?残っていれば気になってしまうのさ。ある意味俺たちの依り代が失われたのはよかったのかもしれないな」

「そうだ!!久々にあいつに会いに行ってみようよ!!」

「どこにいるかもわからないのにか?」

「きっとすぐに見つかるさ。痕跡はきっと残ってる」

「俺は遠慮しておく」

「なんでさ?」

「特に仲が良かったわけでもないからな」

「そう。なら僕は行くよ。ずっとここにいるのは退屈だし」

「土産話、楽しみにしておく」


その言葉を最後に三つの影は姿を消した。

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