第十三話 悪辣非道な女
ついにこの日がやってきた。今日は王宮に行く日。状況次第ではそのまま旅立つことにもなるかもしれないから、アニも連れていくことにした。貴族にとって従者を連れるのは当たり前のようだし問題ないと思う。
創造魔法を覚えてからは対策のために、いろんな魔法を開発した。浮遊魔法にテレポート、といってもテレポートは記録した場所や人物に移動するワープポイント方式にした。適当にワープした先が水中だったり、壁の中だったりしたら目も当てられないしね。旅に役立ちそうだと容量を気にしなくていい収納魔法なんかも創った。攻撃魔法も何個か創ってみた。手で拳銃の形を作ってそこから魔力で作った弾丸を発射する銃魔法。本物の銃と違って、反動もないし、残段数を気にすることもなくて使い勝手がものすごくいい。最初は思った通りの場所に当てられなくて使い物にならなかったけど、狙った場所に自動で当たるように仕様変更したことでその問題は解決した。
アルトのリクエスト通り、広範囲爆撃魔法も一応作った。試すわけにはいかないから実際に広範囲に使ったわけじゃないけど理論的には可能だ。範囲と威力は魔力の量で調節できるからね。
ほかにしたことといえばアニにアルトを紹介したくらいだ。といってもアニには精霊を見ることも会話をすることもできない。そこを解決するためにテレパシー魔法を開発した。といっても直接アルトとアニを繋ぐことはできなかった。精霊を認識することがそもそもできないからだと思う。そこで私を中継して繋ぐことにした。そうすることで私の認識している世界を一部、アニに共有することができた。すると姿は見えずともテレパシー魔法を通して会話ができるようになったというわけだ。つまりいつも私とアルトがしている会話にアニが参加できるようになった。最初は恐れ多いと緊張していたアニも会話を重ねるうちに次第に打ち解けていった。今では二人だけで話しているときもあるくらいだ。まあ、私を介しているから会話は聞こえているけどね。
こんな感じでいろんな魔法を開発した。そのおかげである程度、対抗策を持ったうえで王宮へ乗り込むことができるようになった。きっと王宮は腹グロ狸の巣窟だから武力行使も厭わないつもりでいるけど…。まあ、あとのことは起こってみないとわからない。
「お嬢様。迎えの馬車が来たようです」
アニにそう声をかけられた。
「わかったわ」
すぐに出られるように待機させられていたからさっさと外に出る。するとそこにはものすごく豪華な馬車とデザインは普通だが少し大きめの馬車が二台止まっていた。
「おはようございます。キースリング伯爵。並びにハイデマリー様。わたくし、王宮専属御者のフォルカーと申します。本日はよろしくお願いします」
いつの間にか私の隣に立っているあの女。
「よろしく頼むわね」
妙に偉そうだね。
「お任せください。では前の馬車にお乗りください。従者の方は後ろの馬車にお願いします」
そういわれるとアニを含めた従者たち数人が後ろのへと向かっていった。
『いよいよね』
そんなことをアルトが告げた。
(最悪、今日旅立つわけだしね。それを考えるとわくわくするような不安なような…)
(お嬢様。申し訳ありません。私の荷物まで受け持っていただいて…)
(別にいいよ。重いわけでもないんだし)
一応、服なんかの身の回りのものは収納魔法で持ち出してある。アルトの荷物は何もないけど。
「ハイデマリー。今日はくれぐれも失礼のないようにするのよ」
「はい。お母さま」
まあ状況によるけど。
「では、出発いたします。王都までは五時間ほどかかりますので、その間ごゆっくりおくつろぎください」
そういうと馬車の扉が閉じられ、ガタゴトと馬車が動き始めた。
道中は揺れはひどいし、道はガタガタだしお尻は痛いしで最悪な五時間だった。それでもこの国、この世界では最高クラスのものらしい。後ろのアニが何だか気の毒に感じてくる。こういうときは現代日本の技術が恋しい。唯一の救いは緊張でもしているのかあの女が一言も声を出さなかったことかな。
馬車を下りるとそこはすでに王宮だった。ものすごい大きさの城だ。絶対有効利用できてない。
「ようこそおいでくださいました。わたくし筆頭執事のマルクでございます。陛下がお待ちです。ご案内いたします」
こっちの世界に来てから、なんとなく人の名前を覚えるのが苦手になった気がする。まあ多分この人とは二度と会わないだろうし平気だけど。日本の名前に慣れているからかもしれない。
「本日はよろしくお願いいたします」
そういってあの女は軽く頭を下げた。一応私も頭を下げる。本来なら身分的に執事に頭を下げる必要なんてないんだけどね。
城の中は豪華というほかにない。広い幅の廊下に高い天井、壁にはよくわからないが高そうなタペストリーや絵画が一定の間隔で飾られている。あまりキョロキョロするのもあれなのでただただ前に進んでいると、大きな扉の前にたどり着いた。
「護衛を除いた従者の方は隣の部屋でお待ちください」
