第31話 弾丸の行方
スーツの男はコーヒーを入れ、大ボスとリックの前に差し出した。
リックは口をつける気になれず、目の前のソファーで優雅に飲むイアンを見つめた。
「モリスさん、あなたは私を神と言いましたね」
「ああ」
「神と呼ばれる人は、何人もいるのですよ。お金さえあれば、神にでもなれる。結局、そういう繋がりでしかない。この組織を作った大元は、すでに亡くなっている。全世界に神が何人もいて、世界を牛耳ろうとしているだけです」
「子供を攫ったのは?」
「誤解ですが、私は人身売買に関わっちゃいない。組織のことは、知っているようで知らないんです。ただ、そのお金で投資をし、薬を作っているのも事実。製薬会社を言いましょうか? 小さな会社ですよ」
何も言わないでいると、イアンは一つの製薬会社の名を口にした。
「アメリカの会社ではありませんからね。薬の材料も、アメリカでは手に入らない」
「公然なやり方じゃないんだから、輸入じゃないだろ。密輸っていうんだ」
「確かに。その通りですね」
イアンは力なく笑う。
「なぜ話してくれたんだ? 僕を殺すつもりだから?」
「いろいろ疲れてしまったんです。私は、常に二つの選択肢を取りながら生きてきました。死ぬか生きるかという道も何度も通ってきたんですよ。運が傾いてしまい、生きる方向へ常に向かって命が繋がれてきたにすぎない。けれど今日でそれを終わりにしたい」
イアンがポケットから拳銃を取り出し、テーブルに置いた。
「ゲームをしませんか」
「ゲーム?」
「簡単なものです。拳銃には一発の弾が入っています。交互に頭を撃ち抜くというゲームです」
「ロシアンルーレットを僕にやらせるつもりか? 狂ってる」
「仰る通りです。狂いすぎて、私は何が最善なのか分からなくなってしまいました。もう疲れたのです」
「あなたの人生に僕を巻き込むな」
「おかしな話です。勝手に足を踏み入れてきたのはモリスさんでしょう?」
リックは奥歯を噛み締めた。
その通りだ。ぐうの音も出ない。ウィルにあれだけ忠告されたのに、勝手に土足で足を踏み入れた。
「ちなみに、やらないという選択肢は……あるわけないよな」
後ろの男はリックの頭に拳銃を向ける。
がつんと後頭部へ当たり、胸騒ぎが起こる。
リックはテーブルに目線を送った。黒い物体はリボルバー型のもので、日本警察も使用していて物珍しいものではない。
命の選択を迫られる中、リックは平然とした態度を崩さなかった。
「本当に弾は入ってるのか?」
「見てみますか?」
楽しげに、新しいおもちゃを見つけたかのようにイアンは銃を手に取り、シリンダーの中を見せる。
六か所の穴が空いていて、一つだけ銃弾が詰まっていた。
イアンは元通りに戻すと、シリンダーを回転させる。擦れる音が鳴り、リックは耳を集中させた。
「銃が痛むしよくないんですがね。一度くるくると回してみたかったんです。さあ、どちらから先に撃ちますか?」
「質問がある。万が一、僕が俳優になる道を続けていたとしたら、あなたは監督として生きていたか?」
「……どのみち、長くはなかったです」
イアンは目を伏せた。子供のような目をしていたのに、急に現実に戻ったようだった。
リックは先に銃を手にした。頭に銃口を押し当てたとき、扉がノックされる。
「俺が出ます」
スーツの男が拳銃を手にしたまま、扉に近づく。
ピザとワインを持ってきました、と抑えのきいた声が聞こえた。耳にやけに馴染む声に、絡まる鎖から解き放たれた気がした。
スーツの男が痛みに鈍い声を上げる。それに合わせてリックは後ろを振り返らず、拳銃をイアンへまっすぐに向けた。
「君に撃てるんですか?」
「状況が状況だからね。ちなみに僕はまだ死にたくない」
「そのわりには、よくロシアンルーレットに参加しようと思いましたね」
「死ななかったさ」
