夏でも長袖を着ている
枯葉野 晴日
血
たとえば私の中に流れる血をすっかり入れ換えて、違う生き物になれたら――貴女の傍にいられるのかしら?
ミサは平坦な声でそんなことを話した。わたしはミサが嫌いだ。
粘着質なべったりした瞳でじっと人を見る癖が嫌いだ。
世の中の不幸を全部ひとりで背負っているかのような態度が嫌いだ。
何よりわたしとそっくりなその顔が嫌いだ。
「いいえハト、貴女と私は違うのよ。私に流れる血は、半分は貴女と同じでも、もう半分は唾棄すべき汚れた血なのだから」
ミサは湿っぽい手でわたしの手を握る。気持ち悪くて振り払おうとするも、力が強くて離せない。
「そんなことでアンタが嫌いなんじゃない。アンタのそういうところが嫌いなの」
「そういうところ? ハト、分からないわ。お姉ちゃんは貴女のことが好き、愛してるのよ」
軋むほど強く握られた手が痛む。けれどミサはおかまいなしに、
「なのにハト、貴女は私のこと嫌い? 分からない、分からないわハト」
「痛い痛い痛いっ!」
わたしの悲鳴を聞いて、ようやくミサは手を離した。
「ああ、ごめんなさいハト。これも汚い血のせいね。お姉ちゃんを許してね」
ミサは昔からこうだった。母親の連れ子で、半分血の繋がった姉。両親は決してミサを蔑ろにしていたとは思えない。
けれどミサは自分の中に流れる、実父の血を否定していた。そのせいで本当の家族になれないと言った。
「ねぇハト、お姉ちゃんには貴女だけなの。貴女だけなのよ」
ミサは夏でも長袖を着ている。おびただしい傷がそうさせるのだ。
「アンタが自分で捨てたんでしょう? わたし以外の全部。それに巻き込まないでよ」
おおげさに悲しい顔をする。そういうところが吐き気がするほど嫌いだ。
「ごめんなさい、ハト。やっぱりこの血が悪いのね」
「血なんか関係ない、アンタが嫌いなの」
わたしはミサが嫌いだ。
粘着質なべったりした瞳でじっと人を見る癖が嫌いだ。
世の中の不幸を全部ひとりで背負っているかのような態度が嫌いだ。
何よりわたしとそっくりなその顔が嫌いだ。
「全部、わたし自身のことじゃない」
ミサはわたしに臓器移植をして、死んだ。ミサの死をどう定義すればいいのか、わたしには分からない。
ただ、意識を取り戻す見込みがないと診断されたミサの、その臓器を移植することについて両親の判断は早かった。まるで、はじめからそうすることが決まっていたみたいに。
「わたしの血は半分はミサの血なのね」
たとえば私の中に流れる血をすっかり入れ換えて、違う生き物になれたら――貴女の傍にいられるのかしら?
奇しくもミサの願いは叶った。ミサは永遠にわたしの中で傍に居続けるのだ。わたしという、違う生き物になって。
今はわたしも、夏でも長袖を着ている。
夏でも長袖を着ている 枯葉野 晴日 @karehano_hareka
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