マルクがそう言うと、あの女が連れてきた二人の護衛以外が隣の部屋へ入っていった。
全員が入ったのを見届けると、大きな扉をコンコンコンと三度ノックするマルク。
「キースリング伯爵がいらっしゃいました」
「入れ」
その言葉とともに扉が開かれる。扉の中は広めの会議室といったところだろうか。調度品は少なく、いくつかの絵画と大きな円卓が置かれているだけだった。その円卓には二人の男女が腰を掛けていて、それぞれ後ろに二人の人間を侍らせている。
私たちは円卓の手前まで赴き膝をつく。
「お初にお目にかかります。わたくしフリーダ・キースリング伯爵と申します。本日は我が娘、ハイデマリーのために、お招き、誠にありがとうと存じます」
その言葉に対して口を開いたのは一番奥に座っていた、赤いマントを付けた三十代後半くらいの男。
「余は第72代ブランテンブルク王国国王、ランドロフ・ブランテンブルグである。まあ、掛けたまえ」
その言葉とともに私たちは顔を上げ、着席した。
「では、早速話を聞かせてもらおう。オスヴィン議事録をつけろ」
王の後ろに控えていた男が何やら羊皮紙を取り出した。
「今回の発端はそちらのハイデマリー嬢が聖女であることがお披露目の鑑定で判明したことが発端であるが、三百年ぶりに現れた聖女に我々も扱いをどうするか決めかねている。記録によれば、先代の聖女は王宮魔導士として働いていたようだが、その子はまだ幼い。それに魔法もまだ使えないのならそれはできない。ハイデマリー嬢には余の病に治癒を施してもらった恩もある。なにか希望があれば申してみよ。キースリング伯爵」
そういってあの女に話を振る国王。とくに子供である私に意見を聞く気はないらしい。
「恐れながら申し上げます。我がキースリング家では、ハイデマリーを守り切るのは難しく、王家の後ろ盾がほしいと存じます」
まあ侯爵や、公爵なんかの上位の貴族には逆らえないから順当と思える。
「ならば、王家の誰かと婚約を結ぶのがよいだろう。さすれば我々も支援を惜しまない」
その言葉に少しざわつく周囲。といっても人が少ないからすぐに収まった。
「陛下!?相手は伯爵ですよ!?家柄が釣り合いません!!」
王の隣に座っている女が金切り声を上げながら喚く。やっぱり婚約を持ち出してきた。
「落ち着け、王妃。そう悪い選択でもあるまい。 互いに大きな利があるであろう」
案の定横に座っている女は王妃だった。私としては婚約なんてしたくないのでもっと言ってやれといった感じだ。
「ですが…」
『ハイデマリー。どうするの?このままだと本当に婚約することになるわよ』
(私に話を聞くつもりはないみたいだし…)
「では、第三皇子と婚約を結ぶということでどうか。キースリング伯爵」
「大変、光栄です」
王妃の意見は完全無視で婚約が結ばれてしまった。口を挿むなら今しかない。
「少しお待ちいただけませんか。国王陛下」
「ん?何かな。ハイデマリー嬢」
周囲は私が口を開いたことに驚いている様子だ。あの女なんて顔を青ざめている。
「私は婚約する気はございません」
「ハイデマリー!?」
先ほどなんて日にならないくらいのざわめき。私の物言いにアルトですら驚いてしまっている。
「無礼な!!」
「伯爵の娘風情が!!」
「聖女だからといって何してもいいと思うな!!」
口々に言う王宮側の従者たち。唯一王妃だけは渡りに船といった顔をしている。その従者たちを諫めたのは王の右手だ。挙げられた右手を見て一斉に静かになる従者たち。
「それはなぜかな?」
孫にでも向けるかのような優しい口調。私にはそれが逆に不気味に思える。
「私に何もメリットがないからです。私の得て喜ぶのは王家の皆さん。王家とのパイプを得て喜ぶのはキースリング家。私自身には何も残らない」
思っていた通りのことを口に出してしまった。周りは絶句といった感じだ。
「では、ハイデマリー嬢。君は何を望むのかな」
私の望むもの。そんなのはたった一つ。
「自由です」
「自由?」
「私は生まれたときから、キースリング家に縛られ、今後は王家に縛られることになる。私は自由に生きたい。ただそれだけのことが望みです」
「だがそれを与えるのは難しい。君は聖女である前に貴族だ。貴族には責任がある」
「私は貴族になりたくてなったわけじゃない。自由になれないのならそんな立場必要ない!!」
私の言葉を最後まで聞いた王は黙り込んでしまった。王の次の行動を見守る周囲によって、この部屋は沈黙に支配された。
「そうか。そこまで言うなら仕方がない。聖女を捕らえろ!!」
その一声で鎧を着た兵士たちが部屋に流れ込んでくるとそのまま私を取り囲んだ。
『これどういうこと!?』
いくら何でも強硬手段を取り過ぎだ。
「幼子には酷かと思い、婚約という建前にしておいたがそれを飲まないのならば仕方がない。ハイデマリー。お前は売られたのだよ。実の母親にな。お前の所有権はもう私にある」
