第十一話 二度目の契約をしたよ

「アニ。けがはない?」


大丈夫だと思うけど一応確認しておく。


「私よりもお嬢様の方が心配です。本当に大丈夫なんですか?」

「平気よ。もう完全に治ったし。でもさすがに服まではどうにもならないけど」

「実際に目の当たりにするととんでもないですね…。聖女の力というのは。それにお嬢様は魔法も使えるようですし…。しかも無詠唱…」

『だから言ったでしょ!!面倒なことになるって。もう説明しないわけにはいかないわよ』

(そんなこと言ったって、そのまま放って逃げるわけにはいかなかったでしょ。それに戻ってから魔物が出たなんて言ったら今後森に入れなくなるし、魔法の練習あきらめないといけなくなる)


私がアニを助けたのは、行動に心を打たれたというだけではなく打算ありきのものである。


『まあ、そう言われるとそうなんだけど…』

(前から思ってたけど、アルトって結構心配性だよね。ちょっとうるさいくらい。)


私にお母さんがいたらこんな感じだったのかも。


『慎重といってほしいわね。あなたはちょっと大胆過ぎるのよ』


広範囲爆撃魔法覚えろとか言ってきた人に言われたくない。


(とにかく私に任せて)

『お手並み拝見ね』

「お嬢様、今日はもう戻りましょう。魔物が出たことを報告しなければなりません」

「そうね。でも少し話を聞いてほしいの」

「今ですか?ですが、ほかに魔物が出たら危険ですよ」

「ちょっと待って、今調べるから」

「調べる?」

(このあたりにほかに魔物がいるかわかる?)

『周囲にあたしたち以外の魔力の反応はないから多分大丈夫よ』


それができるなら化けイノシシが出てくる前にしておいてほしかった。


「大丈夫。周囲に魔物の気配はないから」

「それも魔法ですか?」

「そうだよ。でも調べようとしないとわからないのだけど」


ということにしておく。


「そう…ですか…。分かりました。お聞かせください」

「まずね。今日、森に行きたいって言ったのは魔法の練習場所を探すためだったの。規模が大きい魔法は私の部屋じゃ使えないからね。」

「お屋敷のお庭ではだめだったのですか?魔法が使えることを当主様が知ればとてもお喜びになると思いますが…」

「今はまだ言えないけれど私の目的のために、魔法を使えることを知られるのはよくないの。だからなるべく目立たない場所が必要だったってわけ」

「なるほど。私がこのことを報告してしまうと森にはもう入れなくなる。だからその報告は待ってほしいというお話ですね?」

「話が早くて助かるわ」

「ですが、お嬢様。それは難しいかもしれません。お嬢様にとって魔物はそこまで脅威ではないのかもしれません。ですが我々にとっては大きな脅威なのです。それを報告せずに放置というのはいささか問題です。ここはお屋敷からそこまで距離が離れているわけではありませんし」

「もちろんタダでとは言わないわ。私にできることなら協力するわよ」

「お嬢様が目立たずに魔法の練習ができる場所があればいいわけですよね。それなら一つ心当たりがあります。後ほどそちらを紹介するということでどうでしょう?」


そんな場所がこの森以外にあるなんて驚きだ。


「わかった。それでいいわ。それともう一つ。あなたを信用していないわけではないけど、私の魔法のことを万が一口外されたら困るの。だから契約を結んでほしい。私の魔法のことを一切口外しないってね」

「出会って間もないメイドを完全に信用しろというのは無理な話です。契約を結ぶのは構いません。代わりといっては何ですが、お嬢様。こちらからも一つ聞かせてもらっても構いませんか?」

「いいわよ」

「違っていたら申し訳ありませんが、お嬢様はキースリング家を出ようとお考えになっているのではありませんか?」


その言葉は私とアルトに衝撃をもたらした。


「どうしてそう思ったの?」


平静を装いそう聞き返す。


「いえ、単純な推測です。お嬢様は一人で生きていく術を身に着けようとしているように見えたので。それに生後間もない時のことを覚えていらっしゃった。ということはお嬢様があの湖を浄化した時のことも覚えているはずです。そうでしょう?」

「ええ。おぼえているわ」


ここで下手な誤魔化しは意味をなさない。


「お嬢様は口減らしのためにあの毒へと捨てられました。そのことを本人が知っていればきっとものすごく恨んでいることでしょう。それでもお嬢様は復讐する力を持ちながらそれを実行していない。となるとキースリング家からの乖離を望んでいるのではないかと思ったのです。」


その推測は経緯のズレこそあれど結論自体は間違っていない。


「そうよ。私はこの家を出るつもり。といっても経緯には少しずれがあるけど…」

『ハイデマリー!?』


素っ頓狂な声が聞こえてくるが今は聞こえないふりをする。


「それを知ってどうするつもり?」

「私も連れて行っていただけませんか?」

「へ?」


今度素っ頓狂な声を出したのは私である。


「私も連れて行ってほしいのです!!」

「ど、どうして?」


予想外の返答に戸惑いながら聞き返す。


「私は幼いころ、奴隷商に売られてこのキースリング家にやってきました」


奴隷…。この国では当たり前にある制度と聞いていたけどまさかこんな身近にいるとは思わなかった。


「といっても私を購入したのはキースリング家ではなく、メイドギルドです」

「メイドギルド?」

「メイドを育てて、売り出す組織です。メイドギルドに買われてからはひたすら訓練の日々でした。少しでも高い値を付けて売るためにメイドとしての技術を叩き込まれ、自由な時間など一切ない。そんな日々でした。キースリング家に来てからも仕事に追われる日々で休息日にも出かけることは許されていませんでした。そのため、私が知っている世界は、奴隷商の折の中と、メイドギルド、それにこのキースリング家だけです。いつかこの狭い世界から抜け出して、広い世界を見たいとそう思っていました。だからどうしても連れて行ってほしいのです」


それを聞いた私の頭に浮かぶのは一つの疑惑。


『ねえ、ハイデマリー。もしかしてこいつあの女の手先だったりしない?』

(私も似たようなこと思ってた。)


私の行動に疑念を抱いたあの女が送り込んだ監視。そんな可能性がどうしても捨てきれない。ここはひとつ鎌をかけてみることにする。


「あなたを連れて行ったら私に何をくれる?」

「私の全てをあなたに。」


そういって恭しく頭を下げるアニ。


「だったら契約よ。代償はあなたの全て。報酬はあなたを連れ出す。それでよければこの手を取りなさい」


一瞬の逡巡もなく私の手を取るアニ。それはあの女の支配下にないことの証明。私たちの契約を祝福するように青白い光が包み込む。


『契約の締結を受理しました』


その声とともに私たちの契約は結ばれた。


「なんだか不思議な感覚です」


アニがそんなことを嬉しそうに告げた。


(ごめんね、アルト。勝手に同行者増やしちゃって)

『いいのよ。初めに言ったでしょう?あなたはあなたのために生きればいいって。あなたのやりたいようにすればいいわ』

(ありがとう。アルトのこと話してもいいかな?)

『好きにしなさい。といってもコミュニケーションはとれないけど…』

(それには私も考えがあるよ。私が創造魔法を覚えたらアルトに肉体を作ってあげるよ)

『いらないわよ。あたしは自由にできる今の身体が気に入ってるし』

(だったら自由にできるように作るよ)

『そう?それなら悪くないかもね』


心なしかアルトもなんだかうれしそうに見えた。

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