時計回りにシリンダーを回し、何度音が鳴ったか集中していた。彼は七回カチカチと音を鳴らした。
まだ誰もトリガーを引いていないため、次は空砲だ。だが自分を守るために、リックは彼に銃を向ける。
「便利屋さんがここまで復讐心を持つなんて、誰かの敵討ちですか?」
「僕は真実を葬りたくないだけだ。復讐だけで動いてるわけじゃない」
「お前は銃を下ろせ」
肩越しに聞き慣れた声が聞こえ、リックは手を下げた。
久しぶりに見たスーツ姿のウィルだ。やはり待機していた。溶ける顔を無理やり引き締め、腹筋に力を入れた。
「お久しぶりです。今日は警察官の顔なんですね」
「お前は覚せい剤取引に深く関わっている。許すわけにはいかない」
「お父さんの意思を継いだのですね。立派です」
ウィルの人差し指に力が入る。
「知っていますよ。あなたのことも、モリスさんのことも。私は顔が広いんです。警察にも繋がっている人間がいます」
ウィルの指はぶれなかった。
イアンが胸元に手を入れた瞬間、ウィルの放つ弾が彼の腕にのめり込む。鈍い声が上がり、イアンは前のめりになると横に倒れた。
「どうせなら……心臓を撃ち抜いてほしい……」
「生きたまま罪を償え。死ぬのは許されない」
雪崩のように現れる警察官とリックの手を引っ張る警察官はほぼ同時で、視界に入るのはウィルのたくましい背中だった。
最後に見るイアンはどんな顔をしていたか分からないが、きっと穏やかに微笑んでいるだろうと想像がついた。
人と違う人生は客観的には眩しい世界に見えても、主観的にはしんどくて狂おしい世界に見えるものだ。リックには理解し難くても、彼には心の支えになっていた。
やがて救急隊が到着し、イアンは担架に乗せられたまま運ばれていった。
数時間前にあった出来事が嘘のように、晴れ晴れとした天気だった。
コーヒーを入れてテレビをつけると、どのテレビ局も同じニュースが流れている。
「たった数時間前の出来事なのにな」
朝帰りをしたウィルはコーヒーではなく、ホットミルクだ。珍しく食欲がないらしく、ロールパンを半分ほどしか食べていない。
「その数時間でここまで嗅ぎつけるなんて、さすがマスコミだよ」
映画監督であるイアン・エドニー逮捕は、全米を騒然とさせた。警察が目をつけていたのは、未成年がぱったりといなくなった日に、仕事でイアンが地を訪れている線から疑いの目が向けられていたと、報じている。
「どこでこんな情報を手に入れてくるんだ」
「マスコミはどこにでも沸く。組織と同じようにな」
彼は誘拐に関わっていないと言っていた。直接手を下していなくとも、きっと事情は知っていたはずだ。
病院からの中継で、イアンは命に別状はないと報道が流れている。撃ったのはウィルの一発で、片手に命中した。無事に手術が成功したらしい。
「幹部の人間を生きたまま逮捕はでかい。薬を所持していた人間を逮捕しても、しらばっくれて終わる。大きければ大きいほど、回りの兵たちは必ずボロを出すからな」
「これで解決になるといいんだけど」
「蜘蛛の手足みたいなもんだ。簡単に切り落として新しい足を見つける。けどお前がした功績は大きい。本格的に警察に誘われたらどうする?」
「断るよ。僕はやっぱり探偵が向いているみたいだ。警察手帳ともお別れだ」
「便利屋でも探偵でも、とにかく命を大切にしてくれ。俺からの願いはそれだけだ。異変があれば、必ず話せ」
いつもの心配性だと小言を言い返そうとしたが、ウィルは遠くを眺めていた。
感傷的で、怯えているような様子だった。
やはりウィルの様子がおかしい。僕と別れたいのか、とリックは軽くジョークを飛ばしてみるが、「今は離れられない」と至極真面目な回答だった。
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