隣に座っていた王妃でさえ驚いている様子だ。きっと何も知らなかったのだろう。
『最後までやってくれたわね、あの女!!!』
「抵抗はしない方がいい。まあこの人数相手にできるとは思わないが」
こんな状況でも、私の頭は妙に冷えていた。ただあの女だけは殺さなければいけないと、その感情だけが支配していた。いつの間にか離れたところに移動しているあの女に手で作った拳銃を向ける。
「ばん」
放った弾丸は護衛二人の間を通り抜け正確にあの女の頭を打ち抜いた。射線上に交差した一人の兵士とともに。
「な、なにをした!?」
信じられないものを見たと驚愕に染まる王の顔。人を二人殺してもなぜか私の中に罪悪感なんてものない。どちらかといえばすっきりしていた。倫理観なんてものは前世の身体に置いてきてしまったらしい。
「は、早く捕らえろ!!」
目的は済んだしもうここに残る理由もない。
(アルト!!逃げるよ。掴まって)
そういうと私の肩に乗るアルト。それを確認した瞬間私はテレポートした。
「き、消えた…。探せ!!なんとしても聖女を捕らえるのだ!!」
私が飛んだのはアニがいる隣の部屋。
「お嬢様!?」
突然現れた私に困惑する従者たち。さすがにまだ状況はわかってないみたいだ。
「アニ!!交渉決裂!!逃げるよ!!」
「はい!!」
そう言うと私の手を取るアニ。そしてもう一度テレポートした。
次に飛んだのは城の上空。城に入る直前につくっておいたワープポイントだ。
「お、お嬢様…」
アニがおびえてしまっている。まあ初めて空を飛んだらそうなるよね。
「私から手を離さなければ落ちないから平気だよ。んじゃあさっさと済まそう」
『何する気!?』
(このまま逃げたら、アルトの言ってた通り、私、追われる身になっちゃうでしょ。だからその対策)
そういうと私が行ったのは爆撃魔法のモーション。
『あなたまさか城を吹っ飛ばすつもり!?』
(一部だけね。さすがにそれ見ればもう手を出しては来ないでしょ)
『まさかほんとに爆撃魔法使うことになるなんてね』
(不満?)
『そんなわけないじゃない!!早くやりましょう!!』
意外とノリノリなアルトさん。
(じゃあぶっ飛ばすよ!!)
その言葉を合図に爆撃魔法を放った。
「国王様!!」
聖女の捜索の指揮で忙しいところに王宮魔導士が飛び込んできた。
「なんだ。今は忙しい。あとにしろ」
今はなんとしても聖女を捕らえることが最優先だ。何せ莫大な金を積んだのだ。といってもその相手はもう死んでいるようだが。
「ですが国王様!!城の上空に多数の熱源と異常な魔力の反応があります!!おそらく極大魔法と思われます!!今すぐお逃げください!!」
まさかと思った時にはすでに遅い。轟音とともにとんでもない衝撃が城を包んだ。
『派手にやったわねえ』
煙が晴れた眼下の城を見てアルトが言う。
(半壊ってところかな。おおむね計画通りだよ)
次にやることは決まっている。掌でメガホンを作り拡声魔法発動させる。
『私にやらせて!!』
そんなことを言うアルトさん。
(どうして?)
『拡声魔法を通せば私の声も伝わるし、こういうのには精霊のネームバリューがもってこいじゃない?』
(まあやってみなよ)
『任せなさい!!』
そういうと私が作ったメガホンの中に向かって話し始めた。
『愚かなる王よ!!我は水の精霊である。今後我が契約者である聖女に手を出せばこの破滅の雨が国中に降り注ぐことになるだろう』
言ったのはそれだけだったが効果覿面だったようで地面に頭をこすりつける王が見えた。
(いつもの口調と全然違うね)
『こういうのは威厳が大切なのよ。そろそろ行きましょうか。アニがあなたにしがみついたまま気絶してるわ』
相当高いところが怖かったらしい。
(行くってどこに?)
『どこでもいいのよ!!行き当たりばったりも旅の醍醐味なんだから!!』
(とりあえずこのまま飛んで近くの町に降りようか。王都にはいられないだろうし)
『そうね!!そうしましょう!!』
いつにもましてアルトは楽しそうだった。
「国王様。もう大丈夫です。上空の魔力は完全に消失しました。」
そういわれ頭を上げると、そこは地獄だった。屋根は吹き飛び、柱は折れてひどいありさまだ。そこにあふれる大量のけが人。今こそ聖女の力が必要だというのにこれをやったのが聖女だというのは皮肉な話だ。
「何としてもあの聖女は捕らえます!!ご安心ください。」
兵士長がそんなことを言う。
「よせ…そんなことをしたら国が滅んでしまう。」
「ですがこんなことをした大罪人を見逃すつもりですか!!」
「たとえ捕らえられたとしても城そのものを破壊できるのだぞ。どこに捕らえておくというのだ。」
「しかし!!」
「くどい。余はあんな人を殺し、城を破壊しても何とも思わぬような冷たい瞳をした悪辣非道な女に関わるのは二度とごめんだ。」
その目に浮かんでいたのははっきりとした絶望だった。
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