第十話 練習場所を探すよ

あれから大体一週間。昼間はマナーや教養の勉強をしながら夜は魔法の練習をして過ごしていた。貴族のマナーの勉強なんて今後全く使わなくなるからかどうにも身が入らない。それに比べて魔法の練習は面白くってたまらない。といってもまだ水魔法しか使えないけどね。アルトさん曰く、


『まずは、慣れることが重要よ!!創造魔法はもう少ししてからにしましょう』


だそうだ。そのため今は暇を見つけては水魔法で出来ることを試していた。今まで頼りきりだった、洗浄魔法から、空中に水の球を浮かべてどのくらいキープできるか遊んでみたりといろいろ試している。でも規模の大きい魔法は部屋だと使えないから練習場所がほしいところだね。なんてアルトと話したりもしていた。


 そんなところで今日は週に一度の休息日だ。今日に限っては面倒な勉強をしなくていいのでウキウキである。お披露目が終わって、だれかと一緒なら家の外にも出られるようになったため、メイドのアニを何とかこちら側に抱き込んで魔法の練習ができる広い場所を探したいところだ。なぜそんな面倒くさいことをするのかというと何度か脱走を企てて実行しようとしたのだが、離宮の執事であるスヴェンに捕まってしまうのだ。あの動きは只者ではない。


「ということでアニ。裏の森へお散歩に行きたいんだけどついてきてくれないかしら?」


森というのは、アルトの湖があるあの森である。


「なにが「ということで」なのかはわかりませんが、裏の森ですか。そうですね。あまり奥に行かなければ大丈夫でしょう。分かりました。では支度をしてまいります」


そういうと早速動きやすい服装に着替えるとのことで、部屋に引っ込んでいった。ちなみに私はすでに準備万端だ。


『おはよう。ハイデマリー』


アニを待っているとアルトが姿を現した。


(おはよう。計画通り今日は森に行けるよ。あとはアニをどうやって巻き込むかだけど…)

『それはまあ、道すがら考えましょう。とりあえず今日は練習場所の候補が見つかればいいわけだし』


それもそうかとぼけーっとしながらアニを待っていると、小さなバスケットを持って現れた。


「お待たせしました。お嬢様。では行きましょうか」

「そのバスケットはお昼ご飯かしら?」

「察しがいいですね。といっても簡単なものを包んでもらっただけですが」


さすがメイド。準備がいいね。


「メイドの務めですから」


あら。声に出てたみたい。


そんなことを話しながら歩いていると屋敷の裏門に到着した。アニが何やら守衛と話して門を開けてもらっていた。


「はぐれると危ないので手をつなぎましょう」


そんな言葉がクールビューティーの口から飛び出すので驚きである。といっても精神的にはアラサーでも見た目が幼女なので仕方がない。私は前世でも人と手をつなぐなんてことがなかったし、なんだか新鮮な気分だ。


「誘った私が言うのもなんだけど、お仕事は大丈夫だったの?」

「問題ありません。私はお嬢様の専属です。私の休息日もお嬢様に合わせられていますので」


話を聞いていると離宮には臨時のメイドが一人増えて、オリーヴィアの専属となったらしい。といっても学院に戻るまでの間だけみたいだけど。今日はそのメイドが仕事をしているそうだ。

そんな風にたわいもない話をしながら歩いていると、いつの間にか森に入っていた。森の中にも石畳の道があり、全く整備されていないということはない。だけど森の中に広い空間はなく、練習に適した場所なんてものはまだ浅いこの周辺にはないみたいだ。


『やっぱり奥の方までいかないと広い場所はなさそうね』

(そうだね。何とか奥のほうまで行きたいところだけど…。)


奥まで行くには、アニを巻くか説得しなければならない。手を引かれている以上巻くのは無理だ。何とか説得するしかない。


「ねえアニ。この森はどれくらい広いの?」

「そうですね。深い場所は未開拓ですから、正確な広さはわかりませんが、ものすごく広いと思いますよ」


何とも曖昧な返事だが、この世界に衛星写真を撮る技術なんかはもちろんないので仕方ないことかもしれない。


「へえー。いつか森の奥まで行ってみたいね」

「そうですね。お嬢様が成長なさったらきっと行けますよ」

「今はどこまでいけるの?」

「今行けるのは湖まででしょうか」

「私が浄化したっていう湖ね?」


私が湖を浄化したのはあの女が触れ回っていたので、もはや公然の事実となっている。


「そうです。その湖です。それより奥に行ってしまうと魔物が出て危険ですから」

「魔物?」

「魔物というのはとても危険な生物で、ものすごく狂暴なんです。その魔物のせいで森の開拓が進まないんですよ」

(アルト。なんでそんな危険なのがいること教えてくれなかったの?)

『危険なんて言ってもあくまで一般人からしたらって話よ。ちょっと狂暴な動物と変わらないわ。魔法があれば十分に対処できるし、そこまで問題にならないと思って』

(あまり気にしなくていいってこと?)

『まあ。ドラゴンとか伝説級の魔物でない限りは大丈夫よ。そんなの滅多に出会うものじゃないし』


精霊に魔法にドラゴン。ほんとにこの世界はファンタジーな世界って感じだ。


「この街道、随分ときれいになったね。前に来たときは光も差さないくらいだったのに」

「お嬢様が湖を浄化してから整備されたんですよ。というかよく覚えてらっしゃいますね。以前というと生まれて間もない時の話ではないですか?」


しまった。と思った時にはすでに遅し。アニの表情は不思議で仕方がないといった顔になっていた。


「ど、どうしてだろうねえ。なんでか覚えてるんだよ。私もしかしたら記憶力がいいのかも」

「そうですか。」


そういうアニはなぜか悲しそうな表情をしていた。


「どうしたの?アニ――」

「お嬢様!!」

「え?」


その瞬間ものすごい衝撃とともに天地がひっくり返った。違う。私が吹っ飛ばされたんだ。


『ハイデマリー!!!』


地面をそのまま5メートルほどゴロゴロと転がってようやく止まると、おなかのあたりが妙に熱い。


「お嬢様!!ああなんてこと!!」


駆け寄ってきたアニが私を抱きかかえる。私に触れたその手は赤く染まっていた。それを認識した瞬間、熱が痛みに変わった。おなかを見ると大穴が開いている。これはほっといたらすぐに死ぬと、さっさと自分に浄化の力で治癒を施した。この身体は結構頑丈で痛みにも強くなっているみたいだ。あんな傷を負ったら普通は即死だ。


「お嬢様…?大丈夫なのですか…?」

「ああ、大丈夫大丈夫。傷を浄化したから」


適当に返事をして、ことの元凶を見つめる。そいつは巨大なイノシシのような見た目をした何かだった。明らかに普通の動物ではない。アニが放り出したバスケットの中身を貪り食っている。


「お嬢様はお逃げください。私は少しでも時間を稼ぎます」


そういってどこからともなく取り出したステッキを構えるアニ。アニがあの魔物に勝てるはずがない。それでも私を守ろうと震えながら前に出た。


(アルト。あれ魔物でしょ?)

『そうよ。けどおかしいわ。魔物は自分より格上の存在を襲ったりはしない。精霊である私がいるのに…』

(そんなことよりなにが心配ないよ!!私、大穴開けられたけど!!普通なら死んでたとこだけど!!!)

「お嬢様。早くお逃げください!!」


必死に私を守ろうと前に出るアニ。そんなことをされたのは生まれて初めてだった。前世から私の周りは敵だらけだった。両親にもらったものは暴力と罵詈雑言、周りの子供には迫害される。こちらの親には殺されかけた。私の味方はアルトだけだと思っていた。だけどこんなことをしてくれる人もいるのだと知ってしまった。メイドとしての義務感から私を守っているのかもしれない。だけど出会って間もない、他人の命を守るために、自分の命を投げ出している。それも私のために。そんな人を死なせるわけにはいかない。


「大丈夫。アニはちょっと下がってて」

「お嬢様!?危険です!!」

『ハイデマリー。魔法を使うつもりね?そんなことしたらまた面倒なことになるわよ』

(いいんだよ。そんなことよりアニを死なせるわけにはいかないから)


胸に湧いた温かい感情とともにイメージを集中させ、私は魔法を使った。イノシシ型の魔物をいつも作っている水の球の中に閉じ込めてやった。イノシシは何やら水の中でもがいているが、すぐに動かなくなった。


「終わったよ。」


ポカンとした顔のアニにそう告げる。


「お嬢様。あなたは一体…。」

「私?私は聖女だよ。」


呆然とするアニに向けたのはそんな言葉だった。

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